178.ダグラス・ボワテ大佐
ユーランディアをめぐって。
シエスタは、作戦室のなかに入って、ダグラス・ボワテ大佐の執務机のほうへと歩いていった。
その机の前では、今まさにユーランディアが叱責されている。
──「勝手なことをするな、命令に従え」という型通りの指示である。
ユーランディアはうなだている……と思いきや、毅然とした表情をしていた。
やや不遜だな、とシエスタは思う。
そこに、つかつかと歩み寄るシエスタ。
ダグラス・ボワテに一言言ってやろうと言うのである。
こんな真夜中の出撃を今後も強いられるようでは困る、と。
日中には日中の作戦があるのだ。
もし、深夜の作戦が長引けば、翌日以降の作戦に支障が出る。
深夜の待機組の人員をもっと増やしても良いはずなのだ。
シエスタは、しばらくの間叱責されるユーランディアのことを見つめていた。
もちろん、ユーランディアのほうでも、自分が救われたのはシエスタたちのおかげだ、という意識はあるはずだった。
しかし、どんな言い訳をするのだろう……命令無視をした、ということに対して。
敵のタルタロス3体は、シエスタたちの攻撃によって無力化できた。
今ごろは、ジェマナイの回収部隊が動いていることだろう。
今朝には、敵の前進基地であるセラフィスに戻る。
そして、再び出撃してくるのは、明日のことだろうか、明後日のことだろうか。
統合軍は、ジェマナイの補修部隊について、今ひとつ把握しきれていない。
今までは、ビッグマンを1体破壊すれば、その機体が次に出撃してくるのはおよそ3日後のことだった。
しかし、敵の前進基地も装備を充実させてきているだろう。
ライジングアースがバグダッドに戻るまで、一刻でも早い方が良いのだ。
でなければ、早晩バグダッドはジェマナイの手に落とされてしまう……
ユーランディアは哨戒行動に出撃中だったこともあり、ライジングアースの現在地というものを知っていたが、仮眠中だったシエスタはそのことを知らない。
今、ライジングアースはエチオピアの上空、あるいはサウジアラビアの上空にいるのである。
刻々と、こちらに向かってきている。
しかし、だからと言って、シエスタにとっては何だったろうか。
そこに、斎賀はいないのである。
セラフィアという新たなコパイロットについて、シエスタは懐疑の念だけを抱いていた。
ミューナイトは斎賀とともに行動してこそ、真価を発揮できる。
そういう確信があった。
その確信が証明されるのは、もっとずっと後のことである……
しかし、この時、この場でも、シエスタの確信にはしっかりとした証拠がある。
「ボワテ大佐……そのへんにしておいてはいかがでしょうか?」
と、シエスタは切り出す。
ユーランディアがこちらを向いた。……驚いた、という表情である。
シエスタは、
「ユーランディア少尉はよくやりました。いち早く、敵の奇襲に気づいたのです。それが一瞬でも遅れていたら、バグダッドは火の海になっていたかもしれません。命令無視をとがめるのは、いささか勇み足ではないでしょうか……」
ボワテ大佐は無言だ。
シエスタは、一瞬息を飲む。
ユーランディアは、シエスタの目をじっと見つめた。
自分の命を助けられた、その恩人の目を見つめる目である。
シエスタは頬をかく。
「アレーテ中尉。貴官が、このユーランディア少尉に同情するのは、理解もできるが、いささか遺憾だ。彼は、命令系統を逸脱した」
と、ボワテ大佐。
「ですが、敵のタルタロスは撃破できました」
「それは、君の働きによってだが……」
「わたし、ではありません。わたしとアマラ少尉、フィオリヒト少尉によってです」
「同じこと、ではないかね? 君は次期のチーム・アマリのリーダーだ」
「ですからです。わたしたちは、チームで行動しなければ成果を得ることはできません。そこには、ユーランディア少尉も含まれているのです」
「命令無視の少尉が、かね?」
ボワテ大佐は厳しい。
