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スタイリッシュざまぁ  作者: Aska
番外編
22/22

後日談⑩ 魔王/覇王「私が育ててしまった…」 延長戦




 変態な子はどんどんしまっちゃおうねー、的な感じで覇王様によって別室にしまわれていかれた息子。本来なら別々に婚約者がいる男女を二人きりにしたらまずいのだが、プライベートな場であり、婚約者のルルリアが承諾している。何より、弟のエヴァンですら「アレは間違いが起きようもない」と納得するほど、息子と覇王の性格は突き抜けていた。今回は魔王様のトラウマ抉り(フォロー)のおかげもあり、さすがのハイブリッドも大人しくしているであろう。


 そうなると、自然とこの場に残るのは覇王家の客人であるルルリアと、招待側であるエヴァンの二人になる。あまりに混沌としすぎたため忘れていたが、そういえばルルリア・ガーランドに会って話をすることが目的だったと弟君はぼんやりと思い出す。当初の目的が空の彼方へぶっ飛ぶぐらい、何もかもがひどすぎる空間であった。


「ルルリアさん。その…、姉さんたちを待っている間、少しお話をしてもいいでしょうか」

「別にいいわよ? 待っている間、お互いにいい暇つぶしになるでしょうし」


 しかし、本来ならこんな風に二人きりで会話ができるチャンスなんて訪れるはずがなかった。姉が招待した客であるため、彼女が客人から離れるなんて普通ならありえない。エヴァンはユーリシアのことを本人の前で友人に聞く訳にはいかないだろうと考え、今回は会うだけで話す機会は見送るつもりでいたのだ。そんな見送るつもりでいた場が、いつの間にか成立してしまっていることに、エヴァンとしても少し戸惑いが生まれてしまっていた。


 ユーリシアは、エヴァンがルルリアに会いたがっていたことを知っている。そして、できれば話をしてみたいと考えていただろうことも。おそらく息子を説教するのに、わざわざ二人きりで別室まで行ってくれたのはエヴァンが話しやすいようにするためだろう。いじめっ子でやることはひどいが、覇王様は律儀な性格である。自分の目的に付き合ってくれた弟へのお礼も兼ねて、この場を用意してくれたのだと彼は思い当たった。


 まだまだ姉に届かないな…、と彼は小さく落ち込みながら、それでもせっかくのチャンスを棒に振るつもりはない。彼女は世間では慈悲深い令嬢と評判だが、そんなものは数刻前に魔王本人がエヴァンの前で消し炭にしている。つまり、エンバース家の没落やあの断罪劇も全て彼女たちによって仕組まれたことだったのだろう。先ほどまでの彼女たちの話からも、それを窺うことができた。


 世間でも流れている彼女が家族から受けてきた仕打ちは、それだけの動機になる。むしろ、人間の感情として当たり前であろう行動であると感じた。ユーリシアが舞台のために集めたとされる情報も、エンバース家の娘であったルルリアが関与していたのなら、一ヶ月という短い期間であれだけの情報を手に入れられて当然だろう。


 詳しいことはわからないため想像するしかないが、それでもわかったことが一つだけエヴァンにはあった。彼女は――――ルルリア・ガーランドは、その舞台で復讐を完遂したのだろうということが。



「さっきの領地の話なんですけど…。元エンバース領の民は、あなたに対して幼い頃から謂れのない非難を浴びせてきました。たとえ何も知らなかったのだとしても、一人の年端もいかない少女に向けるにはあまりにも酷なものをずっと」

「えぇ、そうね」

「そんな彼らに対して、あのような、その……下僕にしようと考えたのは、彼らへの復讐だからですか?」

「いいえ、ただの趣味よ?」

「……いいご趣味をお持ちで」


 だから、「ただの」の使い方がおかしいっ! 覇王弟、心の中で盛大にツッコむ。何この人、手強すぎる。輝くようなゲスい魔王スマイルに、弟君の頬が思わず引くついた。


 少なくとも、エヴァンだったら彼らを許せないだろう。騙されていたのだとしても、どの面下げてと思う。もしユーリシアが、ルルリアの姉のように領民を扇動していたら、エヴァンはこの公爵家を継ぎたいなんて思わなかっただろう。切り捨てるか、潰しているかもしれない。こちらが一番助けて欲しい時に嘲るように手を振り払う彼らの手を、どうしてこちらは救わなければならないとさえ感じる。


