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彼女は百合  作者: 小野寺 大河
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二十四話

 静森さんはせっかくの告白のチャンスを放棄して、俺へのお返しを優先してくれた。

 俺は静森さんに、俺を許すよう熱心に愛子を説得してくれたことのお礼を言うと、「よかったです」と自分のことのように喜んでくれた。

 「愛子に告白しなくて良かったの?」と聞くと、控えめに目を伏せ「デートできただけで充分です」とはにかみながら答えた。

 あれから、俺と愛子と静森さんは三人で遊ぶようになった。

 今日も愛子の家で遊ぼうということになり、玄関先に立っている次第なんだが、

「静森さん、行かないの?」

 インターホンを押そうとする俺の横で、静森さんが彫刻のごとく固まっていた。

「あ、愛子ちゃんの家に遊びに来るなんて、ききき緊張してしまって」

 少しずつ喋れるようになってきているようだが、こういう「はじめて」の体験には、頭の回路がいとも 簡単にショートしてしまい、よく棒立ちになる。

 俺は仕方ないかと諦念を抱きつつ、インターホンを押す。

 しばらくして戸が開き、愛子が俺たちを出迎えた。

「夏人、百合花、こんにちは。さ、入って」

 俺たちは二階にある愛子の部屋に案内される。

 静森さんの呼び方が「静森さん」から「百合花」に変わった。

 今でこそ慣れのおかげで無反応だが、当初は「百合花」と聞くたびにビクビクっと身体を震わせ、数分間全身の機能が停止していたそうだ。

 部屋の前まで来ると、隣室のドアが開き、天真爛漫な声がした。

「夏人さん、こんにちは~」

「あぁ、結芽(ゆめ)ちゃん、こんにちは。ってか、大きくなったね」

 愛子の妹の結芽ちゃんだった。小冬とは同級生で、今は同じクラスらしい。

「ゆっくりしていってくださいね~」

 素直で可愛い結芽ちゃんに、ウチの妹もこれくらい快活なら、と嘆息する。

 まぁ、小冬には小冬の魅力があるよな。

 それにしても、結芽ちゃん、しばらく見ないうちにおとなっぽくなったような。

 急でもないのか?

