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彼女は百合  作者: 小野寺 大河
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二十三話

 最後は、この街を一望千里できる展望台。

 俺とのデートのときと同じで、夕方に向かってゆっくりと時が流れている。

 展望台を取り巻く茂みに隠れる。

 愛子と静森さんは、俺も一度座ったベンチで弁当を広げた。

 愛子が感嘆の声を上げる。

 待ち合わせ直後は混乱状態だった静森さんも、今は顔を綻ばせて随分リラックスしているように見える。

 美味しそうに弁当のおかずを頬張る愛子を眺め、目を細めてはにかんでいる姿は、本当に幸せそうだ。

 俺は、あの弁当箱に卵焼きは入っていないと、直感的に思った。

 愛子のための弁当なんだから、俺の好物が入っていないのは当然だ。

 悲しいのは、静森さんの心に、俺という存在が完全に消えてしまうことだ。

 弁当を食べ終え、二人で仲良く団欒しているのを、俺は空虚に眺める。

 心をどこかに置き忘れてきたかのように、何も感じ取ることができない。

 いや、感じ取ろうとすることを拒否しているんだ。

 ふと二人の少女の会話が途切れる。

 静森さんはバッグからそれを取り出した。

 俺と静森さんが選んだ猫のぬいぐるみ。

 静森さんは顔を朱色に染め上げ、目を瞑って愛子の前に差し出す。

 愛子は柔らかく微笑み「――――」、何か言ってそれを受け取る。

 おそらく「ありがとう」と言ったのだろう。

 静森さんはとろけてしまいそうな笑顔になり、すぐに真剣な表情に変わった。

 今度は愛子の顔をしっかりと見据え、一生懸命に唇を動かし、

「――――――――――――――――」

 それに対して愛子は、声こそ聞こえないが、はっきりと首を縦に振った。

 俺は確信した。二人は付き合うんだ。

 胸の奥からじわじわと、かつて感じたことのない鈍痛が湧き上がる。

 そして、それは全身に広がっていき、やがて俺の自由を奪っていった。

 絞めつけられている喉から、声を絞り出す。

「唯夜。帰ろう」

 もういい。ここから先は見たくない。充分、見届けた。

 地面に根を生やしているように思われる重い足を上げ、帰途につこうとすると、

「作戦は、まだ終わらないみたいだぞ」

 唯夜の声に振り返ると、静森さんが愛子の元から離れ、展望台の階段を下りていく。

「夏人! 二郷! いるんでしょ。出てきたら?」

 ベンチから立ち上がった愛子が、明らかに俺たちに向かって叫びかけた。

「俺は帰る。怒られたら、今は代わりに謝っておいてくれ。学校でちゃんと謝るから」

「いいのか?」

 背中に唯夜の涼しい声がかかった。俺は振り向かず、

「今は無理だ。思ってたより、全然苦しい。とてもじゃないが、顔も合わせられない」

 右足を踏み出すと、唯夜は静かに「待て」と言って、俺の横に並び立った。

「これだけは言わせろ。お前が思っている以上に、灯下も静森も、お前のことを考えている。それに謝るにしたって、先延ばしにすればするほど後味が悪くなるぞ。白姫女史もきっと同じことを言うと思う」

 唯夜は俺の肩を力強く抱く。

「逃げるな! 夏人!」

 俺は唯夜の横顔を見る。かすかに微笑み、帰っていった。そうだよな。

 俺はまた自分の都合だけで――。

 行く先を示してくれた白姫先生。

 こんなバカなことに付き合ってくれた唯夜。

 そして、俺自身のためにも、愛子と向き合わなければいけない。

 俺は愛子の前まで歩いていって、真っ直ぐその顔を見つめる。

「気づいてたんだな」

 愛子は肩をすくめて、

「当たり前でしょ。そんな格好して気づかない方がおかしいわ」

 唯夜の嘘つき。どうせ、こうなることを予想してたんだろう?