 姉や家庭環境のおかげで成熟してしまっているエヴァンだからこそ、そんな自分を想像できた。姉のエヴァンに対する扱いがもし今と違えば、容易にありえた未来だったからこそ余計に。ルルリア・ガーランドの境遇は、エヴァンにとってはもしかしたら自分にもありえたかもしれない可能性の一つだと感じていた。思考回路はありえないほどねじ曲がっているが。


「さっきも話していたけど、本当に彼らには関心が湧かないのよねぇー。確かに非難も浴びたし、嗤い者にされたし、時には不当な怒りだって受けたわ。だから今の状態にいい気味って腹を抱えて笑うことはできるけど、……自分の手でさらに追い込む気にはならないのよね。そんなことをしても、私にとって利益になんてならないんだもの。必要ないわ」

「達観、していますね」

「そうかしら。……あいつに言われて気づいたけど、私は他者への興味関心が薄いだけよ。自分の世界にとって必要がないと判断したら、その存在ごと切り捨ててしまう性格なだけ。だから、気にならないだけだわ」

「つまり、……ルルリアさんにとって、あなたの元ご家族はそんな風に無感情で切り捨てられない存在だったという訳ですか」

「あら、ようやく本題に入るのね」


 エヴァンの踏み込んだ発言に、ルルリアはくすくすと楽しそうに笑みをこぼした。自身の質問に肯定も否定もしないで、こちらの反応を見て遊んでいるような魔王様の様子に、彼は心中で苦虫を噛んでしまう。いつものような本音を隠したやり取りでは、彼女も同じように対応してくるだろうとわかってしまった。


 自分の姉と似たようないじめっ子気質を持つ女性。そして我が強く、売られた喧嘩は真正面から受けて立つような容赦のなさ。そういった姉の面倒なところばかりがよく似たルルリアにため息を吐きたくなるが、だからこそエヴァンはわかっていた。そんな姉を持つ弟だからこそ、どういった対応をすることが一番いいのかを。


 エヴァンは一度、深く息を吐く。そして、意を決したようにまっすぐにルルリアと目を合わせ、向かい合った。



「はい、単刀直入に聞きます。家族に復讐する気持ちってどんな感じなんですか? 僕、姉さんに復讐するかしないかで現在悩んでいるので、先駆者の方にご教授を受けたいなと思いまして」

「……軽くぶっちゃけたわね」

「あなたのような人は、正面からぶつかってくる相手に、逃げや卑怯な手を打つようなことはしないでしょう? むしろ、喜々として潰しにいくような人だ。姉さんは僕の復讐心に関しては知っていて黙認しているので、告げ口されても致命的ではありません。セレスフォード家の確執を外に出すメリットだって、権力に興味がないあなたには意味がない。なら、いっそのことぶっちゃけた方が話が早いと思っただけですよ」

「ふーん、慎重な子かと思っていたけど、……意外に胆力もあるじゃない」


 普段なら初めて会った人物に本心など告げるわけがない。しかしルルリアは、エヴァンにとっては誰よりも知っている姉とよく似た性格の人物なのだ。ユーリシアは後ろ暗い話が大好きで、策や罠にかけるのも好きである。しかし、性根は融通が利かないぐらい一直線で、高い壁を直球でぶち抜いていこうとする覇王なのだ。直球で崩せないから罠にかけるのであって、直接崩せるのなら高笑いしながら踏み越えていくような女だった。


