魔王帰還
目を開けると、俺はだだっ広い荒野に一人立っていた。
「……マジで転生したのか」
自分が転生したという事がまだ実感できず、ぼうっとしながら立ち尽くしていると、ふと自分の手に目が留まる。手は大きく、爪が鋭く伸びていて、そしてこれでもかと言う位色白になっていた。
死人みたいな色だな……にしても、ここまで白い必要あるか?日に焼けそうだな
意外と落ち着いている自分に地味に驚きつつも、一様自分が二足歩行タイプの生き物だという確認にはなった。手を数度動かした後、今度は体に目を移した。光に反射する鋼色に目を細め見ると、俺は鎧に身を包んでいた。鎧には複雑な模様が描かれており、凄く拘って作り込まれているのが分かる。
魔王って普通鎧着てるのか?……いや、この世界では普通なのか?
鎧が動きにくいか確認するため取り合えず色々と動いてみるが特に動きにくさは問題なかった。そして一度その場でターンをすると後ろにひらひらと動くものが目の端に映った。何が映ったのか不思議に思い、後ろに手を回してみると布の感触がする。
おぉ、マントもついてる……コレってどっちかって言うと騎士っぽいな……てか何か息苦しい
顔に手を当てると其処にはしっかりとした鎧兜まである。
これで息苦しかったのか……魔王いきなりフル装備だな
荒野でいきなり魔王として転生させられ、これからどうしたら良いのか全く検討もつかないでいると
『はーい。無事転生できて何よりです!』
え?さっきの女神?
『はい!私はそちら側には行けないので、音声だけお送りしています~』
音声にはなにやら資料をガサガサしている音も入っている。相も変わらず緩い口調の女神は、何やら探しているようだった。
また何か探してるな、こういう時くらい通信切ればいいのに
『すみません!えっと、そうですね~。貴方はこのまままっすぐ歩いていくといいでしょう。
では、私はこれにて!ご武運を~!』
え、ま、まって!!……マジか
突然言い渡された神のお告げ的なものにため息が出る。
「……まぁ、行く当てもないから。行ってみるか」
そう決意した俺は、ガシャガシャと音を立てながら荒野を歩き出した。
何時間歩いてんだ……
女神の言った通り真っ直ぐ歩き出したのはいいが、かなりの間歩いているのに街どころか灯り一つ見えてこない。明るく照らしていた日の光もいつの間にか傾き、辺りは段々と暗くなってきていた。
ヤバい、早くどっか町でも村でも見つけないと、野宿する事に……
うーんそれにしても……全然疲れとかないな、鎧も着てるのに。これが魔王ってもんなのか
そんなどうでもいい事を思いながら歩いていると、少し遠くに灯りが見え始めた。
「お!!!あれは!?」
その灯りに先程まで野宿を覚悟しそうになっていた俺は安堵した。その灯りの方へまっすぐ歩みを進めていくと、周りは荒野から、木が鬱蒼とした森へと変わった。大分灯りが増え初め、目の前に集落のようなものが見えてきたのは良かったが、その集落の不気味さに入ろうとしていた足を止めた。灯りが所々あるにしても集落の中は薄暗く、人のいる気配がない。入口をよく見ると、何かの紋章のようなものが一番上についていた。
こえー……これ村の人とかいるのか?まさか無人の集落とかじゃないよな……ん?でもよくよく考えると無人の方が色々都合よくね?
俺は数分間入口前で考えていたが、意を決して集落に足を踏み入れた。
その瞬間、また記憶が見えた。
あ、れ……俺、怖いの苦手だった、ような?
