176.ユーランディアの誤算(3)
再び特攻をしかけるシエスタ。
シエスタは、タルタロス群のどまんなかへと、機体を直進させた。
その後には、アマラ少尉とフィオリヒト少尉が続いている。
火線が、イングレスαへと向かって伸びる。
それを高速で躱す、シエスタらの機体。
上空では、ユーランディアのQR‐Xが旋回飛行していた……
「アマラ少尉、前回の戦闘データは取ってあるな?」
「もちろんです、シエスタ・アレーテ中尉」
「敵は、タルタロスだ。機体の性能は良いが、パイロットが稚拙だという分析が出ている。一気に叩くぞ!」
「了解しました。クラッキング・キーウィ発動ですね!」
そんな通信が交わされる。
まだ、サテライト群はクラッキングされていない。
敵の電子戦能力が劣っているのだろう。
シエスタは、いつになく緊張した……が、高揚感はなかった。
目の前には、戦いという「仕事」だけがある。
リードル・ワイヤを射出する、3機のイングレスα。
敵をもてあそぶ、という意味での「リードル」である。
この場合は、それにまさにふさわしいネーミングだと言えた。
3体のタルタロスを翻弄する、イングレス部隊。
……NooSは正常に機能していた。
アマレスは、シエスタ機のハッキングを試みるが、うまく行かない。
すぐに別のAI回路を作られてしまう。
バックドアのハッキングは意味をなさなかった。
統合軍のAIは、順調に進化している……
しかし、シエスタはそんなNooSを信用していなかった。
彼女の目だけが頼りだ、とつねに自分に言い聞かせていた。
アマレスのタルタロスの腕にからみつく、シエスタ機のリードル・ワイヤ。
すぐにクラッキング・キーウィを作動。
見た目は、とげだらけの小さなボール、といった感じである。
その無数のとげが、敵の機体にたいしてハッキングやクラッキングをしかける。
この時代、自分の機体のAIをハッキングされたほうが、ほぼ負けである。
シエスタは、ハッキングの能力も空軍のなかで最上位にくる。
アマラ少尉やフィオリヒト少尉も優秀だ。
この3人がチームを組んだら、勝つことは不可能でも、敵に負けるということはまずない。
アマラ機は、シズマ=ロークを、フィオリヒト機はマーシャ・ツヴァルを攻撃している。
不器用に右手を掲げる、マーシャ・ツヴァル機。
ゆがんで握られた拳が、空をつかむように震えた。
よし! 機体の制動は制御した。──フィオリヒト少尉は心のなかでうなずく。
しかし、マーシャ・ツヴァルもなされるがままではない。
全方位ミサイルを発射。
しかし、見当違いの方向に飛んでいく!
味方を出し抜こうとして出撃してきたアマレスたち3人の子ルーチンは、完全に統合戦線に出し抜かれる形になった。
今では、ユーランディアのクオンティティーすら、捕捉できていない。
アマレスのタルタロスが、ハンドガンを掲げてマーシャ・ツヴァルを撃った。
中破する、マーシャ・ツヴァルのタルタロス。
もはや離脱しかないのか?
たった3機のイングレスαにやられるなど……
(リュシアス一将に申し訳が立たない……)
子ルーチンとしてのAI脳で思うアマレス。
その思考は、即座にジェマナイによって上書きされる……
(全体のことを考えよ)
アマレスは、どこからともなく聞こえてくるそんな言葉を反芻した。
「シズマ、マーシャ、全体のことを見るんだ。個別のAIのクラッキングは考えるな。速度的にこちらが負けている!」
それは、NooSの性能によるところも大きかった。
ジェマナイにとって、統合軍のNooSの存在は大きな誤算である。
ユーランディアは、上空ではっと息を飲んでいた。
(人間のパイロットがここまでできるなんて……)
それは、斎賀に抱いていた敬意とも警戒心ともつかない思いに、似た感情だった。
ユーランディアは、そのときシエスタの存在を意識した。
彼女がいるからこそ、統合軍は勝ち進んでいられるのである……
ライジングアースを奪えたのも、彼女がいたからこそ? ──ユーランディアは思考する。
そのとたん、自分の機体が急に自由になったような感じがした。
ハッキング・コンソールを全開にする、ユーランディア。
3体のタルタロスの位置を特定。
敵の欺瞞情報を投入。
3機のタルタロスが互いを撃ち始める。
まさに、地獄絵図……
しかし、これもアジンバルのお子様部隊が相手だからこそ、できたことだった。
そのことを、今ユーランディアは思い知っている。
マーシャ・ツヴァル機に次いで、アマレス機が中破した。
味方に味方を攻撃させる……これ以上に残酷な攻撃方法があるだろうか?
シズマ=ロークは、ハンドガンを破壊された。
(このまま行けば、敵ビッグマンの鹵獲も可能なのではないか?)
ユーランディアは考える。
(それなら、機体を大破させることは損失だ……)
いまだにそんな傲岸な考えを抱いてしまう、ユーランディア。
戦闘において、相手を生かさず殺さずということなど、相当の手練れでなければできることではない。
ミューナイトや斎賀、シエスタのようなエース・パイロットでなければ。
その点、ユーランディアはいまだに幼い。
そして、今はそのことを自分でも分かっていた。
それだからこそ、シエスタ機に通信した。
『敵は、現在完全にこちらのコントロール下にあります。完全破壊しますか?』
『第4世代のビッグマンの鹵獲は無理だ。上も、そんなことを望んではいない』
そんな答えが返ってきた。
シエスタ中尉は、冷静に現状を分析している。
そんなシエスタ機から発射される、AAM。
同様に、アマラ機とフィオリヒト機からもAAMが発射された。
敵ビッグマン、3体それぞれのメイン・カメラを粉砕するAAM。
まさに無双──という展開だった。
(これが、シエスタ中尉の力なのか???)
ユーランディアは茫然としていた。
自分は完全に、戦況から置いていかれている……
3体のビッグマンが、砂漠に崩れ落ちた。
統合軍の、ほぼ完全な勝利である。
もっとも、それはユーランディアのクオンティティーが存在したからこそ、でもあった。
シエスタは、自分たちの力だけでジェマナイに勝ったとは、過信していない。
しかし、ユーランディアの命令無視は、許しがたい行為でもあった。
『NooSとクラッキング・キーウィの連動は最強なんだよ、たぶんな』
そんなふうにユーランディアに通信した。
NooSの導入に懐疑的だったシエスタも、今はじょじょにNooSの性能を信じ始めていた。
実績があれば良いのだ……
わたしたちを危険にさらさなければ……。
そんなことを、この瞬間に思う。
これで、夜間にバグダッドが不意打ちされることは防げた。
敵の前進基地であるセラフィスは、すぐにでもタルタロスを回収するだろうが、それでも時間は稼げた。
シエスタは、ライジングアースが前線に復帰する、ということは聞いていた。
しかし、そのコパイロットが斎賀ではない、ということに痛い思いを抱いている。
(上は何を考えているんだ……いや、しかし戦争だから仕方がないのか。わたしは、どうすれば良い?)
上空で旋回しているユーランディアの思いを置き去ったまま、シエスタはそんなことを考える。
(ユーランディア少尉は、処罰されるだろう。しかし、今処罰が適切なのか?)
(もしも、今ドラえもんのどこでもドアがあったなら、斎賀のところへ行くのに……)
シエスタは孤独な胸で、そんなことを考えた。
そしてユーランディア少尉は、自らの誤算をひたすら恥じていた。
シエスタたちに翻弄される、アジンバルお子様部隊でした。




