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地上戦機ライジングアース  作者: クマコとアイ
第十部

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197/203

197.シャフレザード救出作戦(4)

レイラ・ザンド救出作戦です。

「こういうとき、緊急アラートは鳴らないものなのか?」

 マフムードは訝る。

 斎賀は、

「おそらく、敵が防備をメインにしているためだろう。アラートが鳴れば、自分たちが警戒態勢にある、ということが相手にも伝わる。たぶん、アラートは個別の居室のドアにしかけられていて、工場入口では自動的に銃撃が行われるだけなんだろう。サイレント・トラップだな。当局による突入を警戒しているんだ……」

「そんなものか?」

「そんなものだ。入ってみろよ」

 斎賀は、マフムードを促す。

「罠じゃないのか……?」

 マフムードは冷や汗をかいた。

 しかし、斎賀は「だいじょうぶだ」

 そして、ドアを押して、「工場」のなかへと入る。

 あたりはしんと静まり返っている。

 前方斜め上に、破壊された機銃が鎮座している。

 監視カメラは、じじじ、という音を立てて震えていた。


 斎賀は、入り口付近にあったコントロール・ルームへと入っていく。

 もとは、工場全体のラインを監視するコンピュータが設置されていたのだろう。

 今も、大きめのサーバーが鎮座していた。

 ここが、このアジトの頭脳であるらしい。

 斎賀は、端末の電源を入れる……と思ったが、すでに入っていた。

 キーボードをたたいて、画面を確認。

 入口のところの機銃は、やはりスタンドアローンだった。

 つまりは、ブービー・トラップである。

 全体のセキュリティーとは連動していない。

(ふふ……相手が素人だと、本当に助かるよ)と、一人思う斎賀。

 マフムードは、依然として不安な面持ちをしている。


 マフムードは機銃を構えているが、斎賀はピストルを腰に差しているだけだ。

 それが、情報員として勤務した経験からくる余裕なのか、油断なのか……マフムードは図りかねていた。

 きょろきょろと、周囲を見回している。

 しかし、アジトの人間が起き出してきた気配はない。

 時刻は、今真夜中である。


「で? シャフレザードはどこにいるんだ?」

 マフムードが小声で聞く。

「たぶん、工場のラインはそのままだろうから……従業員の休憩室のどこかだな? 待て。今、敵のメンバーの数を確認している。よし、5人だ。セキュリティー・キーの数を確認した。5人分のパスワードが設定されている」

