第二十七章
第二十七章
「何だよ〜その辛気臭い顔はぁ〜。まあ座れ」
ズイと診察用の椅子が目の前に押し出された。
「お前、判ってるのか? 今この段階で彼女の主治医になるのがどういう意味を持つのか…」
「ナニナニィ〜、もしかしてキミ、院長の銭勘定に想いを巡らしちゃったりしてる訳かなぁ〜???」
腰を下ろそうとした医師はギクリとし、目の前の友人の顔をまじまじと見た。
「ったく、お前って奴は… スッとぼけているようで、一体いつそんな情報を仕込んでくるんだ?」
「だぁ〜て、そんなの見てれば判るじゃん、心理学引っ張り出すまでもないよぉ〜」
まるでベートーベンのようにクシャクシャの頭をボリボリとかいて、九十九医師は机の上の封筒を指差した。
「こんなのどぉ〜するのよぉ〜てカンジ? 成果があったって言ってもさ、アレじゃん、俺らなんにもしてないのと同じじゃん」
「…なぁ長官、前にもお前からアドバイスを貰った事はあったが、今の彼女の状態、お前ならどう見る?」
それまではチャラチャラと軽薄な人物に見えていた九十九が、カルテを手にした途端、別人に変貌した。
黒縁のメガネの奥から鋭い眼光が溢れ出し、顔付きも厳しくなる。
納豆が一流フランス料理にいきなり変身したかのようであった。
「この所見が正確だとして、自閉症ライクな状態から長時間のコーマ(昏睡状態)を経て到った現状は、統合失調症のクランケに見られる症状によく似ている」
検査結果の報告書をめくる手が忙しく左右に動く。
「統合失調症の原因が様々なのは君も知っての通りだ、多くは精神疾患だが、極く希に肉体的欠陥に起因するものがある。君が危惧しているのはそのケースだろう」
バサリと書類を机に投げ出し、彼は医師に向き直った。
「自閉症から統合失調症への移行、か。考え難いケースだ」
「だがな長官」
「いい加減、そのアダナは止めてくれないか。五十六なんて名前、頼んでつけてもらった訳じゃない」
父親が旧日本帝国海軍ファンで、子供にまで司令長官の名前をつけたという話を学生時代、彼は九十九から散々聞かされていた。
それで、ついたアダナが『長官』。
「今から診察に行く。自分の目で確かめたい」
険しい表情のままで、九十九が椅子から立ち上がった。
(続く)




