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地上戦機ライジングアース  作者: クマコとアイ
第十部

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191/194

191.混沌のアド・ルーメン

アド・ルーメンの過激派3人。

 ここは、アド・ルーメンの集会堂の一角。

「まずいことになったわ……」

 と、ザネレ・カシンガはマティアス・ンコモに告げた。

「どうした?」

 と、マティアスは怪訝になって尋ねる。

 彼らは、アド・ルーメンのなかのタカ派信者である。

 アルハジ・ムタリブの暗殺も辞さない、という強硬的な姿勢を示していた。

 そして、今日の反戦デモには参加していなかった。


「れいのマリアが……先走ったのよ。ムタリブ最高賢者は殺された!」

「なんだって? 今日か? たしかにそれはまずいな……」

 今日のムタリブ最高賢者の暗殺は、彼らにとっては根耳に水だった。

「幹部の間では、いつ賢者会議を開くか、ということがさっそく議論になっているようです」

 とは、ザネレ・カシンガ。


 マティアス・ンコモは、教団の下部組織「ウジマの灯」を率いているほか、最強硬派である「ムジムの盾」のリーダーでもある。


「我々の目標はミリアム・エスカローナを最高賢者に推すことだったが……今のままだと、テンベ・ンジョロに押し切られてしまう可能性もある。水面下での工作が重要だったのだが……やってくれたな……」

