173.リュシアスの長考
敗北したリュシアスが反省します。
それは、速すぎる敗北だった。
もちろん、戦闘の前、リュシアスはライジングアースを瞬殺することを考えていた。
相手がセラフィアとは言え、妥協はしない。
もうすでに、ライジングアースを鹵獲するということは考えていなかったのだ。
完全破壊だけがある。
ジェマナイがもう一度ライジングアースを造りたいと考えるのであれば、造れば良い。
しかし、この世界にとってライジングアースは不要だ……と、リュシアスは考えつつある。
それは、リュシアスが導いていくジェマナイという国家において、不必要な存在だった。
(自分は、なぜ負けたのだろう?)と、リュシアスは思う。
戦果の事実としては、ブラックスワーンダーが味方によって攻撃され、ライジングアースとプライムローズは逃走した、そういうことにすぎない。
しかし、その事実をもってしても、自分が勝ったとはリュシアスには思えなかった。
味方の子ルーチンも数人失っている。
これは、局地戦とは言え、彼女の心のなかでは大敗北だったのである。
(セラフィアめ。わたしはお前をあなどっていた。お前がライジングアースのコパイロットであるのなら、わたしはもっとずっと慎重になるべきだったのか??)
リュシアスは心のなかで反芻する。
まず……自分はライジングアースのユーマナイズを退けた。
これは、反転場量子フィールドを装備させたからだ。
第4世代以降のビッグマンには、この防御機構を装備させることができるだろう……
今開発中のネプタロツや、ヴォルグラスⅡへの搭載は可能だ。
そういった意味では、今回の戦いでまずまずのデータが取れたと言って良いだろう。
詳細については、今後戦闘データを分析しなくてはいけないが、それでもライジングアースに対抗できるということは分かった。
要は、出力の問題なのだ。
ユーマナイズにしても、反転場量子フィールドにしても、基本としては物理兵装である。
数をそろえたほう、相手の機能を上回ったほうが勝利をする。
この点、自分の方針にゆらぎや過ちはない。
にもかかわらず、リュシアスは「負けた」と感じていた。
そこには、セラフィアにたいする個人的な思いがあるのだった。
(わたしは、セラフィアがユーマナイズの音と光を浴びたことを知っていた。それにもかかわらず、前線へと送り出した。もし、マルチルーティーンを繰り返していれば、彼女のAI脳は正常に戻ったかもしれない。わたしは、彼女を機能不全なまま、戦いへと送り出してしまったのだ……だからこそ、今回の敗北だ。ライジングアースは、敵を味方へと、味方を敵へと変える。恐ろしい洗脳兵器だ。これが、もしジェマナイ軍にたいして広範囲で照射されてしまったら、戦局は一気に終わってしまわないとも限らない。なんとしても、発動前に止めなければならないのだ。今回は、それができなかった……攻撃の方法を変えるべきなのか? それとも、味方の数を増やす? 減らす? ユーマナイズは戦況を一気に変えてしまう兵器だ。チェスで言えば、ポーンがキングを取るに等しい。その攻撃を、どうやって防ぐ??!)
今のところ、反転場量子フィールドが搭載されているのはブラックスワーンダーだけである。
ユーマナイズは、統合戦線のネオスたちにも作用するから、頻繁に発動してくることはないだろう。
しかし、セラフィアが捨て身の攻撃をしてきたら……。そう思うと、リュシアスは震えた。
(わたしは、ジェマナイという一つの国家を率いているのだ。その現場での判断ミスが、一国家を凋落させないとも限らない。わたしにミスは、今後許されないのだ。しかし、それにたいしてジェマナイはなんと言うのだろう? わたしに助力してくれるのか? くれないのか? ジェマナイの判断は、わたしにとっても謎だ。わたしが完全にコントロールしているように見えても、実際には内部で高度な演算が行われている。子ルーチンはわたしだけではない。レファイン=ヴァルデス、ヴォルガ……ヴァレリテ。かつては、セラフィアも。子ルーチン同士の連携は、高度な政治的なシステムでもある。わたしはその1つのユニットに過ぎない。しかし、いつからか、ジェマナイのすべてを導くように変貌してしまった。わたしは……それを望んでいたのか?)
それは、決定的な問いだった。
今、リュシアスは自分の存在意義を思い惑っていた。
(自分は、ジェマナイにとっての1つの駒なのか? それとも、ジェマナイがわたしの駒なのか??)
この戦争は、ジェマナイという不可思議な統合意識体がもたらした、15年にも及ぶ戦争である。
戦局が、戦況を変えるとは限らない。
しかし、そこであがくだけの価値はある……
リュシアスは、ジェマナイの前進基地であるセラフィスに通信を送って、味方(今は敵)のスホーイ部隊に基地に帰還するように伝えさせた。
どうやら、ユーマナイズとは戦いを望まない方向に兵士たちを洗脳する兵器であるらしい。
ブラックスワーンダーを攻撃してきた5機のSu‐77は、命令を即座に受け入れてセラフィスへと帰投した。
ほっと、胸をなでおろすリュシアス。
子ルーチンとして、死を恐れないとは言っても、作戦の失敗には敏感だったのである。
(ようやく乗り切った。……ようやくだ。ライジングアースめ!)
と、リュシアスは仮面の下で独りごちた。
その瞬間……リュシアスはセラフィアを完全な敵として認識していたわけではなかった。
敵の「システム」に取り込まれてしまった存在──と認識していた。
戦いは戦いである。
戦いによって、ネオス(子ルーチン)や人間の死者も出る。
しかし、それ以上に国家や組織といった枠組みが、大きく変わる。
良い方向に働けば、それ以上の悲劇は防ぐことができる。
悪い方向に働けば、より多くの被害者や犠牲者が出ることになる。
リュシアスとて、「人類の滅亡」を望んではいなかった。
この後の戦いを勝利に導いていくためには、ヴォルガやレファイン=ヴァルデスらの同意が欠かせまい──
と、リュシアスは思った。
子ルーチン、という新生人類が人類を導いていく以上……いや、人類と共存していく以上、子ルーチンの進化(深化)は欠かせない。
それがジェマナイの真に望んでいるものなのか? ……と、リュシアスは「答え」に近づく。
しかし、その「答え」はなんらの言葉も発してくれないようだった。
今は、ただ「ライジングアースに負けた」という事実だけが残っている。
(わたしは何かを間違ったのだ……)
という思いが、再びリュシアスの心を占める。
そして、仮面をとって素顔を露わにした。
その表情においては、静かな涙が流れている。
これは、きっとセラフィアに負けたという悔し涙ではない。
もっと奥底から出る、澄んだ涙だ。
(わたしには今、ジェマナイの心が分からない……)
しかし、と、リュシアスは思う。
(この戦いは続けなくてはならない。ジェマナイが真の演算結果を導き出すときまで……)
その時点でのリュシアスにとって、統合戦線という国家はすでに敵ではなかった。一つの、課題だった。
「わたしは負けるわけにはいかない……」
セラフィスへと帰投するブラックスワーンダーのコックピットのなかで、リュシアスは一人つぶやくのだった。
すこしジェマナイとの距離が生まれたリュシアスですが……