 だから、エヴァンはルルリアに対しての遠慮を取っ払うことにした。それが最も、彼女の本音を引き出せる方法だと確信を持っていたからだ。さらに、無謀でも踏み込んでみようとする好奇心の強さが、彼の背中を後押ししていた。


 そんな今まであった壁を自ら壊したエヴァンに、ルルリアは本当に楽しそうに笑ってみせた。なるほど、その対応は正解だと。彼女は本来の笑みを浮かべながら、彼を『ユーリシアの弟』ではなく、改めて『エヴァン・セレスフォード』として正面から向き合ってみせた。



「ふふっ、そうねぇー。家族に復讐するときの気持ちかぁー」

「はい。ちなみに、ルルリアさんはいつ頃からそんな風に考えていたんですか?」

「六歳からよ」

「…………年期が入りすぎていますね」


 思わず、本音がポロッと弟君漏れる。今日は自分の価値観をとことんぶち壊してくる日だと、諦めにも似た気持ちが芽生えていた。どこからツッコめばいいのかもうわからなくなってきた。


 エヴァンは他の同年代より自分が異質だと思っていたが、それはまだ世界を知らなかっただけじゃないだろうか。世間には実は彼女たちのような子どもがいっぱいいて、そんなに心配するほど自分は世間から外れていないんじゃないのか。十歳の少年の価値観は、絶賛迷子中であった。


「えーと、六歳からですか…。でも、実際に彼らに復讐したのは半年ほど前ですよね」

「そうよ、しっかり準備期間を設けないと駄目だわ。ただ彼らに復讐するだけの人生なんて、馬鹿らしいじゃない。いいですか、エヴァン様。ちゃんと計画を立てて、相手が一番絶望するタイミングを計って、がっちり自分は上から目線で高笑いしながら幸せにならなくちゃ『復讐』とは言えないのですよ」


 やだ、そんな難度の高いゲスいことを六歳から考えていたの。にっこりと優しそうな笑顔で、十歳児に教授する魔王様。あまりにもガチすぎる復讐計画の深淵さに、今さらながら人選を間違えたかもしれないという後悔が弟君を襲っていた。


「まずはその準備期間からだけど、すぅっっごく、楽しかったわ」

「えっ。は、はい…」

「特に姉を養殖している時はやりがいがあったわね…。いかに自分中心な考え方にさせるのか成功体験を操作して、信頼なにそれおいしいの? ってぐらいに薄い人間関係を構築させて、他にも色々餌やりを頑張ったのよ。そうやって有頂天になっていたあいつらの自尊心を、天辺から粉々にするためにね」


 あれ? これ、復讐の話だよね。悲壮感が0というかマイナスすぎて、復讐相手の方を同情しそうになるんだけど。ルルリアちゃんのウキウキざまぁ話に、弟君の背に冷や汗が流れる。絶対に人選を間違えた、と確信した。


「そして、一番はやっぱりあいつらを『ざまぁ』した瞬間よ。あの絶望し切った顔。憎しみに黒く濁った瞳。喚き散らすしかできない哀れな姿。上から目線だった相手を見下す心地よさ。そして、彼らの全てを私の素晴らしい未来への踏み台にできた快感。あぁ……、私はこの瞬間を見るために頑張ったのね、って身体の芯から込み上げてきた達成感。ずっと一途に頑張って積み上げてきてよかった、って胸の奥がジンと温かくなったわ」


 よい子のみんな。『一途』という言葉に対する感じ取り方は、使用する状況次第である。エヴァンが考えていた方向性の斜め上というか、もうなんか次元そのものが違いすぎる魔王様の大変アクティブでポジティブすぎる精神構成であった。


 ルルリアの境遇は、確かにエヴァンとしても通じるところはあった。しかし、これはない。これはどうしようもなさすぎて、終わっている。別世界の人間というより、人外(魔王)と言われた方がしっくりきた。ハイブリッドもやばかったが、魔王も敵に回したらやばい。ガーランド侯爵家の恐ろしさが身に染みてわかったエヴァンであった。



