198.シャフレザード救出作戦(5)
すみません、こちらがレイラ・ザンド救出作戦の最終章でした。
「サング、階上に機銃を撃ち込んでくれ! なるべくランダムに。こちらが多数だと思わせるように……今、敵は2人しかいない」
「なるほど、チャンスだな。なるべくこちらの有利だと敵に思わせるんだな?」
「そうだ。その間に、俺はまたコントロール・ルームで情報を検索する」
「ああ、まかせてくれ」
マフムードは言った。
背中のリュックサックから機銃をもう1丁取り出して、2丁で階上に銃撃をする。
階上からも、時折応戦の弾丸が降ってきた。
どうやら、敵は廊下を行きつ戻りつしながら、こちらとの間合いを測っているらしい。
(これは……シャフレザードは階上だな)と、斎賀はあたりをつけた。
とすると、今ごろは彼女が盾に取られている可能性もあるが……
(ここは賭けだ)と、斎賀は思った。
パンくずを再び隠密モードにする。
それぞれの階上の部屋へとパンくずを進入させていく……
部屋の真ん中で、発光モードに。
人がいたら、きっと驚く。
シャフレザード(レイラ・ザンド)を驚かせる……ということが斎賀の作戦だった。
その目論見は当たる。
ひとつの部屋のなかで、女性の悲鳴が上がる──シャフレザードだ。
敵がひるんだ。
侵入者はすでに、シャフレザードの身柄を取り戻したのか? ……と、あわてて引き返していく、敵グループのメンバー。
しかし、ドアをあけてもそこには誰もいなかった。
工作員とシャフレザードの目が合う。
シャフレザードは、明らかにおびえたような表情をしていた。
椅子に縛り付けられ、手には手錠がかけられている。
尋問の途中だったものと思われる。
工作員が、銃で彼女を脅した。
実際には、脅したかったのは、彼女ではない。
未知なる侵入者──斎賀たち、である。
しかし、今の悲鳴で斎賀たちは、シャフレザードの位置を特定した。
やはり、二階の部屋の一室に拘禁されていた。
が……彼らは、シャフレザードの身柄の確保までは頭が回らないようである。
急な襲撃にうろたえている。
斎賀は、マフムードに階上への銃撃を続けるように伝えた。
さらに、手りゅう弾を1個投げ込む。
爆発。
階上はきっと、しっちゃかめっちゃかな状況だろう。
ここから、一気に上へと上がっていく……斎賀は、マフムードに目で合図をした。
工作員の1人が緊急通報をしたらしい……
サイレンのようなものが響く、「工場」。
(まずいな……)と、斎賀は思う。(しかし、大丈夫だろう。十分な時間がある。余裕が……)
斎賀とマフムードとは駆けた。
今、2人の敵は完全に分断している。
二階の入り口で、1人を狙撃。もんどりをうって倒れる、工作員。死亡。
残りの敵は1人だ。
……斎賀たちは走った。
先ほど悲鳴が上がった部屋の前で、ドアの影に隠れる。
室内には、敵工作員とシャフレザード、その2人がいるはずだった。
斎賀は、リンゴのような形をした丸いものを部屋のなかに転がした……煙幕である。
ごほん、ごほんと、むせる、工作員とシャフレザード。
斎賀とマフムードとは、室内に踊り入って、銃口を工作員に向けた。
卒然、両手を空に掲げる工作員。
降参した、という合図である。
銃口は、2人とも、ぴたりと工作員のほうに向いている。
依然として、おびえた目をしているシャフレザード。自白剤の影響だろう……
何にしても、事は終わった。
容赦なく、残った1人の工作員の胸をピストルで撃つ、斎賀。
残忍……というか、プロフェッショナルな仕事である。
こういうとき、斎賀は容赦ない。マフムードも、あっけにとられている。
シャフレザード(レイラ・ザンド)は、マフムードの機銃を見て、おびえた目をした。
彼女への襲撃時に使われたのが、機銃だったのかもしれない。
シャフレザードは、パルチザンとしてプロフェッショナルだったが、それでも恐怖心はいかんともしがたい。
斎賀が手錠を外しても、やはりしばらくの間震えていた……
斎賀の袖にすがりつく。
それから、そっと手を外した。
「来てくれる……、来てくれると思っていた……」
と、そんな言葉を絞り出す。
「大丈夫だ。敵はすべて無力化した。今、ここには俺たちしかいない。しかし、サイレンが鳴った。すぐにでもここを出ないと」
「すぐに、ここを出る? 出られるの?」
「ああ、大丈夫だ。敵は素人だったんだよ……」
「良かった」
そんな会話を、斎賀とレイラ・ザンドが交わす。
マフムードは、傍らにたって彼らを見下ろしていた。
今回の救出作戦は、ほとんど斎賀の手によって成功したようなものだ。
自分は何もできなかった……と、マフムードは思っていた。
しかし、それでも斎賀に協力はできたのだろうか?
