二十五話
俺と愛子は困惑するが、やがて同じことを思いついたようで、頷き合い、
「それじゃ、アルバム見る? 百合花が知らない私と夏人がちょっとだけ見られるよ?」
「愛子ちゃん……! はい、是非!」
立ち上がり本棚に向かう愛子に、静森さんは神様を崇拝するように手を合わせた。
愛子が少し高い位置にあるアルバムを背伸びして引っ張り出そうとしていると、静森さんはその筋の伸びた背中に、
「二人はいつから一緒なんですか?」
そう言えばその辺は話してなかったっけ。
愛子は爪先立ちしながら、
「小学校からよ。と言っても、同じクラスになったのは二年生から。それから一緒になったり、ならなかったりよ」
俺は補足するように、
「中学も一年のときは違ったけど、二、三年は一緒だったっけ? 五クラスあったのに結構高確率だよな」
愛子は目当てのアルバムを小脇に抱え、
「そうかも。もしかしたら夏人、先生から私のブレーキだと思われてたのかな」
「それはあり得るな。お前危なっかしいんだもん」
男女が対立する度、女の子の先頭に立つ愛子の抑止力は、俺だった。
静森さんはテーブルの上で広げられたアルバムに目を落とし、
「あ~、これ愛子ちゃんですかっ?」
指差し、感動しながら叫んだ。愛子は腰を落ち着かせ、
「小学校の入学式ね。お父さんとお母さんと一緒に、学校の前で撮った写真よ」
「ちっちゃくて可愛いです! ショートカットも爛漫な笑顔によく似合ってます!」
赤いランドセルがとても重そうに見える、小学校一年生の愛子。
これ以上ないくらいの笑顔でピースしている。
「愛子、昔はずっと短髪だったもんな。中学くらいからだよな。伸ばし始めたの」
愛子は「そうかも」と、まとめられた猫の尻尾のような髪に指を通す。
「これは三年生のときの運動会ね。夏人も端に写ってる」
小三の愛子が一番の旗を持って無邪気に笑っている。
そして、その写真の端に写る俺は、体操服を汚して悔しそうに下を向いている。
確かゴール直前ですっ転んだんだよな、このとき。
静森さんは掌を合わせ、
「この頃から運動ができたんですね。喜びに染まるお顔もとってもチャーミングです」
幼き日の愛子の勇姿に唇を綻ばせた。
少し照れる愛子は、ページをめくり、
「こっちは小六の修学旅行ね。京都で、当時は大喜びしてたけど、今考えるとベタよね」
二泊三日で、初日は全体で有名な寺巡り、二日目は班に別れ自由行動だった。
「ベタだけど、それだけ人気があるってことだろ。実際楽しかったし、まぁいいじゃん」
静森さんは小六の愛子を眺め、
「お寺を背景にピースしてますね~。こっちの写真は大仏様を拝んでます。目を閉じてお願い事をする愛子ちゃんも風情があっていいですね~」
「俺と愛子って、確か同じ班で行動したんだよな。寺とか見て回るんだけど、途中で飽きちゃって、寺の中全力疾走とかして怒られたんだ」
愛子は頬付けをついて昨日のことのように、
「そうそう。その後も懲りずに二人で抜け出して、結局迷子になっちゃって、大泣きしてるとこをお巡りさんに保護されたのよね。他の子がご飯食べてるあいだ、私たちだけ座敷の外で正座させられたの。後から食べさせてもらえたから良かったんだけど」
「先生の部屋で、二人だけで座って食べたんだよな。変な画だったよ」
記憶の海から浮かび上がってくる思い出を、次々と懐古しながら語り合う。
「あっ、これっ!」
突然、静森さんが大声で叫んだ。
水着姿の小学校高学年くらいの愛子と俺が写っている。
これは愛子の両親に、市民プールに連れて行ってもらったときの一枚だ。