「よく、分かるんだな? どうやっているんだ?」

「情報軍時代の知恵で、だよ」

「情報軍」という言葉を、斎賀は使った。

 統合戦線の統合軍では「情報部」とは言わない。陸軍や空軍などと同列の、独立した「軍」である。

 そのことを、斎賀は今思い出していた。

 言いながら、はっとする……。

「なんだ? どうした?」

 と、マフムード。

「いや、なんでもない……」


 斎賀は、冷や汗をかいていた。

 それは、恐怖から来る冷や汗ではなかった。

 過去が、現在を侵食してくるような、そんな冷や汗である。

 斎賀は、今一歩過去の自分の記憶へと近づいているのであった……それは、今この場の極度の緊張感がそうさせることだったろう。

 ……


「マフムード、敵を見つけたら、すぐには撃つな。警告してから撃て」

「それは、どうして?」

「警告せずに撃っても、敵はひるまない。敵は5人いる。1人倒しても、残りの敵が逃げたり反撃してきたら、おしまいだ。敵にはなるべく警戒させる」

「なるほどな。情報軍らしい……」

「頭脳戦なんだよ、こういうときもな。とにかく、相手はプロじゃない」

 斎賀はウィンクした。

 それを若干気持ち悪い、とマフムードは思う。すこし、咳ばらいをした。

 どうやら、敵のコンピュータのハッキングによって、敵がプロフェッショナルではないということを斎賀は確信したらしい。

 それは良いのだが、敵も武装しているだろう。

 銃器の扱いに、プロもアマもない。

 自分たちは敵を確実に仕留めなくてはいけないが、こちら側は足を撃たれただけでKOなのである。

 とにかく、今はシャフレザードという人質がいる。

 敵が、もしも彼女を盾に取ったとしたら……

 そうさせないための速攻の作戦が必要だ。


 斎賀とマフムードとは、2階に上がって廊下を進んでいった。

 かつては「何々室」であったろう部屋が、並んでいる。

 その個別の部屋は、今はアジトのメンバーの寝室なのか、あるいは休憩室なのか……

 一つ一つのドアを開けて、内部を確かめていく。

 外れ、が募るほどに、緊張感も高まる。

 残っているのは、奥のほうに10室ほどだった。

 また、1つのドアを、ぎいっと開ける──と、けたたましい警告音!

「来た!」

 と、斎賀とマフムードは身構えた。

 部屋の奥のベッドから、人影が跳ね起きる。

 マフムードはとっさに銃を構えて「覚悟しろ!」警告を発する。

 しかし、部屋にいたのは一人だった。

 マフムードは機銃を発砲。

 弾丸を撃ち込まれた男が、もんどりをうって床に倒れた。

 流れる血。叫喚。死んだ。


「来るぞ! 残りの4人も起きてくる!」

 斎賀は叫んだ。

 マフムードも分かっている。無言でうなずく。

 それから、部屋の入口のドアのところで、身を伏せる。

 たたたん、と廊下に足音がした。

 斎賀は、ふたたびカバンのなかから粉末のナノマシンを取り出している。

「どうするんだ? 今度は?」

 尋ねる、マフムード。

「いや、これにはこういう使い方もあるんだよ」

 そう言いながら、パンくずを起動させる斎賀。

 端末上でスイッチを入れると、廊下を人影のようなものが走っていく──パンくずの、発光モードである。

 そちらに銃声。

 どうやら、敵はすでに廊下に出てきているらしい。

 4種類の銃声が、同じ方向を目指して弾丸を撃っている……そういう印象。

 斎賀は、「しめた」と思った。

 敵は、今シャフレザードに注意を向けていない。

 このような少人数での奇襲は想定していなかったのか……

 ここでも敵の誤算に助けられた。


 斎賀は、ドアを開けて、手りゅう弾を転がした。

 爆音。

 何人かの悲鳴! 2人か?

 動ける人間は残り2人だろう。

 しかし……

 斎賀たちがいる、部屋の扉が吹き飛んだ。

 どうやら、敵は大規模な火器を持ち出してきたらしい……。

 このまま、部屋のなかに手りゅう弾でも投げ込まれたらお陀仏だ。

「出ろ、サング!」

 と、斎賀は声をかけた。

 マフムードがうなずいて、部屋の外に走り出す。

 それから、廊下をひたすら走った。

 銃撃があるが、2人には当たらない。

 そのまま、階段を駆け足で降りて、階下で一息ついた。

 敵は今、2階に2人である。

 シャフレザードは階上にいるのか、階下にいるのか?

 階上ならピンチだが……


 斎賀は、階上に向けて手りゅう弾を投げ込んだ。

 爆音。

 確認はできないが、敵はひるんだだろう。

 どの程度の襲撃なのか、と反芻しているところだ。

 まさか、たった2人での襲撃だとは思っていないかもしれない。

 そう思われているうちが、チャンスだ。


 マフムードは、虚空に向かって銃を構えている。

「立つな! 危ない。闇雲に銃を構えても無駄だ! 敵の攻勢を待つんだ!」

「しかし、シャフレザードが人質に取られているとしたら!??」

「俺に考えがある。今は、とりあえず安心してくれ!」

「了解だ。お前に任せる、オガーブ!!」



198.シャフレザード救出作戦(5)