 反戦集会の首領が暗殺されたとなれば、必然反戦派が勢いを増す。

「どうしたの?」

 と、そこへやってきたのは同じくタカ派信者であるアヤナ・ムテッサである。

 温和で母性的な性格の女性だったが、ネオスが社会に浸透することを恐れている。

 嫌悪している、と言っても良かった。

 とくに、ミューナイトのようなネオス兵が前線に立って戦うことを、もっとも嫌っている。

 彼女にとって、親ネオス派のように見えるムタリブ最高賢者はまさに、格好の攻撃材料だった。


 組織というものは、反対勢力があって初めて成立するようなところがある。

 内部に研鑽があり、自己批判がある、という認識が用意されるためである。

 ために、彼らタカ派の信者たちも、アド・ルーメンの内部では重用されていた。

 とくに、マティアス・ンコモは時期賢者に推されている存在でもある。

 ただし、彼はアド・ルーメンを根本から変えてしまうことを恐れていた。


 今のような親ネオス、親AIという状況が続いてもらっては困る。

 しかし、反戦思想自体については賛成である。

 要はバランスの問題なのだが、あちらを立てればこちらは立たずである。

 アルハジ・ムタリブ最高賢者は、そのへんのところを上手く采配していた。

 その手腕自体は買う……


 しかし、彼の裏の顔というものを、マティアス・ンコモは知っている。

「神の光は人類とAIとネオスすべてに等しく届く」──と、彼は言う。

 しかし、彼自身が「神」を信じているとは思えないのである。

 マティアス・ンコモは神の存在を信じていた。

 それは、この世の絶対である。

 しかし、アルハジ・ムタリブ最高賢者にとって、「神」とは相対だった。

 あやういバランスによって初めて成り立つ。

 しかし、この時代に──それでは不足なのだ。遅い。

 マティアス・ンコモは、宗教が政治を支えうる、と信じている人間だった。


「今日の予定はどうなっていたんだ?」

「デモは午前中で終わり、午後1時から定例の集会が開かれる予定になっていたわ。デモがあった以外はいつも通り……の予定でした」

 ザネレ・カシンガが言う。

 彼女は、集会堂でのオルガンの演奏を担当している。

 その荘厳な響きは、信者たちの尊敬の念を買っていたが、彼女は同時に優秀なスパイでもある。

 信者に見せかけた工作員や、冷やかしで入信してくる人間を、彼女は即座に見抜く。

 そうした人間を、時には教団の強硬派に引き渡し、あるいは強硬派に勧誘しさえする。

 そんな教団の裏面を握っている人間の一人が、ザネレだった。


「それで、マリアはどうしたんだ?」

 マティアスは聞いた。

「即、射殺されたそうです。群衆の多くが、この悲劇を目にしています」

「ムタリブ最高賢者の死は悲劇ではないか……」

 皮肉めかして、マティアスが言った。

 それは、事実である。

 アルハジ・ムタリブは政治の世界に片足を突っ込んでいた。

 とすれば、その死は政治的な死である。民主的な死とは違う。

 一方のマリアの死は、市民の死=民主的な死なのである。

 重みが、逆説的に違う。


「そこまでは思っていないのですが……」

「いや、いい。ムタリブ最高賢者は、我々にとっては駒にすぎなかった」

 冷徹に、マティアスは言い切った。

「いずれはあなたが……」

 ザネレは頭を下げる。

「いや。それは数十年先のことだよ」

 と、マティアスは遠い目をする。

 すべてが、その掌の上での計算によって成り立っている、そんな人間の目だった。

 その目は、どこからウィンストン・エヴリール(カドリール・ヴァレンタイン)にも似ているようだった。

 天国のマリアが知ったならば、(なんと皮肉なこと!)と思っただろう。


「それで、こちらで用意していた暗殺要員の所在は知れていないのか?」

「それは大丈夫です」

「我々も3月までには準備を整えるつもりでいた。しかし、早すぎるな……この時期に賢者会議となると」

「ミリアム・エスカローナは最高賢者に推されない可能性がありますね?」

 と、アヤナ・ムテッサ。


 前日、というか今朝、ジェマナイは統合軍とイラク軍に大敗を喫した。

 それは良い。

 ジェマナイに中東を好き放題にさせるわけにはいかない。

 とくに、イラクは統合戦線の重要な衛星国である。

 そこが死ねば、首都の防備も薄くなる。

 以前のように、アルスレーテが直接空爆される可能性は、ジェマナイの南極基地の壊滅によって減ったものの、皆無ではない。

 マティアスは、市民の無用な死を望むような人間ではなかった。


 マティアス・ンコモは、人間を一種のシステムとしてとらえている。

 あちらを立てれば、こちらがへたりこむ。

 ジェマナイをただ叩けばよい、というわけではない。

 ジェマナイはすでに広大な経済圏を構築している。

 これからの世界のなかで、ジェマナイの経済力は無視できないものとして機能するだろう。

 要するに、ジェマナイという既存の秩序は認めたうえで、その「体制」を変化させなくてはならないのだ。

 それは一筋縄ではいかない。

(だからこそ、政治ではなく宗教の力が必要なのだが……)


 マティアス・ンコモが思っていることは、統合戦線という国家をアド・ルーメンがまとめあげることではない。

 ジェマナイをも含めた世界を、アド・ルーメンがまとめ上げることである。

 そのためには、小手先の政治活動に執着していたムタリブ最高賢者が死ぬことは、願ってもないことではあった。

 しかし、すこし早すぎたという感が否めない。

 彼は、次期最高賢者として有力候補であったミリアム・エスカローナを、十分に感化しきれていないのである……

 彼女もまた暴走するとしたら?

 アド・ルーメンは一気に瓦解しない、とも限らないだろう。


「勝負はここ10日……あるいは1週間、といったところか? 『ムジムの盾』に連絡をつけておいてくれ……くれぐれも、わたしからの通達だということが知れないように」

「こころえております」

 ザネレ・カシンガが頭を下げた。

 アド・ルーメンの水面下でも、変化が訪れようとしていた。

 アヤナ・ムテッサは、ただ冷たい視線を送っている。

 アルスレーテ市内の孤児院の運営を一手に担っている女性とも思われない、冷たい目だった。


 マティアス・ンコモは言った、

「とにかく、ミリアム・エスカローナが次期最高賢者に推されるように、全力を尽くそう。我々がそれからすべきことは、彼女が最高賢者になった後であらためて考えなければならない」

 宗教的戦略家の言葉、そして見解だった。

 アヤナ・ムテッサ、ザネレ・カシンガともに、頭を下げた。

統合戦線の不穏さはまだまだ続きますが……マリア・オリヴェテの死によって、いちおうの終わりが訪れました。

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