十七話
俺は興奮に身を任せ、静森さんの両手を握り、燃えるような決意を伝える。
「他にもいろいろ見てみよう! その中から厳選して見せるよ!」
「は、はい! そんなにやる気になってくれて嬉しいです!」
感嘆の声を上げる静森さんは、早速下着の森に分け入り、目に付いたものから物色する。
ファッションショーのように華麗に衣装チェンジしていく静森さんは、その都度適当にポーズをつける。
グラビア雑誌から出てきたような、あるいはそれ以上の肢体に、俺は強く鼻を押さえつけながら感想を述べていった。
俺も静森さんもテンションが壊れていくのが、目に見えて分かった。
左耳から聞こえる冷ややかな声も気にならない。
下着のチョイスがキャミソールに変わったあたり、
「これ可愛いです~! あぁ~このピンクのキャミソール姿の愛子ちゃんを想像しただけで――きゃああああああああああああああ可愛過ぎます! 素敵過ぎます! セットのショーツが透ける、このキャミソールから伸びる絶対領域を有したおみ足! こんなエロ可愛い愛子ちゃんが、濡れた瞳でベッドサイドに佇んでいるんです! そして、いつもは強気な表情も、そのときばかりは淡く恥じらいを浮かべて、『ゆりか……やさしくしてね』って、顔を赤らめながら呟くんです! きゃああああああああああああああああああああ」
何かが琴線に触れたのであろう静森さんが、愛子とのギリギリのベッドシーンの妄想で狂乱する隣で、
「きゃああああああああああああああああああああああああああ」
俺も静森さんの格好を見て、同じように興奮して叫んでいた。
やはり左耳から終始何か聞こえていたが、止まない悲鳴と沸騰した頭のせいで理解することができなかった。
そんなとき、俺は錯乱状態の中で、視界の端に見知った人物を捉えた。
その人影を目で追うと、静森さんも同様に発見したようで、俺たちはほぼ同時にその人物の名前を叫んだ。
「白姫先生~!」
「あ、悪魔! ではなく、白姫様!」
最近先生の俺の扱いが、日ごとに酷くなっている気がしている。
小さな仕事や雑用を強要されたり、小休憩や昼休みに飲み物買って来い的な、いわゆるパシリをさせられたりと、俺は従順な小間使いのように働き、奔走しているのだ。
もちろんその度に、人間性を疑うような罵詈がもれなく付いてくる。
人権とは何なのか、深く考えるようになった。
だが、そうやって接する機会が増えたおかげで、先生の心境が示す微妙な変化を感じ取ることができるようになった。
例えば今なら、少し顔を引きつらせているので、困っているように見える。
この要らない能力は、舎弟として仕える賜物だろう。
いち早く先生の心境を斟酌した俺を他所に、静森さんは「白姫先生~」と無邪気に駆け寄ろうとする。
白姫先生は、何やら含んだ視線をこちらに送ってきた。
俺は瞬間的に静森さんの耳元で、「静森さん! 向こうに愛子に似合いそうなベビードールがあるよ!」と餌をまいた。
すると彼女は、「ベビードールで可愛らしく寝返りをうつ愛子ちゃん~~!」とまんまとすっ飛んでいった。
ふぅ~、静森さんがバカ、いや、単純、違った、素直で良かった。
先生を一瞥すると、俺より大きな吐息を床に落としている。
「よくやった、舎弟。上出来だ」
先生流で俺をほめて、全身の力を抜き、
「あいつ苦手なんだよな。授業中、たまにスゲェ視線感じるときがあんだよ。何て言うんだろ。嘗め回すような、って感じかな。で、チラ見するとだいたいアイツなんだよ。それに、無駄にスキンシップが多いし。どんだけ長時間手ェ握るんだよ、あいつは」
白姫先生も、静森さんの好みらしい。
そう言えば前に、「すごく可愛い美人な人に会いました」って言ってたな。
相当気に入っているんだと思う。
ひどく疲れた顔をした先生を見て、普段の苦労が少しだけ垣間見えた。
突然白姫先生が、「それよりも、」と腕を俺の肩に回し、ヤンキーよろしく絡んでくる。
「休みにデートとはイイご身分じゃねェか? えェ? しかも相手は、性格は多少破綻してるが、学年トップクラスの美人だ。テメェも隅に置けねェなァ? あァ? まったく恐れ入るよォ、舎弟様ァ?」
拳を俺の胸に押し付け、露悪的に揶揄した。
静森さんと一緒に過ごす時間が短い先生にとって、彼女は「人間性は中の下から下の上、容姿は上の上」らしい。
後者の見解については賛同できるが、前者の認識については物申したい。
静森さんは性格も良くて、すごく良い子だと声を大にして言いたい。
ただ、どうしようもない変態なだけなんだ。
先生はさらに、