「……えーと、すっきりできてよかったですね」

「そうね。全部、すっきり終われたわ」

「後悔とかは?」

「ないわね。これから先もずっと」


 あの舞台から半年以上経ち、ルルリアにとって今までの自分は全て過去として処理できるようになっていた。だから、今のように客観的に感想すら述べられる。昔を思い返しても、ルルリアにとってはまるで映画を見ているような気分なのだ。彼女にとって過去は、ただの映像でしかない。そこに価値は一切なく、あるのは無機質な事実だけだった。


「そう、ですか…」

「参考になったかしら?」


 彼女とエヴァンとでは、精神構造が全く違うということはわかった。逆に言えば、それだけしかわからなかった。ルルリアの話に共感することや反発を起こすこともできなかったのだ。少なくとも、彼には彼女のように笑って姉を踏み台にして、さらに自分は幸せになろうという精神を持っていなかった。エヴァンにとって復讐とは、自分の全てを擲ってでも相手を不幸にする八つ当たりだと考えていたのだから。


 しかし、自己犠牲精神が欠片もない魔王のやり方を間違っていると断じることはできない。共感はできないが、彼女の考えも理解はできたからだ。なんせ自分の姉という、わかりやすい事例まであるのだから。ぐるぐると忙しなく回る思考。自分は果たしてルルリアのように、後悔しないと言い切れるのだろうか。それが、彼にはどうしてもわからなかった。


「…………」

「あら、私なりに自分の気持ちを正直に伝えたつもりだったのだけどね…」


 エヴァンの複雑そうな、どこか泣きそうな様子に、ルルリアは小さく肩をすくめた。自分の感性が極端であり、かなり性格が悪いことも知っている。自分の幸せのためなら、笑って他人を陥れることができる女であった。だから、この気持ちを理解してもらえるとは思っていない。この思いは、自分がわかっていたらいいものだから。


 エヴァンの境遇は、ユーリシアからの伝手である程度なら察することができる。先ほどまでの姉弟の会話を見ても、彼がなんだかんだで姉を慕っていることはわかっていた。ルルリアのケースとは、あまりにも違いすぎるのだ。まず、彼女の復讐心は十年間も温めてきた筋金入りのものである。そして何よりも、ルルリアはカレリアを最初から最後まで踏み台にしか思っていなかった。彼女にとって、『姉』という単語はただの呼称でしかなかったのだ。


 だから、姉を自分の世界から消し去ることに戸惑いはなかった。最初からルルリアの中には、『姉』という存在は自分の世界にいなかったのだから。彼女の中にいたのは、ずっと最初から最後まで『両親』だけ。そして自分の世界から見限った彼らを見返すために、彼らが大切にしていたカレリアを使って、目的を果たしたのだから。


 全てを見限ったルルリアと違って、エヴァンは『姉』が自分の世界にいることを受け入れてしまっている。それが、決定的な違いであろう。



「……そうね。じゃあ、これだったら先輩として教えてあげられるかしら」

「えっ?」

「進めば、(過去)には二度と戻ることができないわ。大切なのは、あなたがこれから生きていく未来(さき)に、『今』も一緒に連れていきたいかどうかよ。あなたが幸せに笑っている隣に、誰が一緒にいていいのか。子どもなんだから、それぐらいの大雑把でいいじゃない。あなたの場合、急いで決めないといけない訳でもないんだから」


 ルルリアが彼らを見限ったのは、性悪な性格やキレたことや快感のためでもあるが、何よりも自分が幸せになるためだ。自分の明るい未来のために、彼らが邪魔だった。彼らは確実にルルリアの未来にとって、障害となる。何よりも、のうのうと幸せに暮らす彼らを見ること事態が気に入らなかった。八つ当たりもあっただろうが、それがルルリアにとって偽りのない感情。


