二十二話
俺は女装をやめた。
静森さんに聞いたところ、決戦は今週末の土曜日だと教えてくれた。
そして、その日を迎える。
天候は快晴。絶好のデート日和だ。
一週間前、胸を躍らせて立っていた待ち合わせ場所から、少し距離を置いた物陰に俺は唯夜とともに身を隠している。
ちょうど俺がいた場所に、今は静森さんが直立している。
身体をガチガチに強張らせて。
服装は俺との模擬デートの時の同じく、派手すぎない程度に、可愛らしく上品にといった感じの装いだ。
一方の俺たちは、
「なぁ唯夜。この格好、やっぱり目立つんじゃ?」
俺は再び女装していた。
深窓のご令嬢が着そうなピンクを基調としたフリフリのドレスを身に纏い、化粧とウイッグも装備済みだ。
断っておくが、今回は俺の意思じゃない。
このデートの尾行の立案者である、唯夜の提案だ。
唯夜はビシッと執事服で決めている。
なかなか様になっていて、俺と並ぶと本当に執事かと、勘違いされそうなくらいだ。
と言っても、唯夜はともかく俺の方は、近くで見れば偽者だとすぐに分かるだろう。
すっかり執事の悪友は、眼鏡を上げる癖とともに、
「大丈夫ですよ、お嬢様。標的である二人が、周囲の視線を集める令嬢とその執事が自分たちの知り合いだとは夢にも思わないでしょう」
俺の心配など杞憂だという風に、断言した。
唯夜は自身の衣装に合わせ、俺への口調を変えている。
「なぁ、喋り方は普通で良いんじゃねぇの? そこまでする必要ないだろ」
すると執事は、大げさに驚く真似をして、
「何を仰るのですか、お嬢様。形から入った後は、中身もそれに合わせなければなりません。お嬢様はこの作戦、成功させたくないのですか?」
「そりゃ静森さんと愛子のことを見届けたいってのはあるし、それを勧めてくれた白姫先生には感謝してる。それに、お前にこうやって迷惑かけてるのも悪いと思うよ」
でも。
「お前、俺で遊んでない?」
やけに顔の整った執事は、真面目な顔で慇懃無礼に、
「そのようなことは決してございません。シュガーストロベリーお嬢様」
「おい、イジってんじゃねぇぞ、こらッ!」
「灯下が到着したようですよ」
長い髪を躍らせて必死に怒る俺を他所に、唯夜は状況を報告した。
俺は唇を尖らせてむくれつつも、待ち合わせ場所の二人を観察する。
動きやすそうな服装に、外出用と思われるオシャレな髪留めの愛子は、静森さんに「お待たせ~」と手を挙げている。
静森さんは熟したトマトみたいに顔を真っ赤にして、「全然待ってないです!」と両手をわたわたさせている。
デートの相手の登場に、一層緊張が高まっているようだ。
何だか初々しくて可愛らしい二人に、周囲から「お友達同士でお出かけかな」「あの二人可愛くね? 声かけようぜ」「俺大人しそうな子の方がいい」「俺はちっちゃい子の方がタイプかな」と声が上がる。
今の静森さんと愛子は、客観的に見ても特別可愛いということだろう。
今以上に魅力的な瞬間を俺は知ってるんだと、記憶の中の二人――保健室での優しさに満ちた愛子の微笑、展望台での希望に溢れた静森さんの笑顔――を思い出した。
「お嬢様、対象が動き出したようです。我々も行きましょう」
想い耽っているうちに、デートが始まったようだ。
気づかれないように距離感だけ気を付け、物陰から顔を出すと「わぁお嬢様と執事だ」「どっかのお姫様がいるぞ~」「とんでもない美人だ!」と、この場にいる人たちが口々に言うのが聞こえた。
「唯夜。俺たちの他にもお姫様と執事がいるみたいだぞ! 意外といるもんなんだな」
俺の女装を見て、本物のお嬢様やらお姫様だと思うヤツなんていないだろうし、ましてや美しいなんてワードは出るはずがない。
「お嬢様。民衆が言っているのは、おそらく私たちのことです」
唯夜は手鏡を俺に向けてきた。
「どうぞ。ご自身のお姿をご覧ください」
言われるがままに、鏡を覗き込む。
「…………………………………………」
俺は絶句した。誰? この美人。
口をぽかんと開け茫然としていると、
「この間のご自身のメイクは、酷い出来でしたので。今回は私が施させていただきました」
確かにやってもらったが。
「超かわいいんですけど……」