 いつからか俺の呼び方も「夏人おにいちゃん」から「夏人さん」に変わってたし。

 でも、髪の毛とかもあんなシャレてなかったよな? それに体の方も――。

「夏人、人の妹見て、顔緩ませないでくれる?」

 腰に手を当てた、半眼の愛子に窘められた。

 言い訳しようとすると、服の袖がぐいっと引っ張られた。

 静森さんが肩を震わせ、じっと結芽ちゃんを見つめていた。

「左塔くん、この元気いっぱいで笑顔の素敵な少女は……?」

 その質問に愛子が答える。

「百合花はウチ来るの初めてだし、初対面だよね。妹の結芽よ。結芽、学校の友達の静森百合花さん。挨拶して」

 挨拶を促された結芽ちゃんは「うん、お姉ちゃん」と軽快に返事をし、

「はじめまして、百合花さん。結芽って言います。今年から中学一年生になりました。家だけじゃなく、どこかで会ったら気軽に声かけてくださいね~」

 可愛くお辞儀して、太陽のようなスマイルを向けた。

 よくできた妹さんだことだ。愛子が羨ましいぜ。

 静森さんもそう思っているだろうと、彼女に視線を移すと、

「声掛けまくります! がっつり声かけます! 見つけ次第、がっつり! あ~可愛い! 可愛すぎです! 幼いながらも、大器の片鱗が垣間見えてます!」

 ぴょんぴょん跳ねながら、熱い想いを口にしている。

 相変わらずだが、「百合花さんっておもしろいんですね~」と笑顔を振りまく結芽ちゃんに抱きつくのを必死に我慢しているのは、進歩と言えるだろう。

 目から血が溢れそうになるくらい力一杯に、自分を抑制している。気の毒に。

 手を振ってから階段を下りていく結芽ちゃんを見送り、愛子の部屋にお邪魔する。

「ここが、愛子ちゃんのお部屋……」

 静森さんは初めて入る愛子の部屋に、口をぽかんと開けて、目線だけをきょろきょろ彷徨わせている。

 俺も結構久しぶりだが、愛子の部屋は記憶のままだった。

 基本的には普通なんだが、ところどころ可愛い仕様になっている。

 動物柄のカーテンやファンシーな小物、ベッドの脇の数匹のぬいぐるみがそうだ。

 俺はめざとく、その中に新入りがいるのを発見する。

「これ、静森さんからのヤツじゃん」

 愛子は「そうだよ」と言って、その三毛猫のぬいぐるみを抱き上げると、頬ずりして人懐っこい笑顔を零した。

その様子に送り主の静森さんは指を組み、熱っぽく感嘆の声を上げる。

「か、感激です! 愛子ちゃんが私の贈ったぬいぐるみさんをベッド脇に置いて、大事にしてくれてるなんて!」

「私のお気に入りよ。それに百合花、クラブでも毎日マネージャーとして頑張ってくれてるし、ぬいぐるみも私を見守ってくれてる気がするの」

「そんな、私はただ、愛子ちゃんが練習に集中できるようにと」

 静森さんは嬉しさのあまり俯いてしまった。

 愛子は「本当に良い子ね」と呟き、

「そうだ。お茶もってくるね」

 俺と静森さんに座るよう促して部屋を後にした。

 俺は腰を下ろしたが、静森さんは愛子が部屋を出るとすぐ、ベッドの布団に顔を埋めた。

 そして、肺いっぱいに空気を吸っては吐いて、また吸って吐いて、を繰り返している。

「あの、静森さん、何をしてるの?」

 静森さんは何でもないように顔を上げて、俺の隣に着席し、にこっと俺に笑いかけた。

 今の行為の目的が何だったのか追及してはいけない気がして、俺は口を閉ざした。

「お待たせ~」

 事前にある程度準備をしていたのか、お盆を持った愛子が早々と戻ってきた。

 お盆にはコーヒーが注がれたティーカップと銀のスプーンが三つ、適当な数のシュガースティック、ミルク、それと、

「実はね、ちょっと、お菓子を作ってみたの」

 クッキーが盛られた木製の厚底の皿が乗っていた。

 俺は正直、かなり驚いた。愛子が料理をするなんて。

 愛子は料理が得意な方ではない。

 発想力、独創力に任せてやんちゃをした結果、トラウマが刻まれる程の加虐的な代物が生み出されるのだ。

 その料理らしきものを食べた後は、ショックでそれと同じ料理名の食べ物を最低一ヶ月は食べられない、見たくもないという状態に陥るほどだ。

 その愛子がクッキー作りなんて――。

 慄然とする俺とは対照的に、静森さんは喜色満面に目を輝かせている。

「愛子ちゃんのててて手作りクッキーが食せるなんて! 生きてて良かったですっ!」

 愛子は自身ありげに胸を反らして、俺たちに食べるよう勧める。

 俺と静森さんは一緒に合掌してから、愛子の手作りクッキーに手を伸ばす。

 見た目はそんなに悪くない。

 それに愛子の料理下手も改善されているかも知れない。

 俺は顎を震わせながら、静森さんは垂涎しながら、クッキーを同時に口に放り込んだ。

 あれっ? ……まずくはない。

 ただ、……砂糖と塩を間違えてる。なんてベタなヤツ。

 指摘しようかと迷い、静森さんを盗み見ると、

「これ、とってもおいしいです(もぐもぐ)! すごく(ごっくん)! こんなに(もぐもぐ)、おいしいクッキーを食べたのは(ごっくん)、生まれて初めてです(もぐもぐ)!」

 感激のあまり味覚が狂っているようで、愛子の凡ミスに気づかない。

 次から次へとしょっぱいクッキーを放り込み、頬張っている。

 賛辞を受けた愛子は、

「そお? 良かった~。初めて作ったから心配だったの。でも、レシピを見ながらやれば当然よね。結芽にも手伝ってもらったし。実は怖くてまだ食べてないんだ」

 と、クッキーに向かって手を伸ばす。

 不味い! いや、状況が、だよ?

