202.反抗のアルフレッド・ウィンザー
カドリール・ヴァレンタインのもとを訪れる、アルフレッド・ウィンザー。
季節は2月に入った。
アルフレッド・ウィンザーは20歳の青年になっていた。
彼の胸には、大志が渦巻いていた。
しかし、彼の胸のうちは暗い。
この戦禍のなかで希望を抱き続けるには、彼はあまりにも若かったし、国内でも不穏なことが起こっていた。
アマドゥ・カセム長官の襲撃事件、そしてアルハジ・ムタリブ最高賢者の暗殺事件である。
アルフレッドは、このテロリズムの首謀者がカドリール・ヴァレンタインなのではないかと疑っていた。
というのは、彼らの失脚をほのめかすような言葉を、何度も彼から聞かされていたからだ。
しかし、2つの事件が起こってから、ヴァレンタインとの連絡がつかない。
王子は焦った。
自分が、何かしらの巨大な陰謀に巻き込まれているように感じていたのである。
そして、それは大枠では正しかったと言って良い……
2月7日をすぎると、アルフレッドはヴァレンタインと久しぶりに会う許可を得た。
(許可? わたしはあの男に頭を下げなければならないのか……?)
と、アルフレッドは思う。
ダイレージ地区にあるアルフレッドの邸宅から、彼はヴァレンタインが勤務している官庁街へと向かう。
タクシーを使った。
官庁街も、昨年のアルスレーテ空爆で大きな被害を被っている。
その復旧の様子に、アルフレッドは心を痛めた。
バグダッドでも激しい戦闘が続いている。
敵のビッグマンはかなり破壊したとは言え、セラフィスという前進基地では復旧作業も急速に進んでいる。
セラフィスはすでに要塞と化していた。
バグダッドを制圧するための、前哨である。
ジェマナイも本気を出しているのだ……
しかし、統合軍が今後もバグダッドで戦い続けていて良いのだろうか、と王子は思う。
統合戦線には統合戦線の、国の利というものがあるはずだ……
イラクは、あくまでも統合戦線の衛星国家にすぎない。
そんな戦略眼を、たしかには持てていないということについて、王子は忸怩たる思いを抱いていた。
今後の戦略については、ヴァレンタインに聞かなくてはならない。……屈辱だったが。
アルフレッドは、統合軍内部での人間関係も順調に築き上げていっていた。
だからこそ、焦る。
自分の力が、他人に利用されているのではないかと……それは、若い迷いだった。
カドリール・ヴァレンタインが働いているのは、技術革新省の庁舎である。
その高層ビルは、威圧感をもってアルフレッドの視界を圧していた。
アルスレーテ空爆でも無傷だった、数少ない官庁の建物……
官僚たちが、忙しく入口を出入りしている、
アルフレッドは、緊張感をもってそこに入っていった。
(確かめなければならない……彼に)
しかし今……ジェマナイはユニット・ジュピターの調整に手間取っていた。
ために……停戦期間は延長されている。
今が、あるいは和平の好機なのかもしれないとアルフレッドは思っている。
これ以上世界を無駄な戦いに巻き込みたくなかった。
NooSの導入を海軍や陸軍に打診したとは言え、それは世界を破壊するための力ではない。
その点、アルフレッドはヴァレンタインとは明確に意見を異にしていた……
(しかも、アマドゥ・カセム長官が襲撃されたのだ……軍部は、これからますますタカ派よりになる可能性がある……)
ヴァレンタインの執務室に入ると、彼は執務机をまえに鎮座していた。
アルフレッドを目にすると、
「やあ、アルフレッド王子。いらっしゃいましたね?」
と、声をかける。
それは、面会を拒絶し続けてきた男の言葉とも思えなかった。
アルフレッドは、思わず不快な気持ちになる。
それを、表情としては抑えた。
いかにも王族の出である、冷静さであった。
彼は……世界を率いていかなければならない。
「ミスター・ヴァレンタイン、お体の具合はどうですか? ずっと不調だったとのことですが?」
「そうなんですよ。カセム長官の襲撃事件があって以降、調子を崩していましてね……あなたにも迷惑をかけました」
「わたしの迷惑は、良いんです。あなたの体調が万全なら……」
「そうもいかないのが、官僚の仕事と言うものです。徹夜続きですよ」
言って、ヴァレンタインは笑った。
不遜な笑みである、とアルフレッドは思う。
(彼はアマドゥ・カセム長官の襲撃事件など、なんとも思っていない。というのも、彼がその首謀者なのだから……)
と、アルフレッドは疑義を持った。
むしろ、ヴァレンタインはカセム長官襲撃の後始末に追われていたのではないのか……
そんなことすら思う。
「カセム長官の襲撃によって、統合軍はどう変わりますか? 後任のザイナブ・カリーマ中将というのは、どんな人物なのでしょう?」
「有能な女性ですよ。これからの統合軍を率いていってくれるでしょう」
「では、完全に彼女が次の長官職に?」
「それは、まだ決まっていません。軍部でも意見が割れているのです」
「あなたの意見はどうなのですか?