今度は、ユーランディア自身もうなだれていた。
ボワテ大佐を前にしてうなだれたのではない、シエスタを前にしてうなだれたのだ。
「わたしは……とんでもない過ちを犯したのかもしれません」
ぽつりとつぶやく。
シエスタもボワテ大佐も、その言葉を冷静に見守った。
「敵のタルタロスは、ジェマナイのなかでも未熟な部隊が率いています。わたしは、わたしなら彼らに対抗できると思ってしまったのです……。未熟でした」
ユーランディアがゆっくりと話す。
「アレーテ中尉らを待つべきでした。命令違反の罰は、なんでも受ける所存です。どうか、わたしを罰してください」
今では、殊勝に言うユーランディア。
しかし、シエスタの考えも、ボワテ大佐の今の考えも違っていた。
「いや、良い。君にはしばらく謹慎してもらうことになるが、降格ということはない」
「あんたは、わたしたちにとっては貴重な戦力だからね」
と、ボワテ大佐とシエスタが言う。
その言葉に、ユーランディアははっとしたようだった。
今さらのように、チーム・プレイということを思い知ったのだ。
彼らは、自分を叱責するだけの人間ではなかった。
自分は、今まではミューナイトの意向に沿うことだけを考えてきた。
しかし、これからはそうではない。
チーム・アマリという大きな枠組みのなかで、戦っていかなければならないのだ。
そう……思った瞬間だった。
ユーランディアは、涙を流す。ネオスにも関わらず。
それは、悔し涙であっただろう。自分の至らなさに対する。
それを、シエスタもダグラス・ボワテも見守っていた。
「下がり給え。君には。24時間の謹慎を言い渡す。その間、じっくり反省してくれれば良い」
ダグラス・ボワテは手を振った。
それを、シエスタも見つめている。
ユーランディア少尉は敬礼した。
敬礼して、下がる。
シエスタは、ユーランディアの悔悟と、ボワテ大佐の寛容を見て取った。
これ以上、言うべきことはないだろう。
立ち去るユーランディアの後姿を見守る。
(今回の作戦は、失敗ではなかった。一応の成功だった。それを大佐も熟知している……)
そんなことを、胸のなかで思う。
そして、ダグラス・ボワテに向き合った。
「彼のことはあれで良いのですが……」
と、切り出す。
「深夜組をもう少し増やしてもらえませんか? チーム・ンデゲかチーム・キアリを深夜に回すとか……」
「そうだな。それも考えよう」
ダグラス・ボワテは、慎重に答える。
今、バグダッドの制空権は統合戦線が握っている。
とは言え、ジェマナイの空軍力は手ごわい。
なにしろ、12体のビッグマンが所属しているのだ。
今回、3体のビッグマンを破壊しても、依然として9体のビッグマンが残っている。
今回破壊したタルタロスが復帰してくるのも、せいぜい明日か明後日だろう。
ライジングアースは間もなく到着するが、QR‐Xの支援がなければ、それによる防備も覚束ない。
自分は今、シエスタ・アレーテ中尉、ユーランディア少尉、ミューナイト少尉、セラフィア少佐……彼らの最善の努力を期待しなくてはいけないのである。戦力は、依然としてぎりぎりだ。しかも、敵は再びブラックスワーンダーを出撃させてきている。あの、大型のビッグマンを。
自分は今、事務仕事をメインにしているが、可能であれば再び前線に立ちたいくらいだ。
ダグラス・ボワテもまた、情熱を燃焼させていた。
自分は、今は部下たちの最善の成果を期待する意外にはないのだ。
これが、指揮官としての自分の役割であり、役目である。
「アレーテ中尉、下がりたまえ。今夜のうちに、明日以降の作戦の概要を整えておく……」
ダグラス・ボワテは、ため息をつきながら言った。
「了解しました。よろしくお願いします!」
シエスタ・アレーテは敬礼した。
そこには、すでにダグラス・ボワテにたいする敬意が取り戻されていた。
ボワテ大佐は有能な上司です、オバデレ准将とは別の意味で。