 俺は咄嗟に、静森さんが手を行き来させているクッキーの入った器を奪い、

「いただきますッ!」

 呆然とする二人の前で口に流し込み、一気に飲み下した。

 そして、「ごちそうさまでしたッ!」と本気の合掌をした。

 目の前で起きた惨劇に、静森さんはじわじわと涙を滲ませ、

「ずるいです! 私、まだ愛子ちゃんの手作りクッキー食べ足りないです! なんで全部食べちゃうんですかぁ~~!」

 両手をグーにして俺の頭をポカポカと叩いてくる。

 愛子も怒ってるだろうなぁ。

 俺はローキック覚悟で、愛子を見やると、

「そんなにおいしかったんだ…………、そっか。それなら別にいいんだけどね」

 頬を淡く上気させ、俯いてぼそぼそ呟いていた。

 とりあえず、怒られない?

 窮地を脱したと胸を撫で下ろすと、ベッドの下から気配がした。

 身を翻して確認するより早く、真っ白な何かが飛び出し、まだぶつぶつ呟いている愛子の胸に飛び込んだ。

「夏人が言うんだったら、また作って――きゃっ! ニャ、ニャット! そんなところにいたの? 朝から見ないと思ったら」

「愛子ちゃん。ネコさん、ですか?」

 静森さんは俺への攻撃の手を止め、出てきたそいつに視線を向けた。

「そう。ウチで飼ってる猫よ。ね~、ニャット~」

 愛子の腕の中で、ごろごろと主人に甘えるニャットは、愛子が中学に上がる頃飼い始めた白猫だ。

 猫の鳴き声の「にゃ~」と英語の「キャット」をかけたのが、名前の由来らしい。

 愛子はこの「ニャット」の語呂というか響きをとても気に入っているようで、

「ニャット~、ニャット~、百合花にご挨拶して~」

 必要以上に名前を連呼する。

 ニャットの小さな手を掴み、振らせながら腹話術で、

「こんにちは~百合花さん。ぼく、ニャットです。よろしくね~」

 と遊んでいる。その光景に静森さんは、

「きゃ」 

 きゃ?

「きゃわいすぎます愛子ちゃあああああああああああん! 私、今日はどうにかなりそうですぅううううううううう!」

 人生のクライマックスを迎えていた。

 狂乱する静森さんの「きゃわいい」を、ニャットへの褒め言葉だと受け取ったのか、愛子は上機嫌に笑って、

「ニャット、ご飯食べてないよね? お腹すいてる?」

 と、ニャットの顔を覗き込んで尋ねている。それから俺に視線を寄こして、

「あ、夏人。食べ足りないとかある? クッキーだけじゃ物足りないよね?」

 尋ねた後、再びニャットに話しかける。

「ねぇ、ニャット~。何が食べたい? まぐろの缶詰とかあるよ~?」

 それから、また顔を上げて、

「ねぇ、夏人。お茶請け何がいい? 頂き物のおまんじゅうとかあるよ?」

 また、頭を伏せ、

「そうだ、ニャット~。お昼ご飯の残りのお魚があるよ~? そっちにしようか?」

 再び、俺に、

「夏人。甘いもの大丈夫だったよね?」

 下を向き、

「ニャット。今持ってくるね、おまんじゅう」

 顔を上げ、

「夏人。煮干食べといて~」

「『なつと』と『にゃっと』を混同してんじゃねぇよッ!」

 途中から分かってたけどな! フリが長いよ!

 ここに来るたびに、このイジリがあるのだ。もはや恒例行事と言っていい。

 そして、愛子は花が咲き誇ったような笑顔で、目に涙を浮かべて笑うのだ。

 一連の茶番を見ていた静森さんは、指をくわえ、

「二人とも楽しそうです……。私が知らない二人だけのやり取りとか、表情とか、ちょっと羨ましいです」

 少し寂しそうに呟き、しょんぼりと顔を伏せる静森さん。

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