第二十八章
第二十八章
二人が病室に入ると、少女の髪をとかしていた看護師が気配に気付いて振り返った。
「あら先生、診察には少し早いのではありませんか?九十九先生まで御一緒なんて…」
衣笠恵美子が若い医師を少しだけ睨むように見ながら言った。
「キヌ…いやエミ…あ、いや衣笠君、今日から清水さんの主治医は彼が務める事になった。しっかりサポートしてくれたまえ」
わざとらしく咳払いをして、彼は傍らに立つ九十九を紹介した。
「確か先生は精神科… では、今後はメンタルケアが主体になるのですか? 彼女にはまだフィジカルケアの方が多く必要だと思うのですが」
「エ〜ミちゃん! そんなに堅苦しく考えちゃだ〜めだって、リハビリはこれまで通りやってくからさぁ〜、よろしく頼むよ〜」
「コラッ、九十九! 少しは場所ってものをわきまえろ、患者の前だぞ!」
「ハイハイ、気をつけますよ〜」
漂々とした足取りで病室の窓際まで進むと、どこかおどけたステップでクルリと振り向いた九十九が、背を向け続けていた加夏子の顔を正面から覗き込んだ。
「君がウワサのお姫サマかい?」
うつ向いて髪をとかせるに任せていた加夏子がゆっくりと顔をあげた。
「…清水 加夏子です…」
しっかりとした口調。
険のある、だがどこか戸惑いを含んだ端正な顔。
瞬かない瞳。
九十九が加夏子を凝視する。
一秒の何分の一に満たない時間、二人の対峙は病室の空気を凍りつかせた。
「…ウン、なかなかの美人ちゃんだな。僕が今日から君の担当だ。ヨロシクねっ」
軽く加夏子の肩を叩いて車椅子の脇をすり抜ける。
先程かいま見せた緊張はみじんも感じさせなかった。
「かるいヒト…でも嘘。心の中にメスを持ってる。ワタシ嘘つきは嫌い」
加夏子が言った。
病室の入口で、九十九が足を停めた。
暫くの間じっと立っていると、背を向けたまま彼は加夏子に言った。
「長官と呼んでくれ。長い付き合いの者は皆、僕をそう呼んでいる」
若い医師が顔をしかめた。
「長官?」
加夏子も首を傾げて聞き返す。
「君とは長い付き合いになりそうだからね、じゃ」
そのまま九十九は病室を後にした。
真剣勝負になるな…
九十九はもう笑ってはいなかった。
(続く)