203.アルフレッドの意志とアマドゥ・カセム
アマドゥ・カセム長官のもとを訪れるアルフレッド・ウィンザー。
アルフレッドは、ヴァレンタインのもとを辞したその足で、アマドゥ・カセムのもとへと向かった。
彼が入院している病院を訪ねたのである。
どうしても……彼に話しておかなくてはならないような気がした。
アルフレッドとアマドゥ・カセムとはそれ以前の面識がなかった。
アルフレッドは一介の若者であり、アマドゥ・カセムは政界にも顔の利く実力者だ。
接点があるはずもなかった。
アフルレッド・ウィンザーは、いくら英王室の忘れ形見とはいっても、この国では単なる若者だったのである……
それを、彼は乗り越えるべきだと感じていた。
アマドゥ・カセムに会う……そして、カドリール・ヴァレンタインの危険さを伝える。
「あなたを暗殺しようとしたのは、ヴァレンタインという一官僚なのです……」と。
しかし、すでにアマドゥはヴァレンタインと面識があった。
むしろ、深い関係でもあった。
そのことを、アルフレッドは知らない……
アマドゥ・カセムは、軍内へのNooSの浸透については慎重だった。
彼自身は、やはり人間が率いる軍隊というものを信じていたのである。
人工知能がすべてを支配するようになってしまったら、それはジェマナイと同じだ……
しかし、同時に彼には6.5億の統合戦線の国民を守る責務もあった。
だからこそ、悩んだのである。
技術革新省の一官僚であったヴァレンタインは、しかし実力を有していた。
各界との関係を築き、プロジェクトを果敢に進めていく……その手腕には、アマドゥも一目置いていた。
まだ、30歳にもならない若者がである……
その点、アマドゥは、ヴァレンタインから伝え聞くアルフレッドの人柄というものにも、信頼を寄せていたのである。
だから……面会は実現した。
アルフレッド・ウィンザーがその病室に入っていくと、アマドゥは点滴を受けているところだった。
アルフレッドは、病室の入口で立ち止まる。
そのまま数十秒、彼は足を踏み出すことができないでいた。
今、目の前に統合戦線の実力者がいる。
彼にとっては、その政治的経歴をも左右するような出来事だった。
彼は、思わずはにかんだ。20歳の青年として……
「カセム長官……。お体の具合はどうなのでしょう?」
と、アルフレッドは型通りの言葉でしゃべり始める。
緊張で、両手がふるえていた。
思わず、額の汗をぬぐいたいと思う。
しかし、それがカセム長官に伝わってしまってはいけない、とも思う。
彼の感情は、今ゆれていた。
自分が、歴史的な使命を負ってここに来たのだということ。
カセム長官に、あなたは背後から狙われているのだと伝えること。
が、それが本当に通じるのかどうか、アルフレッドには自信がなかった。
「うむ。君がアルフレッド・ウィンザー王子だね? かけたまえ」
鷹揚にカセムは言う。
アルフレッドは直立不動の姿勢のまま、さらにかしこまった。
アマドゥ・カセム長官の前で、自分が椅子に座るなどということは考えられなかった。
彼は、たしかに失われた国の元王子である。
しかし、今彼にそのような権威もなければ、権力もない。
単なる一人の20歳の青年なのである。
だから、アルフレッドは椅子には座らなかった。
そのまま、立って話す。
「長官にお伝えしたいことがあります。実は、ある一人の人物を警戒してほしいのです」
それは、あまりにも直截的な言い方だった。
アルフレッドは、失敗したかもしれない、と思う。
が、長官は動じずにいた。
「わたしには敵が多い。君が警戒してほしいというのは、いったい誰のことかね?」
「それは……」
アルフレッドは言いよどんだ。
証拠はない。
ヴァレンタインがアマドゥ・カセムを暗殺しようとしている、というのは単にアルフレッドの推測にすぎないのである。
その代わりに、アマドゥが彼の言葉を引き受けた。
「君は、政界入りしようとしているのだね? 君がRSAITecの役員であることは、わたしも知っている。それ関係なのかね?」
カセム長官は鋭かった。
その眼光に、思わずアルフレッドはたじろく。
「いいえ……そうではないのです。ですが、NooSは関係しています」
「なるほど」
アマドゥは続ける。
「わたしも、NooSの導入については懐疑的だった。しかしな、アルフレッド君。我々は勝たなくてはならないのだ、ジェマナイに。そのためには、多少危険な道具でも使う」
「それは、危険な人材をも、ということですか?」