惜しげもなく曝け出された愛子の健康的な肢体が、夏の陽光を浴びて、これでもかというくらい光り輝いている。
静森さんにとってはさぞかし眩しいだろう。
騒ぐだけじゃ終わらないかもと、彼女に顔を向けると、
「ぎゃあああああ、愛子ちゃんのスクール水着姿、私には刺激が強すぎますぅ!」
静森さんは声が枯れんばかりに大絶叫した後、鼻を両手で思い切り押さえる。
やはりテーブルに拷問のように額を打ちつけてから、床にうずくまって悶絶した。
そして、トドメとばかりに、
「あ!」
愛子が一枚の写真を見て、慌てた声を上げる。
「――っ!」
静森さんは声にならない叫びとともに、魂が抜けたように床に倒れ伏した。
「静森さああああああああああん!」
返事はなかった。
びくびくと痙攣したまま、幸せそうな顔で昇天している。
「愛子、これって?」
「見ないで! 私も知らないんだから! ……お母さんかな」
入浴中の愛子だった。小学校に上がるか直前くらいの歳。
それを見て変な気分になるのは、変態だけだと思うのだが、俺の横で幸福そうに寝ている静森さんがいる手前、これ以上は言及すまい。
俺と愛子は、静森さんの頭と脚を持ってベッドに寝かせた。
鼻にティッシュをつめた安らかな寝顔は、生涯に一片の悔いなしと悠然と物語っている。
俺はふぅっと溜め息をつき、アルバムに視線を戻した。
「これ、高校の入学式のヤツ?」
「そうだよ」
俺も現像したのをもらったが、それは静森さんにあげてしまった。
「愛子、制服似合ってるよな。うん。似合ってる」
肉眼で見るのと写真とでは、何故だか印象が若干違う。
「それ、入学式の日の朝に言ってほしかったな」
愛子は唇を尖らせ、言葉と視線で俺を咎めた。あのときの模範解答はそれか。
俺は誤魔化すように笑い、ページをめくる。
「中学の卒業式のもあるな。お前後輩の男子から決闘申し込まれてたよな」
「卒業する前にお願いしますって言われたら、断れないし」
愛子は顔をしかめ、閉口するように、
「決闘って言っても殴り合いじゃないわよ。サッカーとかバスケとかそういうのよ」
「それだけ慕われてたってことだろ」
「私が男子と折り合い悪かったの知ってるでしょ? 恨まれてはいても、慕われることなんてあり得ないわ」
愛子はいつもこう言う。でも、それは――。
「それはお前が、自分たちの意見を主張できない女の子の代わりに、男子に物申してたからだろ?」
愛子は驚きに目を剥いた。
答えなかったが、俺には「知ってたの?」と言いたげに見えた。
「お前が自分のためにケンカしてるの、俺は見たことない。いつも誰かのために怒って、戦って、全部一人で背負ってた。全部自分のせいにしてた。違うか?」
愛子は茫然としてしまう。それから、俯き加減で呟く。
「……夏人には分かっちゃうんだ」
「まぁな。他の奴がどう思ってたか知らないけど、俺は愛子がケンカしてるの見ると、今日も誰かのために頑張ってるんだな、後のフォローしかできない俺とは大違いだって思ってた。愛子のそういうところ、俺は本当にすごいと思ってる。って、何恥ずかしいこと言ってんだろうな、俺」
俺は自分で笑い飛ばし、照れくさいのを誤魔化す。
「愛子。上手く言えないんだけど、愛子といると楽しいんだ。他の子とはちょっと違う。付き合いが長いっていうのもある。俺は愛子の優しさに甘えてる。だから、上手く言えなくてもお前なら理解してくれるって、勝手に思い込んでるんだよ」
俺の戯言に、愛子は真剣な表情で耳を傾けてくれた。
それから、手元のアルバムをめくり、一枚の写真に視線を落とす。
「夏人、これ覚えてる?」




