二十話
静森さんとの予行練習デートが終了した。
帰りに、愛子に渡すプレゼントを買いにファンシーショップに立ち寄ることになった。
二人で相談して、三毛猫を象ったぬいぐるみを買った。
抱き締めるのに手頃なサイズ。
垂れる尻尾が愛子のサイドポニーみたいだというのが、決め手となった。
店を出ると、町にはもうすっかり夜の帳が下りていた。
満月になりかけの月が、夜空の中、遠くの山間で厳かに浮いている。
喋りながら選んでいたのだが、思ったよりも時間が経っていたようだ。
あっという間で、それだけ楽しかったんだと思う。
バッグと包装されたぬいぐるみを抱えた静森さんが、
「少し遅くなってしまいましたね。でも、しっかりプレゼント選べました。愛子ちゃん、喜んでくれるでしょうか」
「絶対大丈夫だよ。遅くなり過ぎない内に帰ろう」
頼りない店頭の明かりの下、俺たちは笑い合う。
俺は「良かったら送っていくよ」と、勇気を出して右手を差し出す。
「夏人?」
数メートルの距離を隔てて、幼馴染が立っていた。
「……夏人、今日は二郷と遊んでるんじゃなかったの?」
いつもの快活さはない、淡然とした声音。
「いや、唯夜は、その……えっと、さっき帰ったって言うか、じゃなくて」
言葉が宙に舞っていく。
愛子が近づいてくると、だんだんはっきりと顔が見えるようになる。
無機質な明かりに照らされた表情は、暗澹としていた。
「それ、……誰かにプレゼント?」
愛子は、静森さんが大事そうに抱えていたプレゼントを差して呟いた。
可愛い包装と、大きなリボンの気合の入ったラッピング。
「いや、これは……!」
静森さんの愛子へのプレゼントを見られてしまった! どうする?
とにかく、静森さんがデートのために用意しているものだとばれてはいけない。
頭を回転させる俺に、愛子が単調に聞く。
「この前、欲しいものあるか、って聞いたよね。今日は二人で、それを選んでたの?」
あの質問と、このぬいぐるみは全く関係ないと言えばいい。
「これは、小冬へのプレゼントだよ」
「そうなんだ」
愛子は眉をひそめて、顔を曇らせた。
「愛子、今日はな。唯夜と遊んでて、そこでばったり静森さんと会って、一緒に小冬のプレゼントを選んでもらってたんだ」
俺は何を言ってるんだ? また、隠し事を増やすのか? それは何ため? 静森さんの想いを叶えるため? それとも――。
「……夏人。じゃあ、そのお弁当箱は何なの?」
静森さんのバッグから、弁当箱が覗いている。
「これは、俺と会う前まで、静森さんはピクニックを――」
――俺は、ホントに何を言ってるんだろう。
それまで何かのために張っていた緊張の糸が、緩んでいくのが分かる。
「左塔くん、もういいです」
静森さんが口を開き、毅然とした口調で話し出す。
「愛子ちゃん。今日は私が左塔くんをデートに誘ったんです。でも、今日のデートは、私がある人をデートに誘ってオッケーをもらった時のための、予行練習デートです」
愛子は一瞬眉根を寄せたが、すぐにその続きに耳を傾ける。
静森さんはそれを確認してから、
「そして、私がデートに誘いたい相手というのは、」
ぎゅっと瞳を閉じ、顔を薄暗い中でも分かるほど紅潮させる。
胸の前で両手をきつく握り締め、大きく息を吸い込み、
「愛子ちゃん、あなたです! 今日のデートは愛子ちゃんとのデートのためのもので、このぬいぐるみは、愛子ちゃんとのデートで渡そうと思っているものです! 私は卑怯で、臆病です! 左塔くんに頼んで愛子ちゃんの欲しいものを聞いてもらいました。それだけじゃありません! こっそり愛子ちゃんの情報を聞き出したり、着替えの写真を撮りたくて水風船で愛子ちゃんを着替えさせようとしてもらったり、無理を言って今日付き合ってもらったり――入学式からずっと、左塔くんに協力してもらっていたんです!」
女の子の方が、度胸があると思うのはこういうときだ。
不器用だとしてもカッコ良過ぎる。
ほとんど絶叫だと言っていい静森さんの告白に、愛子はぽつりと、
「私へのプレゼントじゃなかったんだ」
その声は、冷たさを覚えるほど暗く、消えてしまいそうなほど弱弱しかった。
「いろいろ黙っててごめん。ちゃんと言おうと思ってたんだけど」
「別にいいよ。悪気があったわけじゃないんでしょ」
言葉とは裏腹に、愛子の表情は晴れない。
「怒ってるなら謝るから。本当にごめん」
「怒ってないから」
「そうは見えない。言いたいことがあるなら言ってくれよ」
愛子が鋭い眼差しで、俺を睨みつけた。
「夏人が嘘ついて今日一日静森さんといたことも、そのプレゼントが夏人からのものじゃないことも、静森さんのために私に嘘ついてたのも、全部ぜんぶ嫌なの! 悲しいの! 本当はこんなふうにヒステリー起こしたくないけど、でも、暗くて重い気持ちの塊みたいなのが胸の奥に沈んでいくの!」
愛子はその場に崩れ込んだ。
いつもは強く輝いている双眸に、涙をいっぱいに浮かべて。
やがてそれは、愛子のきめ細かい頬を伝って、形の良い顎へと流れていく。
愛子はそれを両手ですくいにいくが、堰を切ったように溢れ出し、華奢な指をすり抜け地面に雨を降らせた。
こんなつもりじゃなかった――この期に及んで、俺はまた言い訳をしている。
ごめんと、言葉だけならいくらでも言える。
だけど、その俺の言葉にどれだけの意味があるというんだ?
溢れ出す愛子の心の欠片をどれだけ拾い上げられるんだ?
愛子は子供のようになきじゃくる。
泡沫のような少女の姿に、俺は立っている感覚もなくなっていく。
「私が幕を引きます」
木偶の坊になっている俺の隣で、静森さんが凛然と前に進み出す。
愛子の前にしゃがみ込み、柔らかく肩を抱き寄せる。
愛子はしゃくり上げながらも、泣いているせいでより幼く見える顔を上げた。
静森さんはその泣き濡れた幼い顔を見据えて、しっかりと聞き取れるように、はっきりと言い切った。
「愛子ちゃん。私とデートをしてください」
「………………………………いいよ」
俺は夜陰の中で、無機質の明かりに照らされる自分の頬をきつくつねった。




