180.暁の攻撃(2)
暁の攻撃によって大被害を被るバグダッド。
バグダッドは今、市街地の30%あまりが破壊されていた。
逃げ惑う市民たち。
空襲警報は空に鳴り響いている。
空へと吸い込まれていく、高射砲の火線。
それをすり抜けて、ビル街へと命中するジェマナイのミサイル。
市民たちは恐慌していた。
「どこへ逃げれば良いって言うんだ!?」
「統合戦線は何をしている??!」
「いや、イラク陸軍の反撃はまだなのか!!!」
そんな言葉が巷に飛び交っている。
あるカフェでは、こんな会話が交わされていた。
「このままジェマナイの侵攻が続けば、バグダッドはどうなるんだろう?」
「すでに、バアクーバはジェマナイの手に落ちたって言うぞ!? バグダッドが落とされるのも時間の問題だ……」
「北に疎開しなくては……。ティクリートやキルクークはまだ無事なのかしら……」
人々は、片手にアルコールを手にしている。
何かから逃れなければ、やっていられないのである……。
戦争は、日常生活のすぐ隣にある。
市民たちは、戦禍にさらされながらも、普段の生活を送らざるを得ない。
稼ぐ者は稼ぐ者、庇護される者は庇護される者として、通常通りの生活を送る。
しかし、その頭上ではミサイルや迫撃砲が飛び交っているのだ。
バグダッドの夜は今、花火を打ち上げているかのように、華麗な光に包まれていた。
が、それが死をもたらす光であることは疑いがない。
このカフェにも、いつ何時ミサイルが飛び込んでくるか分からない。
そして彼らの怒りは、彼らを守っているはずのイラク軍や統合軍に向けられているのであった。
──
そんな怒りを、シエスタたちは知る由もない。
シエスタは、今ふたたびレファイン=ヴァルデスのヴェガと対峙していた。
このヴェガは、旧式の機体だとは言っても、侮るわけにはいかない。
パイロットは手練れだ、そのことをシエスタは熟知していた。
それが、タージ基地へと迫っている。
悠然と、一歩一歩を踏み出す敵のヴェガ。
そのたびに、アスファルト舗装された道路がゆがむ。
みしみしと、軋み音を立てる幹線道路。
夜空のなかに、敵ビッグマンの威容が浮かぶ。
シエスタは、思わず瞬きをした。
上空を旋回して、再び敵ビッグマンに狙いを定める。
そのビッグマンが、こちらに向けて腕を振った。
ヴェガにロケットパンチはない……しかし……
その一瞬後に、敵ヴェガから発射される全方位ミサイル。
シエスタ機は、STSMを放って、敵ミサイルを撃墜する。
しかし、その火線を逸れたミサイルが、再びビルに激突。
(ちぇっ! わたしが敵ミサイルを躱したとしても、ビルに命中してしまったら仕方がないじゃないか!!!)
ユーランディアは何をしているんだ? と、シエスタは思った。
今ごろはすでに、出撃していたとしてもおかしくない。
しかし、シエスタ機のレーダーにクオンティティーは映っていない。
その間にも、タージ基地へと一歩一歩近づいていく、レファイン=ヴァルデスのヴェガ。
後方には、ネラ一曹のヴェガが続いている。
(奴らは精鋭だ! 間違いない)
その間にも、ビッグマンは夜の街を進んでいく……!