 俺と愛子は、言葉もないまま見つめ合う。

 どうするのが正解なのか分からない。

 分からないけど、俺が愛子の前に出てやることは一つ。

「愛子、本当にごめん! 俺、お前にたくさん嘘ついたし、隠し事もした。謝って許してもらおうとかじゃないんだ。ただ、謝らせてほしい。悪かった」

 地面につくくらい頭を上げた。

 ウィッグがばさりと覆いかぶさる。

 本当に許してもらうつもりはなかったが、やはり愛子から声はかからない。

 それでも頭を下げ続けると、

「静森さん、いい子だったわ」

 一言、愛子はそう呟いた。

 俺は様子を窺うように頭を上げると、愛子が滑らかに唇を動かす。

「クラブで会ってもあんまりお喋りできてなかったから、今まではちょっと内気でおとなしい感じに思ってた。でも、一緒にいて分かった。あの子は気遣いが出来て、自分に正直で、純粋で、素直で、健気な子なんだって。夏人が応援したくなるってのも分かる」

 相思相愛、ってか。

「夏人、知ってた?」

 愛子が俺の顔を覗き込む。

「静森さんね、今日までずっと私のところへ来て『全部私のせいなんです! 左塔くんは全然悪くないんです!』って謝りに来てたんだよ?」

 最近一緒にいるのが多かったのって、そのためだったのか。

 愛子は「知らなかったみたいね」と小さく笑い、

「それから、この前はごめん。ちょっとびっくりしちゃって、怒鳴っちゃった」

「愛子が謝る必要ない!」

 嘘ついて、隠し事してた俺が悪いんだから!

 愛子はかぶりを振り、

「ううん。静森さんから聞いたわ。口止めされてたんでしょ? それに、この間はほんとに気が動転しちゃってたの。反省してる」

 ダメだ。何か引っかかる。

 多分それは、愛子の買い物の誘いを断る理由に、口止めされてる静森さんとのデートではなく、口止めされてない静森さんの名前を伏せた理由なんだ。

 愛子は懐かしむように、目を閉じて語りだす。 

「私は中学生のとき、夏人に助けてもらった。今もなんだけどね。男子と喧嘩するたび、夏人が間に入って止めてくれた。その後で男子と話して、私のフォローしてたのも知ってる。夏人はただ、困ってる静森さんを放っておけなかったんだよね?」

 小首を傾けて、俺に問いかけた。

 違う。俺は静森さんと仲良くなりたくて協力を買って出たんだ。

 愛子が言うような綺麗な理由じゃない。

 愛子の声に力がなくなり、笑顔も消えた。

 愛子は帰り支度を始めた。

「夏人が私との買い物を断るのに、女の子の名前出したくないって思ったんだったら、それは私にとって――」

 そこまで言って、「ううん、なんでもない」と背を向けた。

 俺は今一番気になっていることを尋ねる。

「なぁ、やっぱり静森さんと、つ、付き合うのか? デートもしたわけだし……」

 愛子は俺に向き直り、一瞬驚愕を顔に浮かべるが、

「どうしよっかな~。イイ子だし考えようかな~」

 俺の顔色を窺って遊び、

「そんなわけないでしょ。まぁ、仲良くはしていくけどね」

 付き合わないのか。

 それじゃ静森さん、フられたってことか……。

「でも本当に可愛かったな、静森さん。あんなに緊張しちゃって」

 くすくすと顔を綻ばせる愛子。

 静森さん、あんなに嬉しそうにしてたのに。

 あれ? でも、愛子頷いてたよな?

「なぁ、ぬいぐるみを受け取った後、頷いたのは一体……?」

 愛子は目を白黒させ、

「何か早合点してるみたいだけど、私告白されてないわよ?」

「え? あれは告白じゃないのか」

 愛子は何がおかしいのか含み笑いをし、猫のぬいぐるみを抱えた。

「静森さん、夏人にすっごく感謝してたよ。『左塔くんだけは味方でいてくれる』って。『そのままの私でいいって言ってくれた。何かお返ししたい』って」

「は? いや、うれしいけど、今はその話じゃ」

 石段に向かって歩き出していた愛子が、振り向き様に問いかける。

「夏人、――何か欲しいものある?」

 意味深長な愛子の笑顔。以前俺が愛子にした質問。

 ――そういうこと、か。

「今の俺には、身に過ぎる」

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