アルフレッドは、カセムの目をまっすぐに見て問いただした。
その答えは、あらかじめ分かっているように彼には感じられていた……
「そうだ。危険な人材をも、だ。君が誰のことを言おうとしているのか、わたしには分からない。わたしは今日はじめて君に会ったばかりだからな。君の人間関係についても詳しくない。しかし、政治家を目指すのであれば、敵をも懐柔する必要がある。そうではないかね?」
そう言った。
たしかに、その通りであっただろう。
アマドゥ・カセムは軍隊のトップであると同時に、政治家でもあるのである。
彼の決断は、統合戦線という国家の行く末を左右する。
簡単に敵に与する、あるいは排除する、ということについてすら、慎重になる必要があったのだろう。
それで、アルフレッドは自分の甘さを恥じた。
ヴァレンタインのことを告げれば良いのかどうか、今更のように迷うのだった。
「その人物は、あなたに使われることを納得するのでしょうか?」
「するだろうと思う。それが仕事だ」
アマドゥ・カセムの答えははっきりとしていた。
「なぜ、わたしが君を招き入れたと思う? この病室に?」
「それは、なぜでしょうか?」
「実は、わたしは君の父上とは知己の関係にあったのだよ。アルフレッド・ウィンザー君」
「父と……ですか?」
アルフレッドは驚いた。
アルフレッドの父である、リチャード・ウィンザー1世は、民衆によって殺された。もう14年も前のことである……
それが、カセム長官と知り合いだったとは……いかなる縁だったのだろうか。
「実はね、わたしは軍の大使として、イギリスに赴任していたことがある。そう……あのジェマナイによる反乱が起こる直前のことだ」
「はあ……」
「わたしは、君の父上とも懇意にさせてもらっていた。彼が暗殺されたのは、とても残念なことだったと思っている。しかし、学んだことも多かった。君の父上は、国民を守る、ということを至上命題に掲げていた。彼自身が、国家だったのだよ」
「国民に殺されても、ですか?」
アルフレッドの胸は、苦かった。
「そうだ。……と、君の父上なら言っただろう。そういった話は聞いていないかね?」
「僕は……まだ幼かったですから」
「そうか。聞いていないかね」
「父は言っていました。『お父さんはね、この国の国王なんだよ。国王というのは、つねに責任をもって生きなくてはいけないんだ。人々を守るのが仕事だ。お前もいずれ、そうなる』……と」
アルフレッドは、記憶を絞り出すように答えていた。
英王国は、第四次大戦後の混乱で国の崩壊が進んだ。
そして、英王室は民衆の手によって解体され、ブリテン共和国が誕生した。
その混乱のさなかで、アルフレッドの父リチャード・ウィンザー1世はテロリズムによって殺害されてしまったのである。
アルフレッドたち、残された子供たちは、統合戦線へと亡命した。
母親は、混乱のさなかで行方不明となった。
そして、現在のアルフレッドがある。
彼は、英王室の復興という第一の理想は胸に秘めつつ、人間すべてのために生きようと決意している。
だからこそ、アマドゥ・カセムへの襲撃事件というのは、人類すべてにたいする罪のように思われていたのだ……
「君の父上の言葉は正しい。君は、人類すべてのために生きよ。わたしのために、ではない」
「そう、ありたいと思っています……」
アルフレッド・ウィンザーは、言葉を絞り出した。
アマドゥ・カセム長官は、自らが命を狙われる存在である、ということをすでに受け入れていたのである。
カドリール・ヴァレンタインがどうような人物か、などということには先から興味がなかったのだ。
アルフレッドは、自分の不明を恥じる。
カドリール・ヴァレンタインについて、陰口のようなことを告げたとしても、彼はきっとなんとも思わないのだろう。
そして、「命を狙われるくらいなら自分が罪だ」とでも言うのだろうと思えた。
アルフレッドは、ここでも頭を下げた。
甘かった。ひたすら甘かった。
自分は、今日ここへ来るべきではなかった……しかし、来てよかった。
アルフレッドは静かに頭をさげ、カセムの病室を辞した。
その胸には、昨日までとは違う大志が宿り始めていた。
アルフレッドは、「守るということはどういうことか」ということを、アマドゥと会って初めて理解していた。それは、彼が政治家として立つ第一歩の道になるはずだった。
第十部はこれで終了となります。連載再開まで今しばらくお待ちください。