唯夜は「そうでしょう、そうでしょう」と自画自賛し、満足げにしてから。
「それより、ターゲットを追跡しましょう。あまり離されても仕方ありませんから」
俺はやるせない気持ちで、雑踏に紛れ込んでいく。
俺たちは、女の子を強く意識した外装の洋服屋の脇に隠れている。
ここまで静森さんは、徹頭徹尾顔を真っ赤に染め上げ、愛子の隣を歩いていた。
愛子に話しかけられても、俯いたまま首を縦か横にふる動作しか、しなかった。
最愛の人を前に、緊張のあまり軽いパニックになっているんだろう。
手、繋ぐって言ってたのに。
その背中を遠目から眺め、俺はがんばれと心の中で声をかけていた。
店の中を覗くと、愛子は下着売り場の方には行かず、夏物のコーナーに執心している。
何着かワンピースを身体にあて、静森さんに「これどうかな?」という風に、感想を伺っているようだ。
身体のラインが綺麗な愛子に、その手の服装はとても似合いそうで、静森さんのリアクションも首の動きだけでは収まらなくなっている。
そして、愛子が純白のワンピースをあてがい、くるっと一回転すると、
「かかかかかかかか可愛いすぎですぅううううううううう」
あくまで予想だが、たぶんこう言って発狂した。
それから、悶絶し、ゴンゴンと床に頭を打ち付けている。
大丈夫か? ……いろいろと。
「なぁ唯夜。じゃなくて、唯夜さん。静森さんは大丈夫でしょうか? 私心配で、」
視線を執事に移すと――観光客の外国人と、記念写真を撮っていた。
「何してんだよ!」
唯夜は俺の方に向き直り、
「いえ、『ナイスコスプレ! ワンダホー!』と写真撮影を迫られてしまって」
「そんなことしてる場合か! 静森さんの窮地――」
「ナイスコスプレ! ワンダホー! プリンセス! ハイッチーズ!」
「キラッ! って、何してんだ俺ッ!」
うっかり乗ってしまった。
「お嬢様。非常に申し上げにくいのですが、もう少し真面目にやりましょう」
「てめぇが言うなッ!」
「静森が流血しています。主に鼻と額から」
見ると静森さんは愛子の膝枕で、血を流しながら幸せそうに寝ていた。
制服が印象的な喫茶店で、静森さんの体調の回復を待った後、二階建てのペットショップに向かった。
体調よりも、壊れかけの静森さんの頭の中の方が心配だ。
雑談しながら二階へ向かう二人を追う。
店内は、相変わらず癒し度マックスな光景だ。
小冬のお気に入りのライオンウサギも、女装しているにも関わらず俺の顔を覚えているのか居住スペースを走り回っている。
静森さんたちは、隅の方で数匹の子猫とじゃれあい始めた。
愛子はここを痛く気に入ったようで、新しいおもちゃを与えられた子どものように大はしゃぎしている。
そんな愛子の人懐っこい笑顔を見て、静森さんは、
「ぎゃぁああああああああああああ本物の愛子ちゃんが子猫ちゃんたちと無邪気に戯れてますぅううううううううう絶景です! 日本三景に匹敵しますっ!」
そう言って発狂し、床にヘッドバッドし、やはり悶絶していた。
頭、大丈夫? 割れない?
そんな二人を眺める俺に、「あの」と声がかかる。
声の方に目線を向けると、
「あの、何かの撮影ですか?」
同い年くらいの女の子が、俺と唯夜を興味深そうに観察している。
あ~、この格好のせいか。
「いや、そういうわけではなく、」
俺が弁明しようとすると、隣から手で制された。
「シュガーストロベリーお嬢様は、今回お忍びでいらっしゃっているのです」
唯夜が人差し指を唇に当て、いつも見せない営業スマイルでそれっぽく言いやがった。
「なっ唯夜、お前何言って」
「お嬢様。お召し物が乱れていますよ?」
クレームを遮り、優雅にドレスの乱れを直す執事。
すると、「きゃ~本物ってすごい」「どこかのお嬢様がお忍びで来てるらしいわよ」「何か後ろにバラの花びら舞いそうよね~」――注目を浴びてしまった。
似非執事を睨み付けると、いかにも謹直に従順に佇んでいるが、目元がかすかに笑っている。
……こいつ、絶対遊んでる!
バカのせいで人を集めてしまったので、一旦店外に出ようと、俺は最後に静森さんを一瞥する。
彼女は、幸せそうに笑っていた。
最愛の人の隣で、ただただ、幸せそうに笑っている。
ホントに好きなんだな、愛子のこと。




