十六話
静森さんとの模擬デート当日は、前日の天気予報通り、快晴だった。
とりあえず、晴れてくれて良かった。
俺は所定の時刻の三十分前に待ち合わせ場所の駅前に到着した。
一応オシャレをしてきたつもりだが、普段からファッションセンスを磨いているわけでもないので、彼女にどう映るのかは分からない。
これじゃ、小冬に格好のことは言えないな。
静森さんとの模擬とは言え、初デート。
本来なら心臓が飛び出る程緊張するのだろうが、今日の俺は一味違う。
なぜなら、強力な味方が援護してくれるからだ。
俺は左腕の腕時計に話しかける。
「唯夜聞こえるか? 一言目は何て言ったらいい?」
すると、左耳から、
「待ち合わせでの第一声か。軽く挨拶をした後、自分の到着時刻が相手のそれよりほんの少しだけ早かった、というような旨を嫌味なく伝えればいい」
唯夜の冷静沈着な声が、俺を落ち着かせる。
腕時計とイヤホンで、一対の通信機。
唯夜が誂えてくれたものだ。
静森さんとのデート中、好感度に関わる選択肢が出たとき、これでコンタクトを取り、唯夜からアドバイスを伝授してもらおうという魂胆だ。
一応ゲームで予習はしてあるわけだが、切り札は多い方が良い。
さぁ、準備は万全。
俺は今日のデートで静森さんとの関係に変化をもたらす!
待ち合わせ十五分前に、改札から俺の女神が顕現した。
「………………………………ッ!」
俺はその姿に息を呑んだ。
何度も本物の女神だと錯覚しそうになる。
上品かつ可愛らしい私服、薄く化粧が施してあるはにかんだ笑顔、念入りに手入れしたであろう緑髪。
いつもの五倍、いや十倍、いや演算不可能なくらいの見目麗しいお姿に、俺の胸のドキドキワクワクが加速度的に増していく。
どれだけ賛辞の言葉を並べても足りない。
他の待ち合わせの人や通行人からも「かわいい……」「あの子、マジタイプ!」「デートしてぇ~」と賞賛の声が飛び交う。
そんな子とこれからデートするんだという実感が沸いてくると、幸福度は際限なく上昇していった。
「こんにちは、左塔くん。お待たせてしてしまいましたか?」
静森さんは何かの準備があるのか、大きな手提げの鞄を携えている。
にこやかに微笑む俺の女神に、
「こんにちは。いや、今来たところだよ」
と噛まないように、常套句を口にする。
「よかった~」
胸に手を当て微笑む、その表情がやけに自然で可愛くて――。
やべぇ、目合わせられないかも! こんな幸せで大丈夫か、俺!
挨拶からたじたじの俺を見かねたのか、協力者から通信が入る。
『顔を引き締めろよ。変態にしか見えない』
俺は我に返り、頑張って静森さんを見る。
「どこ行こっか? 予定、決めてある? 特に考えてないなら、俺が適当に選ぶけど」
今日のために、一応予定は唯夜と相談してある。
彼女はかぶりを振り、優しげな瞳を光らせる。
「以前、左塔くんから教えてもらった愛子ちゃんの情報をもとに、デートプランを考えてきました!」
身体を突き出し、自信満々に答えた。
その拍子に胸元がチラッと見えそうになり、目のやり場に困ってしまう。
今日はマジでどうにかなりそう。
すかさず、『おっぱい星人』と通信が来た。
立場的に不満は言えないが、不必要な発言は控えてほしい。
ちなみにだが、唯夜にはすでに静森さんの愛子への想いについては話してある。
口止めされていないとは言え、他言するのは気が引けたが、口の堅い親友を信頼し、何より自分の恋心に正直にと、心苦しいが割り切った。
「じゃあ、任せるよ。どこに行くの?」
このデートの成功だけを考えようと気持ちを固めると、静森さんは澄んだ声で、
「その前に左塔くん、手を繋ぎましょう」
「そうだね、手を」
――って、ええぇぇええええええええええ!
静森さんは目を伏せ、控えめに右手を出している。
積極的な彼女に困惑してしまうが、すぐにそのしなやかで柔らかい手を迎えに行く。
もしかして、静森さんもデートという言葉に感化されているんじゃなかろうか?
今日はマジでいける!