 だから彼女は、どうせ排除するのなら、盛大に利用して踏み台にし、自分が気持ちよくなるための礎にしてやろうという思いであの舞台を作り上げたのであった。


「私から言わせてもらえば、どうして周りの都合を一々こっちが考えなくちゃいけないのよって気持ちだわ。一番大切なのは、自分が幸せになってやりたいことをすることじゃない。そのついでに余裕があれば、他のことを考えればいいだけよ。自分の人生を他人に左右させるだなんて、勿体ないじゃないの」

「……すっごく、極端ですね」

「幸せは有限だから、時には周りを蹴落としてでも手に入れるものなのよ?」

「肉食すぎませんか」


 あんまりな自論にエヴァンは呆れたような目を向けるが、魔王様はどこ吹く風で全く気にしない。彼女としても少し話しすぎたかもしれないと思わなくはないが、友達の弟で何よりもどこか自分と境遇が似ていた彼を切り捨てるのはもったいないと感じた。


 それだけ、自分が気に入ったこの少年が殻を破って進む姿に興味があったのだ。本心とちょっとしたからかいを含んだ締めを最後に、ルルリアは令嬢の仮面をかぶった笑みへと戻した。ルルリアからの締めの雰囲気に、エヴァンもこれ以上の踏み込みはできないと素直に引くことを選んだ。


 彼女からの話はあまりにも斜め上に突撃しすぎて、自分の悩みを対象にして考えることはできなかった。しかし、それでも得られたものはあった。少なくとも、魔王様からもらった新しい視点が、エヴァンの燻っていた焦りを鎮静化させてくれたのだ。


 自分の未来のために、幸せになるためにこれからを考えてみる。今までのエヴァンの悩みは、全て終わってしまった過去のことばかりだった。母と父への思い、家族を壊した姉、エヴァンがエヴァンとして生きてきた今までの生き方。それらがずっと、袋小路のような迷路を彼に作っていたのだ。


 それならば、過去からは答えが出ないというのならば、未来から答えを導き出してみる。これからの自分が生きたい生き方。そこに『今』を一緒に連れていくかどうか。そして全てを連れていくには多すぎるから、『未来』に向けてどれだけのものを『過去』として置いていくのかも大切だろう。



「それにしても、ユーリと敵対ねぇー。言っちゃなんだけど、本気?」

「……いや、僕だって姉さんのアヴェンジャーっぷりは両親でよく知っているつもりですよ。僕が敵対を表明したら、王家の力や人脈を駆使してでも絶対に容赦しないでしょうし」

「私は友達を裏切る気はないから、頼まれたらガーランド家はユーリに手を貸すでしょうね」


 覇王+ワンコ王家+変態一族+量産型下僕軍団との敵対。何その、悪夢のような字面。


「はぁー、だいたい姉さんも姉さんです。こっちはまだ十歳ですよ。なんであんなに容赦がないんですか」

「血筋じゃない?」

「遠回しに僕も被害を受ける回答はやめてください」


 ちなみにルルリアは、血筋の神秘だけは馬鹿にしてはならないと心の底から思っている。


「……僕だって、わかっているんですよ。姉さんと敵対するとか、馬鹿げているんだろうなって。でも、じゃあ姉さんが王妃になって幸せになっていく姿をただ見るだけで、僕は姉さんが用意してくれた公爵家当主の椅子に座るだけの人生でいいのかって考えると、それも何か違うような気がして…」

「公爵家当主の椅子は不満?」

「そうは思っていません。母さんの願いもありますが、選んだのは僕の意思ですから。でも、全部姉さんの思い通りになっている気がして、もやもやするんですよ。きっと公爵家の力を使って、姉さんの後押しをすることが正しいことなんでしょうけどね」


 もしかしたら、これがエヴァンなりの規模のでかい反抗期なのかもしれない。彼には母親がいるが、親と呼べるのは姉であるユーリシアだった。今までの自分の人生は、全て姉から用意されたものでしかない。そして、これからも姉に与えられるだけの人生がいいとは思わないのだ。姉を超えたい、と思う男としての気持ちもあっただろう。


