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地上戦機ライジングアース  作者: クマコとアイ
第十部

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192/192

192.タージ基地の混乱

アマドゥ・カセム襲撃の報にあわてふためくタージ基地です。

 バグダッド市内にあるタージ基地内は、混乱していた。

 あわただしく、士官たちが廊下を走っていたりする。

 統合軍長官であるアマドゥ・カセムが、暴漢に狙撃されたという一報が入ったのである。

 犯人は空軍施設の警備員に成りすましていた。

 そして、至近距離から銃撃を行ったのだ。

 犯人は間もなく取り押さえられ、今苛烈な尋問を受けている。


 さらには、西ディストリクトのグリーンロード地区で、もう一つの事件が起こった。

 アド・ルーメン最高賢者であるアルハジ・ムタリブ師の、暴徒による暗殺である。

 こちらは、犯人は複数だという目撃証言もあったが、未だに詳しいことは分かっていない。

 少なくとも、犯人のうち一人はその場で射殺された。


 ダグラス・ボワテは頭を抱えていた。

 カセム長官と言えば、穏健派の最重鎮である。

 その彼が一線を退くとなると、軍部は一気にタカ派色が濃くなることになる。

 現場へのしわ寄せもいっそう増えるだろう。

 考えると、胃がきしむ思いである。


(メイサ・ヤハンが襲われていないのだけが幸いだが……これは、もしかすると首謀者は戦争の継続を望んでいるのか??)

 ダグラス・ボワテは鋭い頭脳で思った。

 その通りである。

 今回のテロの首謀者であるカドリール・ヴァレンタインは、戦争の継続を望んでいた。

 しかし、そのことが分かったのは、もっとずっと後のことである。

 今しばらくは、彼は一官僚として、ゆうゆうと生きていくことになる。


 休憩室に駆け込んでくるなり、シエスタ・アレーテはフィオリヒト少尉に尋ねる。

「カセム長官が暗殺されたって??!」

「暗殺ではありません。襲撃です。ですが……予断を許さない状況です」

「同じことだ……彼が一線を退くんだから」

 シエスタは焦っている。

 このところのNooSの導入と言い、統合軍では不穏なことが重なっている。

 フィオリヒト少尉は冷静である。

「安否の確認、と言いますか、どの程度重症なのかは、まだ情報が入ってきていない段階です」

 そう言うと、フィオリヒトはシエスタの頭のてっぺんから足のつま先までを眺め渡した。

 シエスタは、小脇にヘルメットを抱えている。

「中尉。いくらなんでも……着替えくらいはしてきてください?」

 シエスタははっとした。

 はっとしてから、顔を赤らめた。

 フィオリヒト少尉の言う通りである。


「お前が変な通信を入れるからだ。これからは、イングレスαの飛行中の通信には気を使ってくれ?」

「緊急事態だと思ったものですから」

 フィオリヒトも苦笑いする。

「緊急事態だとも。でも、それは統合軍にとっての緊急事態だ……」

「我々にとってもです」

「だな?」

 シエスタは、あきらめの表情で言う。

 なんにしても、カセム長官の命が助かっただけでも良い。

 長官が死んでいたら、たぶんこの戦いは負けだろう。


 シエスタはほっと安堵の息をついた。

 しかし、それもつかの間だった。

「アレーテ中尉。われわれにも午前4マルヨンマルマルから哨戒出撃の命令です」

 と、フィオリヒトが言う。

「勘弁してくれよ、あたし40時間以上も寝ていないんだよ??」

「軍内でそれくらい当たり前です、中尉」」

「だな……」

 シエスタとフィオリヒトとは笑いあった。


 ──


 シエスタらが仮眠している間に発表された報道では、カセム長官の代理の任に就くのはザイナブ・カリーマ中将という女性だった。

 46歳。8年前から4年前まで、カセム長官の秘書長も務めていて、彼からの信頼も厚いらしい……

 卓越した行動力と行政能力とで知られている。

 カセム長官が退いた後、彼女が正式な長官に就任したとしても問題ない──

 そういう軍部と官僚のお墨付きだった。

 MVモデリング・ヴィジョンは、カセム長官の容態を別として、彼女の経歴や手腕の報道に明け暮れている。


 夜半に目を覚ましたシエスタは、彼女が本当にハト派なのだろうか……?