──そんなふうに考えると、心は少しだけ休まった。さて、すぐにでもここから脱出しなければ……
「工場」を出て、200メートルほどの距離を彼らは駆けた。
そこに、彼らが乗りつけてきた自動車が停車してある。
遠くから、パトカーのサイレンの音が響いていた。
彼らの背後で、パトカーは工場へと向かう。
(ふうっ)っと、斎賀は息を吐いた。
マフムードも同様だ。
レイラ・ザンドは、未だに少し震えている。
自分たちの自動車に乗り込む、斎賀たち。
どうやら、レイラの着替えは必要ないようだった……。
そのまま、高速で自動車を走らせる。
もう、この町に用はない。
ホテルでバカ騒ぎをする必要もない。
イーラームへと、一直線に帰るだけである。
フボイの町では、今後しばらくアーヴァーズ・エ・ハークの作戦がやりにくくなるだろう。
しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。
組織としての効率よりも、組織のメンバー一人の命が大事である。
それをおろそかにするような組織は、長続きしない。体力が弱い。
組織とは、人の力と和があってこそ、初めて成り立つのである。
斎賀たちの乗っている自動車は、すでに西アーザルバーイジャーン州のオルーミーイェへとたどりついていた。
ここからは、国道11号線を下っていく……
ウルミエ湖の上を、水鳥たちが羽ばたいていた。
──
レイラ・ザンドは、次第に落ち着きを取り戻していた。
運転席のマフムードに向かって、冗談を言ったりしている。
「あなたたち、わたしの奪還作戦、怖くはなかったの?」
「いや……それなんだが」
と、マフムードは言う。
「オガーブが、早くからこれは素人の仕業だと言うんだ。プロフェッショナルによる仕事ではないと……俺は、その慧眼に感心したよ」
「オガーブは、プロよね。情報戦のプロ。わたしたちの組織には、今では欠かせないわ」
レイラも微笑む。
「しかし、オガーブがいつまで俺たちといっしょにいてくれるか? 今回も、オガーブがいなければお前を救いだすことはできなかったかもしれない」
「分かるわ。でも……オガーブはわたしたちの仲間よ?」
レイラ・ザンドは、すこし頬を赤らめた。
そちらを、そっと見る斎賀。
──そんなことをしても、何も出ないぜ? という態度で斎賀はいた。
今回は、あくまでも世話になっている仲間を救った、それだけなのだ。
自分は、今アーヴァーズ・エ・ハークという組織に助けられている。
命を救われている。
居場所がある。
与えられている。
そういう思いだけが、斎賀にはある。
そのほかの一切の感傷はなかった。
「シャフレザードは、この組織の要だ。ないがしろにしたら、俺たちはお陀仏だろうさ……」
と、斎賀はうそぶいた。
マフムードは、「だな?」と答えた。
レイラ・ザンドが、いくぶん照れながら、「あたしは、本当はたいしたことないんだよ?」と言った。
それは謙遜だったが、嫌味な謙遜ではなかった。
……
眼前に、イーラームの町が見えてきた。
すでに、昼過ぎになっていた……
無事救出できました。