 自分の気持ちに要領の得ないエヴァンに、ルルリアは小さく笑う。ユーリシアから年齢に反して早熟で理解力はあるが、それでも十歳の子どもだと言っていた意味がわかった。まだまだ彼の視野は、そこまで広くないのだ。そのため自分で考えすぎてしまい、とにかく突き進もうとしてしまうのだろう。こればかりは、これからに期待というところだと考えた。


 ルルリアは、エヴァンとユーリシアの問題に関しては見守っていくことを決めた。所謂、中立の立場だ。元々、彼女には関係のない話である。友達だからといって、なんでも踏み込んでいいわけではないし、ユーリシアもそれは望まないだろう。先ほど宣言した通り覇王と明確に敵対した時だけ、魔王は腰を上げることにする。それまでは、姉に食らいつこうとするエヴァンの頑張りを黙認することにした。自分が彼の先を導くなんてしないが、彼の選択を認めるぐらいならいいだろうと。


 ……そんな軽い気持ちで決めた魔王様の選択が、彼女が覇王弟の反抗期を容認した結果が、後にお薬の名産地ミーティア領がこの国の貴族間の中で『聖地』と呼ばれるようになってしまうとは思っていなかったのであった。




******




 魔王様と有意義なお話をし、覇王様によって全身を痙攣させながらも「ルルリア、俺やったよっ…!」と思わず感極まって魔王に抱きつこうとした息子が蹴り(ご褒美)を容赦なくもらった後、エヴァンはそれなりにすっきりした様子でその光景を見ていた。諦めたとも言う。


 とりあえず、さすがに客人で、しかも次期侯爵閣下を床に転がしておくわけにはいかないので、声をかけてソファーに座らせておく。床から起き上がることに、ちょっと残念そうにした目は気にしないことにした。姉と家庭環境のおかげで、エヴァンの環境適応スキルはかなりのレベルである。こういう世界もあるか、とさっさと諦めて受け入れてしまうのだ。十歳児の処世術が悲しすぎた。


「エヴァン、ルルリアに元エンバース領の資料を渡すために少し席を外すがいいか?」

「えぇ、わかりました。フェリックスさんは鳩尾に決まった一撃が重すぎて動けないみたいなので、僕が残って様子を見ておきますよ」

「半年前はビンタで意識を落とせたのに、最近は一撃じゃ意識を刈り取れなくなったのよねぇ。耐久が上がったのもあるでしょうけど、貴族生活に身体が鈍っちゃったかしら」

「貴族の子女は、一撃で同年代の男性を物理的に倒す必要はないので別に問題ないと思いますよ」


 先ほどまで本音でぶつかった影響のおかげで、エヴァンはルルリアに対する遠慮が多少消えていた。この魔王はこの程度のツッコミを全く意に返さないとわかったので。ユーリシアからの言葉に、おそらく女子同士で話したいこともあるのだろうと思ったエヴァンは、二人が部屋を出ていくのを小さく手を振って見送った。


 ハイブリッドと二人きりというのも恐ろしい状況であるが、先ほどまで魔王と直接対決していたおかげで弟君の心には余裕が生まれていた。ただ単に感覚が麻痺しているだけかもしれないが。もうどうにでもなれ、とかなりやけくそだった。


「すまないね、エヴァン君。迷惑をかけてしまって」

「いえ、申し訳なく思うのでしたら自重していただけるだけで助かります」

「かなりしているんだけど」

「真顔で答えないでくださいよ」


 この人、侯爵家の嫡男だよね。これで自重しているのなら、家ではどんな扱いをされているんだ。エヴァンは貴族の家の事情に遠い目になった。


「他人に虐げられて喜ぶって気持ちは僕にはわかりませんが、……まぁいいです。僕も人にとやかく言えるような出来た性格ではないですから。改めて、嫡男同士よろしくお願いしますね」

