十二話
体育館に併設された、女子更衣室。
外装は白のコンクリートに、無機質な窓と扉が一つずつある。
扉は鉄製で、室内には木製の棚と長椅子が二つあるだけの空間だ。
段取りはこうだ。
唯夜が警備員のおっちゃんを更衣室から離し、その間に俺が愛子の生着替えを激写するだけ。
ミッションレベルは高くないはずだ。
当然だが、唯夜から「静森に撮影してもらえば――」と提案された。
しかし、まさか彼女が愛子の下着姿を前に、身体に異常をきたし、鼻血を噴出してしまうとは説明できるわけもない。
なので、「俺がこの手で撮りたいんだ!」と言い放っておいた。
唯夜のあの冷ややかな視線、一生忘れられない。
今は更衣室から少し離れたところで、唯夜に用意してもらった一眼レフを片手に、静森さんと待機している。
唯夜の役は顔が割れている静森さんではダメだし、そもそも彼女は撮影できない。
だから、お分かりの通り、静森さんが俺たちに同行する意味は正直無い。
だが彼女曰く、
「愛子ちゃんの生着替えの隠し撮りの現場に立ち会うことに意味があるんです! 私の存在を彼女に気づかれることなく任務を遂行することによって、成功を収めたときのエクスタシーが――」
どうたらこうたら、らしい。
もう好きにして。
そして、誰かこの子の取扱説明書を用意して。
しばらくすると、唯夜から「作戦開始」とラインが来る。
俺は静森さんと更衣室の裏手に回り、身を潜める。
さぁ準備万端!
よ~し、これで心置きなく愛子の生着替えを激写できるぞぉ~!
……誰か俺を救ってくれ。
事前に静森さんに内鍵を開けておいてもらった更衣室唯一の窓を、少しずつ慎重にずらし、カーテンの裾から目元だけ覗かせ、室内の様子を窺う。
そこには――――桃源郷が広がっていた。
静森さんが着替えの度に血まみれになるのも頷ける。
色取り取りの薄い布、惜しげもなく曝け出される柔肌。
どの子も運動部なだけあって無駄の無い、実に健康的な体つきをしている。
あ、癖になりそう。
俺としてはこれ以上望むべく無いが、ミッションはここからだ。
細心の注意を払いつつ、息を潜めて被写体の姿を探す。
こちらから見て左側、手前から三番目の棚の前にその姿を見つけた。
ブレザーのボタンに手をかけているところだ。
当然、こちらにはまだ気づいていない。
「静森さん、愛子いたよ」
音声を最小限にし、俺と同じく身を潜めて室内を眺めている静森さんに話しかける。
すでに鼻から源泉のように流血なさっていた。
それでも大きな瞳をさらに見開き、愛子だけを見つめている。
一瞬ですら惜しいと、言外に醸し出している。
俺は気を取り直し、カメラを構え、被写体が収まるようにレンズもっていく。
入念に微調整して、ターゲットに焦点を合わせる。
よし、撮影準備完了!
これでばっちり愛子のあられもない姿を激写できちゃうぞぉお~!
……もういっそ殺してくれ。
俺は全神経を集中させ、五感を研ぎ澄ませる。
今だ! とシャッターを切ろうとした瞬間、手前の女の子が愛子に被ってしまった。
撮影を中断する。
犠牲はなるべく少ない方が良い。
俺は再び訪れるチャンスを待つ。
しかし、その後も他の女生徒と被ってしまったり、誰かがこちらに気づいたかも知れないと察知し、カメラと顔を引っ込めたりして、思うように作戦が進まない。
早くしないと愛子の着替えが終わってしまう。
愛子はとっくにシャツを脱ぎ終わり、スカートを床に落とし、体操服に手をかけている。
白とピンクのチェックの下着が丸見えだ。
中二の時、たまたま愛子の家で下着姿を見てしまったことがあるが、少し大人っぽくなった幼馴染の身体に、俺は胸の鼓動が速くなるのを感じた。
小ぶりなお尻から伸びる、形容しがたい魅力を放出している脚のライン。
あのおみ足で踏まれたり蹴られたりしたら――――はッ!
思わず愛子の脚に目と心を奪われてしまった……!
ッ、恐るべし、脚線美!