シエスタは、フィオリヒト少尉に通信する。
「フィオリヒト少尉、今どこにいる??」
「今、中尉の1マイル圏内にいます。敵ヴェガがタージ基地に侵攻しているのを、捕捉中」
「なんとか足止めできないか?」
「アマラ少尉との連携が必要ですね……アマラ少尉の現在位置は、ロスト……敵他部隊との交戦中と思われます」
「タージ基地が落とされたら、あたしたちには退路がない。なんとしても、ヴェガの行く手を防ぐんだ!」
「なんとかやってみます……」
ザッという音とともに、通信が切れた。
シエスタは、通信をショート・メッセージに切り替える。
『クラッキング・キーウィは使えるか?』
『使えますが、敵も2機。こちらも2機です。失敗したら、ヴェガを足止めできません……アマラ少尉がいれば』
『なんとかして、アマラ少尉に通信を試みてくれ』
『了解』
チーム・アマリの連携も相当なものである。
今まで何度もの出撃をしても、全員無事に帰投してきていた。
とくにアマラ少尉は、機体の制動についても一流だったし、攻撃にもセンスが現れていた。
しかし、彼は今どこにいるのだろう……?
彼が、タージ基地からそれほど離れたところにいるとは思われない。
しかし、通信が通じない。
ジェマナイは、部分的にサテライト群をクラッキングしているのだろうか……
斎賀には劣ると言っても、ジェマナイはジェマナイでプロフェッショナルである。
制空権がいつ相手方に移ってもおかしくない。
シエスタは、コンソールで今現在のサテライト群のハッキング情報を検索する。
ん? 今現在、制空権は統合戦線とイラクの側にあるようだが……???
──
実は、ジェマナイには奥の手があった。
実は、ジェマナイは統合軍のNooSについても、ある程度事前情報を得ていたのである。
NooSとは、統合軍側のネオスによるクラウド情報、そしてジェマナイの情報を参照して、最適の戦術を導き出すAIである。
だとすれば、ジェマナイのAIネットに欺瞞情報を流せば、敵の精確な判断を防ぐことができる。
ジェマナイはそうした。
味方の連携を度外視して、ジェマナイのAIネットに欺瞞情報を流したのである。
だから、統合軍のNooSには、事実とは異なる情報が流されていたことになる。
アマラ少尉は、今その欺瞞情報に翻弄されていた。
──
アマラ少尉は、敵のタルタロス部隊が早くも前線に復帰した、という欺瞞情報を与えられていた。
そして、バグダッドの東方5マイル圏内を哨戒飛行していた。
しかし、そのどこにも敵ビッグマンはいない。
アマラ少尉は焦っていた。
(くそっ! 俺は今回死亡フラグも立てていないというのに!)
アマラ少尉は、シエスタ機に通信を試みる。
通信は妨害されて、通じない。
数秒ほどの時差だった。
アマラ少尉は、今レファイン=ヴァルデスとネラがタージ基地に迫っていることを知らない。
ひたすら、バグダッド市街地の東部を飛行している。
「アレーテ中尉、アレーテ中尉。どうやら、自分は味方からはぐれてしまったようです。現在地をお知らせ願います」
そんな通信をする。
しかし、その通信は「ザッ」というノイズにかき消される。
「なんだ、これは? 今度こそ死亡フラグかっ!?」
と、アマラ少尉は危機感に襲われた。
自分だけが、敵も味方もいない空白領域を飛行している。
(こんな状況では、敵の攻撃にはなされるがままだ! 味方の防御は成功しない! アレーテ中尉やフィオリヒト少尉もこんな状況だったら!?)
アマラ少尉は戦慄する。
イングレスαの飛行速度は速い。
数秒あれば、数キロメートル圏内を飛行してしまう。
それが、イングレスαの強みでもあり、弱点でもあるのだ。
アマラ少尉は恐れた。
自分だけが孤立してしまったのだとしたら……???!
アマラ少尉は、ふたたびタージ基地へ向けて舵を切った。
今は、一刻でも早く味方と合流しなくてはいけない。
サテライト群へのハッキング圏内を離れれば、味方とショート・メッセージでの通信も可能だろう。
『アレーテ中尉。こちらは、今単独で飛行中。敵は発見できていません。中尉は、敵ビッグマンと会敵しましたか?』
同じメッセージを、なんども送信する。
しかし、返信は返ってこなかった。
アマラ少尉は、額に冷や汗をかいた。
今度こそは、自分の終わりかもしれないと思いながら……
次章に続きます。