「……よろしくしていいのかな」

「えっ、そのつもりで姉さんはあなたを僕に会わせたと思っていましたけど。……まぁ、姉さんの思惑通りに事が全部運ぶのはちょっともやもやしますが、侯爵家と繋がりを持っておくのは間違っていませんからね」


 周りの思考がぶっ飛びすぎていて、もう疲れたエヴァンは年相応に開き直っていた。十歳児に長時間の異空間は精神的な消耗が激しすぎたのだ。だからエヴァンは、そういう世界もあるかと難しいことは考えずにありのままを受け入れた。彼は覇王様や胃薬と違って、まだ自分の世界を作りかけていた子どもだったからこその柔軟性があった。それが、ハイブリッドを受け入れる素養につながったのだ。


 フェリックスはそんな少年の様子に、素で目を瞬かせていた。変態故の第六感から、エヴァンがこちらに対して呆れは滲ませているものの自分を認めていることがわかったからだ。今では誰もが信じられないと思われるが、彼はほんの半年前まで純粋なノーマル思考の男であった。魔王の一撃に対する快感に戸惑って、病気かと思ってしまっていたほど昔は白かったのだ。成長チートの恐ろしさがわかる。


 そのため、世間から見られる自分というのをよく理解していた。理解しながら自分の快感につなげていけるフェリックスであったから、特に問題にはしていなかった。それでも魔王同様に、本来の自分を受け入れてくれる相手を見つける難しさならわかっていた。クライスは友達だと認識しているし、本心で接しているが、それでも後輩として遠慮をするぐらいの見境はあった。


 エヴァンは十歳であるが、同じ嫡男同士。こちらが年上ではあるが、能力的には年下である彼の方が上だろう。五年間覇王に叩き込まれてきた知識は、勉強を始めて半年のフェリックスより深いのは確実だ。羞恥心は完全に忘却の彼方に放り投げているので、年下に負けているのは気にしない。己の性癖を受け入れてくれて対等に話せる腹黒ショタの存在に、息子は魔王様とは違うベクトルで興奮した。



「あぁ、俺からもよろしくエヴァン君。父さんから領地経営については習っているけど、まだまだ足りないところもあるからさ。セレスフォード家の統治の仕方とか参考にさせてもらえると助かるよ」

「それぐらいなら。僕も数年後の社交界に向けて、色々教えていただければ助かります」

「うん、いい下僕をたくさん紹介するよ」

「……いや、それは。でも、公爵家として勢力を拡大する上で、他家との繋がりをたくさん作るのは必須か」


 下僕だろうが、犬だろうが、変態だろうが、それを飲み込んでこその公爵家の当主じゃないだろうか。だって、将来はあの姉が王妃になるのだから。覇王様がエヴァンの心の内を聞いていたら、全力で否定していただろう。しかし彼女にとって不運なことに、ここには変態しかいなかった。


「そうだ。フェリックスさんたちが通う学園に、将来的に仲良くなっておきたい人が何人かいるんですよ。ガーランド家にとっても悪くない相手だと思いますし、どうでしょう?」

「えっ、俺が興奮できそうな相手かな?」

「あっ、それなら姉さんが育ててくれた(人材)を使って、フェリックスさんが喜びそうな性格の人を優先的に見つけておきますよ。ついでにS気を発揮しても問題ない邪魔な相手のリストも作っておきますので、合法的に療養させちゃってもいいですね」

「それは頼もしいな。将来のために準備をするのは当然だからね。ルルリアも準備段階が大切だって言っていたから助かるよ」

「いえいえ、僕も姉さんに負けないようにしっかり準備しなくてはいけないですから」


 エヴァンは公爵家の人材を使って隠れて情報を集め、フェリックスの性癖を満たせる人物へ宛がわせる。味方にしたい相手を下僕化してもらったり、邪魔な相手には胃潰瘍になってもらったりして、ちょっと療養に入ってもらおうと黒い顔で頷いた。自らの手で公爵家を繁栄させ、姉をいつか見返してみたい。そんな彼の中では、可愛らしい野望が芽生えていた。