朱に交われば赤くなるとはこういうことか。
しかし、今は一時を争う。
気持ちを静めるよう努め、任務遂行のため思索を巡らせる。
俺は「すでに致死量を超えてるのでは?」と疑う程の容態の静森さんに、強めに囁く。
「俺が注意を引くから、その隙に愛子の下着姿を撮って!」
「え、む、無理です!」
突然与えられた大役に、静森さんはかぶりを振る。
鼻血が迸るが、気にしていられない。
「静森さん! これは君にしかできないことなんだ! 本当に欲しいものは、自分の手で掴みとるしかないんだよ!」
セリフだけ聞くと何かとてもカッコいいが、やってることは最低だ。
静森さんは俯き思い迷っている様子だったが、
「……はい! 分かりました! 必ずや、愛子ちゃんの裸体をこのカメラに収めて見せます!」
確固たる決意に、大きく開かれた双眸が光る。
俺は親指をぐっと立て、カメラを預けた。
忍び足で更衣室の正面に回る。
扉の前に立つと、俺は数歩下がり助走をつけて――思い切り扉を蹴った。
蹴った。
蹴りまくった。
中からは「なにっ?」「もしかして変質者?」「こわ~い」と聞こえる。
その声音は、恐怖と驚愕に染まっていく。
そりゃそうだ。
着替えていていきなり扉からドン! ドン! と打撃音がすれば、驚き怯えるのも無理はない。
そして、それを誘発しているのは、この俺自身なのだ。
もはや何のためなのかなんて、頭になかった。
ただ、目の前の鉄の塊を全身全霊で蹴り続け、更衣する何の罪も無い女の子たちを震撼させるだけだ。
「おらっ! おらっ! 何で女の子が好きなんだよ! 俺は男色じゃない! 美人の皮を被った悪魔、浄化されろ! 妹よ、一回でいいからお兄ちゃんって呼んでくれ! 母さん、親父と別れて今度俺と食事に行こう!」
感情の操作ができなくなり始めた。
とんとん、と急に後ろから肩を叩かれる。
俺はそれを「今忙しい」と振り払う。
また、とんとん、と叩かれる。
また「だから今忙しい!」と振り払う。
三度目、とんとん、と今度は叩かれた後、声がついてきた。
「…………おいテメェ。おもしれェコトしてんじゃねェかァ? えェ? 私も混ぜてくれよォお……!」
危機を悟った。
声の主が、悪魔だと分かったからだ。
頭はどんどん冷めていくが、それに反比例するように、頭の中の危険信号は最大音量に向かって耳の奥で轟く。
額から脂汗が吹き出るが、それを拭うことに意識を持っていけない。
俺は振り返らず、身を屈めて、足腰に力を溜め、一気にロケットスタートを切った。
「待てェコラァッ! 舎弟ッ!」
と後方から聞こえるが、俺は決して振り返らない。
そう、決して振り返らない。
……きっと、悪魔がいる。
急いで裏手まで疾走し、共犯者と合流して逃走を図る。
彼女に続く角を曲がり、決死の思いで静森さんに呼びかけようと――
「なっ……………………!」
――我がリーダーは殉死なさっていた。
死因は、出血死。
制服のシャツまで真っ赤に染め、窓の下に転がっている。
死亡現場を鳥瞰すると、一眼レフのレンズは血まみれ、リーダーの手にはスマホが握り締められていた。
おそらくレンズに自身の鼻血がかかり、やむなくスマホのカメラで代用しようとしたのだろう。
俺は命をかけて掴み取った勝利の証を見届けるべく、握り締められたスマホを引っ張る。
しかし、意識の無いはずのその手は、一向にブツを放さない。
まるで宝物であるかのように……。
俺は感動すら覚えた。
きっと頭がバカになっているのだ。
気にしないでくれ。
奪わないでおこうと、スマホを傾け、最期の勇姿を心に刻むべく画面を覗き込む。
そこには――――ブレブレの、黒のニーソックスに包まれた人の脚? らしきものが写っているだけだった。
クッ! チクショウッ! 神は俺たちに何も与えないつもりなのか!
そして、あえて言おうか……。
そんなに好きかね、おみ足が!
脚線美はどこまで静森さんを狂わせ続ける気なんだ!
作戦は失敗に終わったが、俺はリーダーの背中を、信念を、魂を忘れない!
「やっと見つけたぜクソ野郎ッ! ……来い。地獄に案内してやるッ!」
俺の命の終焉も、すぐそこまで迫っているようだ。