一瞬何か降ってきたものに怖がる自分がいた記憶を思い出すが、それ以上のことは何も見えなかった。俺は段々と、自分自身の記憶なのに何故思い出せないのかと何かもどかしい気持ちになる。自分の情報も少ないし、この世界の情報もない……考えるだけで泣きたくなる状況だった。その事に悩ましい……と俯きながら集落の中を歩いていると、何か大きなものにぶつかった。下を向いていた俺には、目の前にあるのが生き物で二足歩行をしている、という事だけが分かった。視点を段々と上に向けていくと、蛇のような頭の生物が此方を見つめていた。
「……おい、ぶつかっておいて何もなしか?」
蛇の頭の男は俺を睨みつけながら、首をゆっくりと伸ばしていき俺の目の前で止まった。目の前の蛇がシュウゥゥゥと舌をちろちろと出すのを見て、俺は少しだけ距離をとった。男から少し離れると、その全体像が見えてくる。伸びる頭に頑丈な体躯、そして先程見た通り蛇の頭の男は二足歩行をしていた。
こいつは人に近い種族なのだろうか、それとも爬虫類?うーん、分からん
この世界で初めて見る生物に感動しつつ見ていると、突然蛇男(面倒なので名前省略)の怒号がとんだ。
「てめぇ何ジロジロ見てやがんだ!!えぇ!?頭から食っちまうぞ!!!」
そう言って俺に少し近づいてから首を伸ばし威嚇する蛇男(本物の蛇みたいだ……)は、ミシミシと身体を締め上げてきた。その傍から見て完全に捕食されるシーンに、終わったわと思ったが、以外にもその蛇男が俺に話しかけてきた。
「……お前、どこのヤツだ?お前みたいなヤツはここらで見ない。……もしかして、人間のまわしもんか?」
俺の耳のすぐ横でシュウゥゥゥと言う音を出しながら話す蛇男に、もしかしたら話ができるかもしれないと期待したが、どこから取り出したのか縄を俺に巻き付け縛り始めた。
「あ?待て、待て待て。何しようとしてんだ?」
「何って、侵入者がいたから縛って木に吊るすんだよ」
そうして俺はこの世界にきて早々、木に吊るされるという何とも言えない経験をすることになった。
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「ったく、新人のヤツ戻ってこないとかどういうことだ?」
門の警備につかせた新人が、時間になっても帰ってこないことに苛立ちながらも、防衛部隊小隊長である。自分がしっかりと指導せねばと考えながら門に向かっていた。
「いた。おい新人、規定時間にはしっかりと戻るようにと……何してるんだ?」
目の前には丁度何かの作業を終えたように掌をはたく新人が立っていて、木には何かが吊し上げられていた。
「あ、アルファ隊長。見て下さい!俺、侵入者を捕まえましたよ!!」
そう言ってドヤ顔をする新人に近づいて行くと、木に吊るされている人物が見えてきた。
それは忘れもしない、あの方の、あの時と全く変わらない鎧そのままだった。
「そんな!……まさか!あ、貴方様は!!!」
状況が呑み込めていない新人はどうかしたのかとしきりに話しかけてくるが、今はそれどころではなかった。
「へ、陛下!!!!!」
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誰か来たかと思えば、突然木から降ろされた。地面に降ろされ、先程俺を陛下!と叫んでいた男が慌てて縄を解いた。そして、解き終わって晴れて自由の身となった俺に片膝をつき頭を下げた。
「へ、陛下!わ、私は防衛部隊小隊長のアルファと申します!この者は、まだ此処に来て間もなく、まだ教育が足りず、さ先程の陛下へのぶ、無礼を!何卒!何卒お許しください!」
そう言って命乞いをするようにまた頭を下げたアルファと名乗る男は、ゴツゴツとした肌に鋭い牙が2本上向きに生えていて、左目を怪我しているのか左側に無造作に包帯が巻かれていた。
どうやらこの男は俺の事を知っているらしく、先程顔を上げていた時は正に顔面蒼白と言った状態だった。今は隣であほ面を晒している蛇男に、お前も早く謝らんか!と怒っていた。
俺の事を知ってるのか、じゃあこいつにちょっと聞いてみるか
軽く咳ばらいをすると、アルファが体を震わせた。
「あー、その事はもういい。そんな事よりもアルファ。お前に聞きたい事がある」
俺が先程の事について不問にするとアルファは幾分か肩の力を抜き、はい!!何なりと!と話を進めた。
「お前は俺を知ってるのか?」
「私だけでなく、此処にいる殆どの者が陛下を存じております。陛下はこの世界を統べる魔王、昔行われた大戦で消息を絶たれ……」
「そうか、……それより、顔上げて立ってくれないか?」
正直、この状態だと誰がどう見ても俺が酷い人に見えるのが一番嫌だった。だがアルファは隣で立ち上がろうとしていた蛇男を押さえつけながら、恐れ多いですと口にする。
「えー……じゃあどっか宿か何かに入って……あ、俺金持ってないわ」
まいったなと口に出すと、アルファは陛下が宿に!?と驚きの声を上げた後、少々お待ちください!と言って蛇男を脇に抱えながら何処かに走って行ってしまった。突然の事に呆然としていたが、兎に角待っていろと言われたので木に寄りかかって待つことにした。
木が風でざわざわと揺れるのを見て待っていると、アルファが何故か仲間を大勢引き連れて帰ってきた。
え?なに?俺またなんかヤバいパターン?
アルファの後ろに続いてやってくる者達は、アルファや蛇男同様魔物っぽい姿の者が大半だった。俺はまた死んでしまうのだろうかと思っていると、突然アルファが片膝をついた。すると、アルファの後ろにいた大勢の魔物達が同じように片膝をついた。
『陛下!!我々魔族は、陛下のご帰還を心より嬉しく思います!!!!お帰りなさいませ!!!陛下!!』
鼓膜にビリビリと響く程大きく低い声が、俺に向かって発せられた。
「…あー、えっと……ただいま??」




