200.48時間の停戦(2)
停戦中のできごと。
シエスタは休憩室を出て、整備場へと歩いていった。
フィオリヒト少尉に会うためである。
少尉は、彼女の管轄下からは離れる。
チーム・アマリを離脱するのである。
以後は、統合軍空軍第一大隊直下のロボ部隊に所属することになる。
シエスタとは、今後遠い関係になるのだった……しかし、関係性は保っておかなくてはならない。
雨ざらしにもなりかねない野天に、ロボが屹立している。
今、ロボの整備場は急ピッチで整備が進んでいるところだ。
全高70メートルほどの格納庫の建設が進んでいる。
しかし、今のところはロボはタージ基地の滑走路にそのままたたずんでいる。
整備場……と言っても、ただの滑走路である。
クレーン車などが、ロボの周囲に集まって、修復作業などに従事している。
シエスタは、1体のロボの足元にフィオリヒト少尉を見つけた。
ヴェガⅡである。
彼は、どうやらロボの修復作業にも携わっているらしい。
コックピットの細かな位置調整などを指示してる……
AIネットによる情報で、とうにロボの細かな設計図などは入力済み、という顔つきだった。
シエスタは、「やあ」と声をかける……
フィオリヒト少尉は、こちらを振り向いて「大尉でしたか?」と答えた。
「ああ。修復作業は順調なようだな……」
「はい。一週間ほどでロールアウトの予定です。何か……?」
「いや。少尉がいなくなると、寂しくなると思ってな」
「戦場は一つです」
「だな。また少尉に助けられる機会も増えることだろう……」
シエスタは感慨深げに言った。
「それはどうでしょうか? イングレス部隊がいなければ、戦場はなりたちません。これからも変わりありませんよ……」
「だと良いんだが……いや、良くはないか」
シエスタは頭をかいた。
チームを離れるフィオリヒト少尉を前にしていると、うまく言葉が出てこない。
どう声をかけて良いのか……
「なあ、少尉。少尉は、ビッグマン……ロボの操縦をすることに、不安や疑問は持たなかったのか?」
シエスタは聞いた。
「わたしはネオスです。命令には従いますし、マニュアルを読めば操縦方法は即座にマスターできます。不安というものは……」
フィオリヒトは答える。
「そうかもしれないな。それだからこそ、怖い」
「戦争が、人間の手を離れることが、ですか?」
「それもある。しかし、そうではない理由もある」
「と言いますと?」
「ネオスが消耗されることだ」
シエスタは、重い口調でそう言った。
フィオリヒト少尉にもそれは伝わる。
「わたしたちのことを気遣ってくれることはありがたいのですが……」
しかし──と言った口調である。
「それは、わたしたちを買いかぶりすぎです。わたしたちには、感情もあれば、喜びもある。人間とさほど変わりないのですよ?」
「うむ? そうなのか……わたしはてっきり」
シエスタは、多少うろたえた。
「それは、差別です。大尉。我々ネオスは、たしかに人工生命だ。しかし、感覚の所在は人間と変わりない。あなどってもらっては困ります……それでは第一、戦争などできるわけがないではありませんか?」
「そうか? ……そうだな、たしかに。痛みがあって初めて、戦うこともできる」
「その通りです。それがネオスです。戦う職についていることは、単なる役割にすぎない。制約ではないのです」
シエスタとフィオリヒトとは、ともに目の前に立っているロボの威容を見上げた。
それは、戦う機械である。
と同時に、AI脳をも有している。
それをどう扱えば良いのか、とシエスタは思い悩む。
ライジングアースも、迷い、感じ、考えるということがあるのだろうか……と。
それは、斎賀がコパイロットとして搭乗していたときから、変わりない疑問としてあった。
しかし、ネオスであるセラフィアが搭乗している現在、シエスタはライジングアースやそのほかのロボとの連携ということについて、思い惑うのである。
「少尉、少尉だからこそ聞けることなのだが……」
「なんでしょうか?」
「貴官の乗るロボが、わたしを犠牲にして作戦を遂行せよと伝えてきたとき、貴官はどうする?」
フィオリヒトは笑った。
「そんなことには、なりませんよ。わたしは、ロボが100の選択肢を与えてきたとき、1万の選択肢を返すことができます。わたしは……ネオスです」
「優秀だな」
言って、シエスタは笑った。
フィオリヒトも微笑んだ。
「今日は、悪いことを言った」
「そんなことはありません。人間として当然の反応です」
「そうか……」
「そうです。そして、あなたは人間として戦争をしてください。器械としてではなく……」
「分かっている」
それは、十分に分かっていることだった。
しかし、分かり切れていないことでもあった。
そのことを、シエスタは目の前のフィオリヒト少尉から突き付けられる。
「ところで、これは余計なことだが……」
「なんでしょうか」
「貴官は、ミューナイト少尉やセラフィア少佐とは十分に連携できるか?」
「無論です。ご不安でしょうか?」
「いや……不安ということはない。だが、なんとなく」
「セラフィア少佐が気になるのですか?」
フィオリヒトが聞く。
「ああ、そうだ」
「彼女は……戦術士官です。スパイではないでしょう。ネオスの思考というのは、一直線なのです。なにかに貫かれたら、それを貫き通す」
「そういうものなのか?」
シエスタは、口をぽかーんと開けた。
フィオリヒトはうなずく。
「もしわたしが、この瞬間にジェマナイに与したいと考えたとします。その十数秒後には、わたしはジェマナイに亡命しているでしょう。セラフィア少佐も、それと同じです」
「なるほどな……わたしたち人間には、ネオスのことはあまりよく分からない。だが、貴官の話を聞いて、ちょっと納得する部分もある」
「少佐にきつく当たらないでください。彼女は彼女で、懸命に生きているのだろうと思います」
「少尉がそこまで考えているとはな……」
「わたしの上官になる存在です。考えないわけがないでしょう」
「そうだったな。済まない……」
シエスタは、素直に謝罪した。
自分は、ネオスのことも、子ルーチンのことも、あるいは斎賀のことさえ……十分に分かってはいなかった、そう思えた。
シエスタは、フィオリヒトとともに、目の前にたたずんでいるロボ──ヴェガⅡを見上げる。
砂漠に一陣の風が吹いた。
シエスタは、髪を抑える。
そんな彼女を見て、フィオリヒトが笑った。
「大尉も、女性なのですね?」
と、セクハラまがいのことを言う。
どこにそんな冗談回路があるのか、と、シエスタは訝いつつも微笑した。
「それ、セクハラだぞ?」
──
シエスタは、ふたたびボワテ大佐のもとへと向かう。
胸に一つの決意を秘めている。
フィオリヒト少尉は、すでに自分のもとにはいない。
彼ぬきで作戦を立てる必要がある。
ナーナ曹長、アレン曹長も使いこなさなくてはいけないだろう……
あるいは非情な作戦を立てることもあるかもしれない。
彼らは、そのときどんな反応をするだろうか?
しかし、シエスタは恐れてはいなかった。
ボワテ大佐の前で、
「停戦は残り36時間です。その間にしておくべきことはなんでしょうか?」
と、尋ねていた。
どんどんリーダーらしくなっていくシエスタです。