 という疑問にさいなまれた。

 アマドゥ・カセム長官が会見に臨むときには、軍服姿のこともあれば、スーツ・スタイルのこともあった。

 しかし、初めての会見に姿を現したザイナブ・カリーマは軍服姿である。

 こういうとき……決まってよくない予感が当たる。

 ハト派と見せかけたタカ派……

 シエスタの動物的な直感は鋭かった。

 それをフィオリヒト少尉らと共有できないのを……シエスタは残念だと思う。


 枕もとに常備しているコーヒー・メーカー(備え付けの)のスイッチを入れて、シエスタはコーヒーを沸かした。

 今……何時だ?

 しばらくの時が流れた。

 午前2マルフタマルマル……

 大丈夫。この時間なら、余裕で戦闘準備に入れる。

 シエスタは、眠い頭を目覚めさすために、なんどかこめかみのあたりを強く指圧した。


 ──


 現場は混乱に満たされていた。

 敵ビッグマンによる攻撃は止んでいたが、オルリヌイ・ルーチの大部隊とスホーイが引き続きバグダッドへの空爆を行っている。

 出撃後……シエスタは、苛烈な空中戦を行った。

 ジェマナイの空軍部隊もあなどれない。

 それに加えて……アマドゥ・カセム長官の負傷というニュース。

 ライジングアースが戻ってきたとは言え、それが統合軍の有利に働いたようには、とても思えなかった。

 なにしろ、ライジングアースのコパイロットは斎賀ではない。

 セラフィア少佐というのがどんな人物なのか、シエスタはいまだに懐疑的だった。


「アマラ少尉、オルリヌイ・ルーチが波状攻撃をしかけてきているが、そちらはクオンティティーのユーランディア少尉にまかせよ。我々はスホーイの編隊を叩く。できるかぎり、ジェマナイの人的戦力は削いでおきたい」

「了解です……今日は、通信が良好ですね?」

 アマラ少尉の声は朗らかだった。

 シエスタも(あれっ?)と一瞬、なる。

「ビッグマンが出てきていないからな?」

「油断は禁物ですよ、中尉?」

「あたしは、油断をしたことはないよ。これまで一度も」

「はは。さすがはボウレイメガミだ!」

 アマラ少尉が、快哉を叫ぶ。

「その名で呼ぶなって、殴るぞ?」

「失敬!」


「中尉……後ろからライジングアースがやってきました」

「ライジングアースか。良いだろう、道を開けよう。ライジングアースにユーマナイズを発動させる……」

「それって、俺たちが命令しても良いんですかね?」

「上がやるさ」

 そんな軽口をたたき合う、シエスタとアマラ。

 スホーイの群れを一か所に誘導すると、イングレス部隊はインメルマン・ターンで踵を返した。

 後ろを振り返るシエスタ。

 空中に筋びく飛行機雲。

 ライジングアースの胸部のW字型のユニットが発光する……


(恐ろしい光だ……)と、シエスタは思った。

 次々に投降してくる、ジェマナイのスホーイ部隊。

 いくつかの機体はタージ基地に降り立った。

 そのほかの機体は、ジェマナイの前進基地であるセラフィスに向かって引き返していく。

(これほどの威力があるのか……どんな兵器なんだ、ユーマナイズって)

 シエスタは、額の汗をぬぐいたそうにした。

 しかし、それはヘルメットのなかでかなわない。

(帰ったら、一番に熱いシャワーでも浴びよう……)

 ……


 ──


 しかし、シャワーはおあずけになった。

 ボワテ大佐から呼び出されたのである。


 ボワテ大佐の執務机の前に立つ、シエスタ。

「なんでしょうか? 大佐」

「フィオリヒト少尉に代わる、パイロットの候補だ。このなかから選んでおいてくれたまえ」

「わたしが選ぶのでありますか?」

「そうだ、君が選ぶ」

 一呼吸を置いてから、ダグラス・ボワテは付け加えた。

「君の部隊だからな。君を正式にチーム・アマリのリーダーに任命する。シエスタ・アレーテ大尉」

 ボワテ大佐は毅然として言った。


 その日付で、チーム・アマリのリーダーであったチディ・マベナ大尉はチーム・アマリのリーダーを退いて少佐に。MIAであった斎賀中尉は(生死を問わず)大尉に昇格した。

 ダグラス・ボワテは彼なりに、彼の立場を守る必要があったのだ。

 ザイナブ・カリーマ中将という来るべき上司を、彼は一度もハト派として扱ったことがなかった。

 彼には、彼自身の戦場があったのである。

 しかし、政治劇とはそのすべてを水面下で行う必要がある……今回の人事が、それだ。


 シエスタは、「大尉か……」とつぶやいた。

 その響きは、どこか現実味を欠いているようにも思える。まるで、砂漠を吹く乾いた風のように……

シエスタがリーダーになりました。

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