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5分後。
そろそろ冬架の歌も終わった頃かと思い、カラオケボックスのドアを開け、何気なくさっきの場所に腰を掛けた。
冬架はちょうど今歌い終わったところらしく、クラスメートたちから拍手喝采され、本人は照れ臭そうに頰を赤らめていた。
よかった、グッドタイミングで帰れたっぽい。
「あっお帰りマナちゃん! 私みんなに褒められちゃったんだ〜。加藤君なんか「千年に一人の天才歌姫だ! ぜひウチの事務所に来てくれ! 」って言ってくれたし」
私に駆け寄った冬架が、嬉しそうに飛び跳ねながら言った。
千年に一人ねぇ……一千年前の天才歌姫って誰なんだろう? そもそも一千年前の音楽ってあんなロックな感じだったのか?
盛りすぎてまで絶賛するほどの歌声かぁ。
「……ちょっと聞いてみたかったな」
そう、うっかり呟いてしまったのが間違いだった。
その呟きに反応した冬架が、カゴの中から2本目のマイクを取り出し、
「じゃ、一緒に歌う? 私まだ曲入れるつもりだし」
笑顔で私にマイクを差し出す。ピンチ再来。
「あ、えーっと……私は……」
目を左右に彷徨わせ、ハッキリとした応答ができずにいると、
「あ、久我ちゃんマイクパース! 次コイツが歌うみたいだから! 」
「は? 何で俺が歌うことになってんだよ⁉︎ 」
「男に二言はない! 男気ジャンケンで負けた奴は次の曲をフルパワーの女声で熱唱するって約束だろ? 」
「えぇ……マジでやんのかよ」
「おいおい男気ねぇぞ高橋〜。ってなわけで、マイク
2本ともこっちくれる? 」
ワイワイ騒いでいた男子グループが、嫌そうにしている一人を冷やかしつつ、冬架にマイクを要求した。冬架はその声を聞き、笑顔のまま「どうぞどうぞ〜」と、持っていた2本のマイクを男子に手渡した。
詳しい事は知らないけど、とりあえずナイス。
再び音痴がバレそうになったが、まさか男子の下らない罰ゲームに救われる事になるとは。
心の中で、ほっと安堵の溜息をついていると、
「……フッ、命拾いしたな」
本日3度目、もう聞き飽きたとまで言える低い声。
そこにはグラスを持った永井が、壁にもたれかかりながら、ワインでも吟味するかのように、ジュースを飲む姿があった。
……ピーチジュース? 珍しい物飲んでるなぁ。
思わず振り返ってしまった、しかも目を合わせてしまうっていう。
私は聞こえなかったフリをしてスマホを取り出し、何となくニュースアプリを起動した。
「奇遇だな。まさか水園も来ていたとは」
気づいてなかったんだ…思い切り真向かいにいたんですけど。
まぁ気づいてないなら気づいてないで、今みたいに謎に絡まれることも無かったんですけどね。
「永井君もね。真面目そうだから、カラオケとか行かなそうなイメージだったけど」
スマホを見たままで、簡単に話を繋いでおく。
「ったく……生徒会の書類を今日中に終わらせておきたかったのだが、無理やり引っ張られてな。
これだから落ち着きのない愚民は……」
そう言って、芝居掛かったように溜息をつき、再びジュースを口に含む永井。
愚痴ってるつもりなのか? まぁとりあえず、彼も私と同じように、人付き合いとして連れてこられたクチということか。
「永井君、何か曲入れる? 」
これ以上、どーでもいい愚痴を黙って聞くつもりはないので、スマホでテーブル上のリモコンを差し、
永井に向き直った。
「フン……人に歌声を求める時は、まず自分からーーじゃないのか? 水園よ」
人に名前尋ねる時みたいに言うのやめろ。
凄い勝ち誇った表情で「キマった……」って雰囲気出してますけど、あなた大分メチャクチャな発言してますからね?
「まぁ、神より授かりし"天命調和"を拝聴したい、その気持ちはよく分かる。だが済まない。僕はクラシック以外聴かない主義なのでな」
あー…何かそんな事言ってたな。
そして発言がイタすぎる。"天命調和"とか(笑)。
本当にコイツ医者の一人息子か? 一回親御さんに
本格的に治療してもらった方がいいんじゃ?
「そうだ、1つお前に話があるんだが……」
手に持っているグラスを机にコトと置き、ふと思い出したように永井が言った。
このセリフが出た時は、大体碌な目に合わない。言われた回数は少ないのだが、何となく察せるレベルである。
「生徒会に入ってくれーーー」
「入りません」
ほらやっぱり。
私は光の反応速度で、キッパリと断った。
懲りないなぁ本当に。「入らない」と、今日の昼にあれほど断ったのに。
「ま、またしても……」
脳天に重りが落とされたかのように、ガクッとその場に崩れ落ちる永井。白々しいったらありゃしない。
「私が言った事、覚えてない? あなたの勝手な考えを押し付けないでって。チカラとやらも持ってないし、あなたの我儘に付き合うつもりもありません」
あくまで表情は変えず、静かに言い放つ。
音源や歌声、喋り声などが響く中、本人に聞こえる程度にはハッキリ話したつもりだ。
何だろう……最近はやたらと言葉がスラスラと出てくるな。立て板に水のように、言葉が次々と溢れ出してくる気がする。
立て続けに面倒な目に遭ったら、自然と慣れてこうなってしまうものなのか? 凄く複雑な心情です。
永井はしばらく意気消沈した様子だったが、やがてフラフラと力無く歩き出した。かと思えば、
ーーーーダンッ‼︎‼︎
彼の握り拳が、机を強く振動させた。机上に置いてあった物が跳ね上がり、そのまま着地した。
突如響いた音に、そこにいた全員がーーーー詩音でさえもシーンと静まり返り、カラオケ音源だけが流れている。
「……ならば仕方ない」
一同が注目する中、永井が静かに口を開いた。
「……水園 マナ!! 僕はお前に"決闘"を申し込む‼︎! 」
次の瞬間、彼は頰を紅潮させて私を指差しながら、高らかに宣言した。
クラスメートの戸惑いの目が、私と永井へと交互に向けられる。
………もう勘弁してください。