「サング、階上に機銃を撃ち込んでくれ! なるべくランダムに。こちらが多数だと思わせるように……今、敵は2人しかいない」

「なるほど、チャンスだな。なるべくこちらの有利だと敵に思わせるんだな?」

「そうだ。その間に、俺はまたコントロール・ルームで情報を検索する」

「ああ、まかせてくれ」

 マフムードは言った。

 背中のリュックサックから機銃をもう1丁取り出して、2丁で階上に銃撃をする。

 階上からも、時折応戦の弾丸が降ってきた。

 どうやら、敵は廊下を行きつ戻りつしながら、こちらとの間合いを測っているらしい。

(これは……シャフレザードは階上だな)と、斎賀はあたりをつけた。

 とすると、今ごろは彼女が盾に取られている可能性もあるが……


(ここは賭けだ)と、斎賀は思った。

 パンくずを再び隠密モードにする。

 それぞれの階上の部屋へとパンくずを進入させていく……

 部屋の真ん中で、発光モードに。

 人がいたら、きっと驚く。

 シャフレザード(レイラ・ザンド)を驚かせる……ということが斎賀の作戦だった。

 その目論見は当たる。


 ひとつの部屋のなかで、女性の悲鳴が上がる──シャフレザードだ。

 敵がひるんだ。

 侵入者はすでに、シャフレザードの身柄を取り戻したのか? ……と、あわてて引き返していく、敵グループのメンバー。

 しかし、ドアをあけてもそこには誰もいなかった。

 工作員とシャフレザードの目が合う。

 シャフレザードは、明らかにおびえたような表情をしていた。

 椅子に縛り付けられ、手には手錠がかけられている。

 尋問の途中だったものと思われる。

 工作員が、銃で彼女を脅した。

 実際には、脅したかったのは、彼女ではない。

 未知なる侵入者──斎賀たち、である。


 しかし、今の悲鳴で斎賀たちは、シャフレザードの位置を特定した。

 やはり、二階の部屋の一室に拘禁されていた。

 が……彼らは、シャフレザードの身柄の確保までは頭が回らないようである。

 急な襲撃にうろたえている。

 斎賀は、マフムードに階上への銃撃を続けるように伝えた。

 さらに、手りゅう弾を1個投げ込む。

 爆発。

 階上はきっと、しっちゃかめっちゃかな状況だろう。

 ここから、一気に上へと上がっていく……斎賀は、マフムードに目で合図をした。


 工作員の1人が緊急通報をしたらしい……

 サイレンのようなものが響く、「工場」。

(まずいな……)と、斎賀は思う。(しかし、大丈夫だろう。十分な時間がある。余裕が……)