物理的な距離が近いせいか、甘美なにおいが鼻腔を通じて、脳に侵食してくる。
「……静森さん。なんだか、照れるね」
彼女は可愛く俯き、
「……はい。でも、今から愛子ちゃんと手を繋ぐイメージをしておかないと、本番で倒れちゃいそうですから。それじゃ、行きましょうか」
手、繋ぐ気なんですね。
今の今までデートという響きに胸を躍らせていた俺は、これがあくまで練習なのだと再認識させられた。
急に重くなった足を上げ、静森さんの先導で目的地に向かう。
耳からは『お前も苦労してるんだな』と、慰めじみた呟きが聞こえた。
着いた場所は、繁華街のショッピングモールの一角に位置する、女性をターゲットにした洋服屋だった。
看板を始め、外観にもかなりこだわっているように見える。
女の子同士で来たら楽しいだろう。女の園という感じだ。
雰囲気に気圧され、店の前で立ち止まっていると、「どうしました?」と静森さんが振り返った。
これも静森さんのため、ひいては自分のためと背筋を伸ばして店に入る。
店内には男性客もいて、安堵の溜め息を吐くと、
「恋人同士で来てる人たちがいますね」
「ッ?」
静森さんの何気ない発言で胸が高鳴る。
俺たちも周りから見れば、恋人に見えてるかも。
「そうだね。多分俺たちも――」
「愛子ちゃんと来たら、私たちも恋人に見られちゃうかもです! あぁ~、どうしよう!」
心配しなくても友達に見られるよ、多分。
妄想モードに入りそうな静森さんを、早めに現実に引き戻す。
「ここで愛子と一緒に服を見るんだね」
「それもあるんですけど、」
と店の奥を指し示した。
つられるように視線を移すと、その先には様々な下着が所狭しと無数に陳列してある。
「愛子ちゃんと一緒に、し、下着を選び合おうと思いまして」
半裸の二人が、お互いの身体に下着をあてがい合っている光景を想像してしまう。
「――ぅッッ!」
俺は咄嗟に鼻を押さえた。
健全な高一男子には刺激が強すぎる!
悶える俺を他所に、静森さんは嬉々として、下着売り場に走り寄っていく。
俺も直立をやめ、唯夜に催促され後を追った。
いかん、いかん。当初の目的を忘れてはいけない。
静森さんの模擬デートの相手という大役もあるが、今日は彼女を惚れさせるくらいの気概でいなくちゃダメだ!
静森さんが、純白の上下セットの下着を制服の上から身体に当て、声を弾ませ、
「左塔くん! これどうですか? 愛子ちゃんにすっごく似合うと思いませんか?」
「――――ッッッ!」
俺の脳は瞬時にその姿を、この下着だけを着用したあられもない姿に変換する。
ダメだ! 俺はここにいたらダメになる!
そう確信して目を逸らすが、天然少女は俺の前方に回り込み、見せ付けるようにして、
「左塔くん! しっかり見てもらわないと困ります! この下着、似合うと思いますか?」
「に、ににに似合うと思うよ! とっても。だから一旦離れて……ッ!」
じゃないと俺の思春期固有のスイッチが押されるどころか壊れてしまう!
恥ずかしさと興奮のあまり、おざなりな反応をしてしまう俺に通信が入る。
『何をしている。ここは男の見せ所だ。決断力や判断力、センスを披露するのにうってつけだろ』
そうだ! ここはバシッと決めないと!
立て続けに左耳から、
『俺の言う通り言えば大丈夫だ』
「あぁ、分かった」
流石、頼りになる親友だ。
『とても似合っているよ。君の衣服を一枚ずつ脱がせていって、その下着を隠してから、全身を嘗め回したい気分だよ』
おっけー、分かった!
「静森さん! とても似合っているよ! 君の衣服を一枚ずつ脱がせていって――――って言えるかぁああああああああ!」
味方だと思ってたヤツが敵だった!
静森さんは小首を傾げて、言葉の続きを待っている。
ダメだ、普通に思ったことを言おう。
「ごめんね、何でもないんだ。ばっちり似合うよ! 最高だ! 女神にしか見えない!」
「やっぱりそう思いますか! これを着た愛子ちゃんは、最高に可愛いって!」
満足そうに頷いてから、別の下着を持ってくる。
「じゃあ、こっちはどうですか?」
さっきのより表面積の少ない黒。清楚な静森さんに黒……良い!
静森さんは目を輝かせて、俺の評価を待っている。左耳から、
『今度こそ任せろ。悪いようにはしない』
「ラストチャンスだぞ?」
たった一回の失敗で、これまでの唯夜の功績を否定するのは良くないよな。
『とても似合っているよ。服も下着も付けさせないで、首輪を繋げて町内を連れ回したいほど可愛いね』
おっけー、分かった!
「静森さん! とても似合っているよ! 服も下着も付けさせないで、首輪を繋げて町内を――ってだから言えるかぁああああああああああああ!」
人選を間違えた! そして、お前の趣味を疑いたい!
どうして毎度下着を付けさせない! 何故マニアックなプレイばかりなんだ!
「左塔くん! 頼んでおいて申し訳ないんですけど、ちゃんと見てください!」
静森さんが珍しく怒りを見せた。
不謹慎だが、怒ってる顔も可愛いなぁ。
「ごめんごめん。ホントに似合うと思うよ」
静森さんに黒の下着は、本当に似合うと思う。
「やっぱり、そうですよね! 愛子ちゃんの、ちょっと背伸びをした黒の下着もグッとくるものがありますよね! じゃあ次は、」
そうやって、俺は下着姿の静森さんを、静森さんは下着姿の愛子を妄想している内に――――お互いのリミッターが外れた。