アルフレッドは、強い口調で尋ねた。
もしも、カドリール・ヴァレンタインがカセム長官襲撃の黒幕であり、ザイナブ・カリーマを後任に推していたのであれば、今後統合軍の内部は、彼の思惑にますます染まっていく可能性がある。
それは、アルフレッドの政界進出にとっても、けっして良い影響を与えるとは思えなかった。
あるいは、RSAITecの職も辞する必要があるかもしれない……
アルフレッドはヴァレンタインに尋ねた。
「わたしは今後どうしていけば良いのでしょうか?」
「あなたは、今まで通りでかまいませんよ」──と、不遜な言い方。「軍部と会社のあいだを取り持ってください」
……それよりも、と彼は言葉を継ぐ。
「王子も、20歳の誕生日を迎えられたのでしょう? もう、立派な大人だ。お祝いにシャンパンでもどうですか?」
「そんなことは、良いんですよ!」
王子は、声を荒げた。
明らかに、反抗の様子が見て取れる。
王子は、言うべきことを言うべきなのか、果たして抑えておくべきなのかと、躊躇していた。
「アマドゥ・カセム長官を襲撃させたのは、あなたではないのですか?」
という言葉が、喉の先まで出かかっていた。
「そして、アルハジ・ムタリブも……」
アルフレッドは、テロリストの仲間にされるいわれはないと思っていた。
しかし、統合戦線という国は今確実に動き始めているのだった。
目の前にいる男──カドリール・ヴァレンタインにとって都合の良い方向に。
……それは、彼がテロリズムの首謀者でなかったとしても、彼を大きく利する。
とくに、統合軍へのNooSの導入ということに関して。
アルフレッドは、今さらのようになぜ彼が「NooS」を推進するのか、理解に苦しむようになっていたのである。
テロリズムのとばっちりごめんである。
自分の胸のなかには、高い理想がある。
人類を民主的に導いていく、という理想が……
そのための、ジェマナイとの戦いではなかったのか。
実は、王子は見抜いていた。
カドリールが、ジェマナイと同じような野心を抱いているのではないか……と。
それも実際当たっていたのである……
「シャンパンは、次回にしましょう。統合戦線がジェマナイに勝ったときにでも……」
と、アルフレッド。
それにたいして、ヴァレンタインは、
「統合軍は勝ちましたよ」と言って笑った。
そこには、この戦争を陰で操っている、という男の余裕が現れていた。
「今日は失礼します」
アルフレッドは告げた。
「おや? 顔を合わせるだけで良かったのですか? なにか、わたしに言いたいことがあったのでは?」
「急用を思いついたものですから。わたしの誕生日祝いは、後にしてください。今日は……」
「分かりました。あなたにもあなたの事情がおありでしょう。それが、実現することをわたしは願っていますよ」
ヴァレンタインは、それだけを答えた。
アルフレッドが頭を下げる。
王子の「転向」が始まります。