 斎賀とマフムードとは駆けた。

 今、2人の敵は完全に分断している。

 二階の入り口で、1人を狙撃。もんどりをうって倒れる、工作員。死亡。

 残りの敵は1人だ。

 ……斎賀たちは走った。

 先ほど悲鳴が上がった部屋の前で、ドアの影に隠れる。

 室内には、敵工作員とシャフレザード、その2人がいるはずだった。


 斎賀は、リンゴのような形をした丸いものを部屋のなかに転がした……煙幕である。

 ごほん、ごほんと、むせる、工作員とシャフレザード。

 斎賀とマフムードとは、室内に踊り入って、銃口を工作員に向けた。

 卒然、両手を空に掲げる工作員。

 降参した、という合図である。

 銃口は、2人とも、ぴたりと工作員のほうに向いている。

 依然として、おびえた目をしているシャフレザード。自白剤の影響だろう……

 何にしても、事は終わった。

 容赦なく、残った1人の工作員の胸をピストルで撃つ、斎賀。

 残忍……というか、プロフェッショナルな仕事である。

 こういうとき、斎賀は容赦ない。マフムードも、あっけにとられている。


 シャフレザード(レイラ・ザンド)は、マフムードの機銃を見て、おびえた目をした。

 彼女への襲撃時に使われたのが、機銃だったのかもしれない。

 シャフレザードは、パルチザンとしてプロフェッショナルだったが、それでも恐怖心はいかんともしがたい。

 斎賀が手錠を外しても、やはりしばらくの間震えていた……

 斎賀の袖にすがりつく。

 それから、そっと手を外した。


「来てくれる……、来てくれると思っていた……」

 と、そんな言葉を絞り出す。

「大丈夫だ。敵はすべて無力化した。今、ここには俺たちしかいない。しかし、サイレンが鳴った。すぐにでもここを出ないと」

「すぐに、ここを出る? 出られるの?」

「ああ、大丈夫だ。敵は素人だったんだよ……」

「良かった」

 そんな会話を、斎賀とレイラ・ザンドが交わす。

 マフムードは、傍らにたって彼らを見下ろしていた。

 今回の救出作戦は、ほとんど斎賀の手によって成功したようなものだ。

 自分は何もできなかった……と、マフムードは思っていた。

 しかし、それでも斎賀オガーブに協力はできたのだろうか?

 ──そんなふうに考えると、心は少しだけ休まった。さて、すぐにでもここから脱出しなければ……


「工場」を出て、200メートルほどの距離を彼らは駆けた。

 そこに、彼らが乗りつけてきた自動車が停車してある。

 遠くから、パトカーのサイレンの音が響いていた。

 彼らの背後で、パトカーは工場へと向かう。

(ふうっ)っと、斎賀は息を吐いた。

 マフムードも同様だ。

 レイラ・ザンドは、未だに少し震えている。

 自分たちの自動車に乗り込む、斎賀たち。

 どうやら、レイラの着替えは必要ないようだった……。


 そのまま、高速で自動車を走らせる。

 もう、この町に用はない。

 ホテルでバカ騒ぎをする必要もない。

 イーラームへと、一直線に帰るだけである。

 フボイの町では、今後しばらくアーヴァーズ・エ・ハークの作戦がやりにくくなるだろう。

 しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。

 組織としての効率よりも、組織のメンバー一人の命が大事である。

 それをおろそかにするような組織は、長続きしない。体力が弱い。

 組織とは、人の力と和があってこそ、初めて成り立つのである。


 斎賀たちの乗っている自動車は、すでに西アーザルバーイジャーン州のオルーミーイェへとたどりついていた。

 ここからは、国道11号線を下っていく……

 ウルミエ湖の上を、水鳥たちが羽ばたいていた。


 ──


 レイラ・ザンドは、次第に落ち着きを取り戻していた。

 運転席のマフムードに向かって、冗談を言ったりしている。

「あなたたち、わたしの奪還作戦、怖くはなかったの?」

「いや……それなんだが」

 と、マフムードは言う。

「オガーブが、早くからこれは素人の仕業だと言うんだ。プロフェッショナルによる仕事ではないと……俺は、その慧眼に感心したよ」

「オガーブは、プロよね。情報戦のプロ。わたしたちの組織には、今では欠かせないわ」

 レイラも微笑む。

「しかし、オガーブがいつまで俺たちといっしょにいてくれるか? 今回も、オガーブがいなければお前を救いだすことはできなかったかもしれない」

「分かるわ。でも……オガーブはわたしたちの仲間よ?」

 レイラ・ザンドは、すこし頬を赤らめた。

 そちらを、そっと見る斎賀。

 ──そんなことをしても、何も出ないぜ? という態度で斎賀はいた。

 今回は、あくまでも世話になっている仲間を救った、それだけなのだ。

 自分は、今アーヴァーズ・エ・ハークという組織に助けられている。

 命を救われている。

 居場所がある。

 与えられている。

 そういう思いだけが、斎賀にはある。

 そのほかの一切の感傷はなかった。


「シャフレザードは、この組織の要だ。ないがしろにしたら、俺たちはお陀仏だろうさ……」

 と、斎賀はうそぶいた。

 マフムードは、「だな?」と答えた。

 レイラ・ザンドが、いくぶん照れながら、「あたしは、本当はたいしたことないんだよ?」と言った。

 それは謙遜だったが、嫌味な謙遜ではなかった。

 ……

 眼前に、イーラームの町が見えてきた。

 すでに、昼過ぎになっていた……


次章に続きます。

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