第二十九章
第二十九章
今日のリハビリも終わった
いつもと変わらず、滞り無く
清水加夏子のリハビリメニューは今まで通りに続けていた
主治医が変わろうが、物理療法を続ける限り俺達トレーナーの役割は何も変わらん
変わったのはあの娘だ
口をきけるようになったのは結構な事なのだが、まるで何かが抜け落ちてしまったかのように、虚ろでいる時間が増えた感じがする
聞かれた事にはちゃんと返事もするし、メニューも以前より積極的にこなしているように見える、見掛け上は
だが何故か手応えを感じない
口もきけず、一見して無表情・無感動だった頃の方が、拒否にせよ諦めにせよ内面の葛藤って奴をどこかに感じとる事が出来た
それが今じゃ、まるでじゃじゃ馬がイイコちゃんを装って周囲を欺いているかのような印象ばかりが強い
いや、それも違う
悪意や作為は感じられない
強いて言うなら…
目が、冷めているのだ
まるで何もかもお見通しだと言わんばかりの、冷たくて乾いた目
そして時折見せる、年齢に不相応な虚ろな表情…
あの娘はあんなじゃなかった筈だ。一体、何がどうなっちまったんだ
それとも、変わっちまったのは俺の方なのか…
トレーニング室の器具を片付けながら、銀さんは物想いに耽っていた。
仲間のトレーナー達は、珍しく寡黙な彼を気遣ったのか、パラパラと声を掛け、そっとその場を後にしていた。
あの晩、俺は紗季子を抱き締めた
見ちゃいられなかった。あの気丈な紗季子があんなに泣いて、今にもポッキリと折れてしまいそうで、そうせずにはいられなかった
抑え、隠し続けてきた色々な想いが、あの晩を境にして俺の中に帰ってきてしまったような気がする
だかアイツは、今じゃ他人の女房だ
そして俺には、アイツに想いを抱く資格は無い
あの娘… 加夏子の視線に、俺は自分の中身を見抜かれているような気分になっちまったんじゃないか
それで変だなんて感じたんじゃないのか
マットの上にあぐらをかいて、銀さんはとめどなく考え続けていた。
「聞こえましたよ、銀さんの声。酷く悲しそうだった」
「もういいのか?」
「えぇ。どうにか、ね」
少しやつれ、寂し気に微笑んだ殉の姿が、いつの間にか戸口の脇にあった。
(続く)