 別に友人の性癖を満たすために宛がっているだけなので、表向き何も疚しいことはない。ちょっと貴族的な思惑は入るが、勝てば問題ないだろう。だって、覇王からそう教えてもらったから。


「ねぇ、エヴァン君。実は最近父さんが、半年間で謝罪プレーがちょっとマンネリ化しちゃって物足りなさそうなんだ。俺たちは普段寮にいるから辛そうで…。何かいい案はないかな?」

「あの貴族間で恐れられていたガーランド侯爵閣下の謝罪行脚の本当の理由に、こっちが戦慄しますよ。けど、……わかりました。侯爵閣下の謝罪旅行のイベント旅程も、こちらで作っておきますよ。当主を継ぐまで時間はありますので、暇つぶしによさそうです」

「その、本当にありがとう。なんだか頼んでばかりで…」

「そんなことないですよ。実行していただくのはそちらなんですから。それに、お金を貯めるのにも良さそうなアイデアを思いつきましたから」


 リリック侯爵閣下の謝罪プレーによって、お薬の需要が上がっていたことをエヴァンは思い出す。姉の教育のおかげで、世間ニュースはバッチリである。あれが意図的に性癖を満たすために行われていたのだとすれば、ルートを指定して常識的で公爵家にとって面倒な相手に向かわせれば、お薬愛好家にできるだろう。別に虐めてもらいに行っているだけなんだから、疚しいことはありまくりだが貴族的に問題はない。


 確か新しくセレスフォード家の派閥に入った家で、領で薬を作っている男爵家があったなー、とエヴァンは考えを巡らせる。公爵家が裏から支援して、薬の販売やルートをさらに整えさせれば、マッチポンプ式で儲けられないだろうか? と覇王様によって磨かれた黒さが堂々と発揮された。弟君、内政に目覚める。


 まずは将来の幸せのために、変態とお薬を駆使して公爵家発展のための下地作りに勤しんでみよう。ガーランド家はいつでも興奮することができ、セレスフォード家は人材と儲けがもらえる。まさに、みんなでWin-Winの関係になるだろう。覇王様を超えるための下地作りの時点で、クリティカルダメージを与えていることに弟君は気づいていなかった。


「欝々と悩んでいても仕方がないですし、できることから始めていくしかないですよね。これからもお互いの家のために、手を取り合って頑張っていきましょう。フェリックスさん」

「うん、俺も侯爵家の当主となるためにもっと頑張っていくことにするよ。これからもよろしく、エヴァン君。ついでに、いつでも俺のことを罵ってくれていいからね」

「謹んで、遠慮させてもらいます」


 バッサリと笑顔でお願いをスルーされた息子は、胸がキュンと高鳴った。やっぱり年下の子どもを虐めるより、年下に虐められる方が興奮すると決断した息子。「子どもに言葉責めされながら、踏みつけられるのもいいなぁー」と高貴なる腹黒ショタへの興奮という新しい性癖(スキル)を開花させた。ここにきてまたレベルが上がる。成長チートという能力の名は、伊達ではなかったのであった。


 この日、元エンバース領の下僕牧場計画による魔界化が決定され、さらに覇王様と胃薬の望んでいた変態への防波堤をある意味で自分から志願する人物が誕生したと同時に、天然ハイブリッドの性癖をサポートして、意図的に変態とお薬愛好家を作りあげるブレーンも誕生することとなった。


 こうして、覇王様が王妃教育で忙しくなっている合間に、覇王弟は真面目に内政チートを目指した。胃薬がこの事実に気づいた時には、彼の胃薬の消費量は確実にまた増えていたのであった。



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― 新着の感想 ―
元領民は何をさせられるんだろう((( ;゜Д゜)))
ざまあ後の変態が突出し過ぎて主人公が霞んでいる件w
この作品の1番の苦労人は胃薬さんが筆頭だけど何気に覇王様も凄まじい苦労人なんだよなぁ(遠い目)
感想一覧
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