「オイッ! もう付き合ってんのか? 友達以上恋人未満なんてぬるい関係ってわけじゃねェんだろ? あいつ可愛いもんなァ。それに胸のサイズも申し分ない。高一の男なんてそれだけで充分だろ? 若さに任せて押し倒しちまいたいってのも、分からなくはねェよ」
俺は「いや、そんなんじゃないんで」と逃げようとするが、
「二人で下着選んで、今夜はそれ穿いてイイコトしようってかァ~? あ~違うか! 舎弟はそれ脱がせて楽しむんだよなァ?」
などと、平気で低俗なことを言い放ち、絡めている腕をグイグイ締める。
さっきから押し付けられている胸器――凶器に理性を切り刻まれそうになる。
「あの、ホントに何もないんで」
何とか先生の腕から脱して、距離をとりつつ服の乱れを直す。
「先生は買い物ですか? もしかして、彼氏と一緒とか?」
先生は虚を衝かれたような顔になるが、
「私は一生、教師一筋なんだよ! 男なんか、いらねェな。今日は校長との密会に穿いていく下着選びだよ」
「言ってることと、やってることが違うと思いますけど?」
先生は不敵な笑顔を作って、俺の口を両端から手で挟む。
「大人にはイロイロあんだよ。校長と教頭はただの踏台! のし上がるには必要なもんだ」
野心的な笑みたたえて、俺を雑に引っ張る。
「良い機会だから手伝え舎弟。有り難く思え、今から私のエロティックな身体が見放題だ」
白姫先生は俺の腕を強引に掴み、返答も待たずに試着室へと進んでいく。
「ちょ、ちょっと先生! あの、」
先生は振り向き、粗暴な声色で、
「あァ? 舎弟、何か文句でもあるのかァ?」
不遜な言葉と瞳で制圧した後、教室で見せる表情になり、
「それとも左塔くんは、先生のカラダに興味が無いって言うのぉ~? そんなこと言われたら、ななは傷ついちゃうわ~。先生も女の子なのにぃ~!」
じんわり涙を滲ませ、俺の胸にわざとらしくしなだれかかる。
なめやがって!
可愛く美人なアイドル先生の、仮面の下の素顔を知っているこの俺に、作為的に表のキャラで攻めるとは。
いつまでも言いなりだと思うなよ!
俺は目に力を溜めて、言ってやった。
「是非お供させて頂きますッ!」
「先生、素直な子は好きよ」
すでに俺の心身は、この悪魔に篭絡されているようだ。
しなだれた拍子に俺の視界に飛び込んだ、大きく開いた胸元が最大の決め手だったことは、口が裂けても言わない。
白姫先生は何着か見繕い、空いている試着室に飛び込んだ。
気恥ずかしい思いをしながら、待ち時間を持て余している俺に、唯夜から通信が届く。
『一つ確認したいことがある』
「ん? 何だよ?」
『試着室に入った粗悪な振る舞いの目立つ女性は、誰だ?』
「は? 誰って、俺のクラスの担任で、日本史の教科担任の白姫先生だよ。一学期出遅れた唯夜でも、さすがにあんな美人見間違えないだろ?」
『ギャップ萌え、だな』
……あ~、そういうことか。
今のところ、学内で白姫先生の裏の顔を知っているのは俺くらいだ、おそらく。
初見の唯夜には、信じがたい光景だっただろうな。
あの可愛いく美人の癒し系アイドル先生が、教え子にガラ悪く絡んで、卑猥なことを言ったりしたりするなんてのは。
俺だって最初は全身が固まって言葉を失い、困惑するだけだった。
そう考えると、唯夜はすごい。
白姫先生の裏表を指して、「ギャップ萌え」だもんな。
作戦は一時中断だな、と唯夜と話し合っていると、
「お待たせ~! 焦らしすぎちゃったぁ?」
艶然とした声とともに、カーテンが押し開けられ、先生が姿を現した。
俺の顔の温度が、急上昇する。
「どぉ? 似合うかしらぁ~?」
白姫先生は淫靡に科を作って、挑発するように聞いてくる。
俺は先生から目が離せないでいた。
ブラの支えがなくとも、形の崩れない胸と、わずかに動くだけで秘部が見えてしまいそうな三角地帯。
加えて、それらを強調するようなポージングは、俺の思考を根こそぎ奪う。
布地が極めて少ないブラと、ショーツに釘付けになる俺を見て、先生は満足げに笑う。
「テメェも可愛いところがあるんだなァ! えェ? このエロガキがぁ~~!」
そして、腕をさりげなく絡め、
「先生…………嬉しいな?」
表の表情で、可愛く覗き込んでくる。
俺はこのとき、この人は本当の悪魔だと心の底から思った。
その後なおも、「これ、どぉ? こっちは、どぉ?」と、悩ましげに誘惑してくる悪魔に、俺はほとほと困り果ててしまった。
そして、存分に男の純情を弄んだ白姫先生は、憎いまでの笑顔で「学校でな~」と、颯爽とレジへ消えていった。
『夏人。お前はさまざまな労苦を強いられているんだな』
唯夜の慰めが、俺の心の柔らかい部分を優しく撫でた。




