168.前進基地セラフィスにて
ジェマナイが作戦を練ります。
リュシアスは今、ジェマナイの前進基地セラフィスに滞在していた。
ブラックスワーンダーとともにである。
すでに、バグダッドへの1回の攻撃にも参加した。
部下たち、レファイン=ヴァルデス三将やヴァレリテ一佐らとブリーフィングも行った。
ジェマナイで、作戦会議が開かれるのは珍しい。
ただ、そのブリーフィングはレファイン=ヴァルデス三将から言い出してきたことだった……
三将は今、バグダッドを劣化ウラン弾で攻撃することに疑問を感じている。
そこへと、リュシアス一将自らが乗り込んできた。
その真意を確かめなければ、と思ったのである。
「一将、これはジェマナイ自らが提言してきた作戦なのでしょうか? 自分は疑問を感じるのです」
と、子ルーチンとしての鋭い勘で、レファイン=ヴァルデスは尋ねてくる。
「そうだが、どこかに疑問の余地があるのか?」
「はい。実は……わたしは劣化ウラン弾を使用することにためらいを感じています。バグダッドを死の街にしてしまってはいけない、と思っているからです。しかし、ジェマナイからのマザー・ルーティーンがありません。自分は本当にジェマナイの意向に反しているのか、と疑問に思ったのです。同じようなことを考えている者は、他にもいます。この作戦は一将が独自に……」
「わたしが独自に、ではない。礼拝堂でジェマナイの裁可を受けた。ジェマナイは、多少の犠牲はいとわないという意向だ」
「そうでしたか。しかし、どの程度の犠牲を想定しているのでしょう?」
「それは……全人口の20%だな。それ以上の犠牲は、ジェマナイも望んではいない」
リュシアスが答える。
「なるほど、そこまで具体的な数値が出ていたのですか? しかし……」
と、レファイン=ヴァルデスは言い募る。
「自分は、なるべく劣化ウラン弾は使用したくないのですが……」
それは、もっともな言葉であるとも思えた。
戦争をしているからと言って、すべての兵士が非道を働きたいわけではない。
いや、そんな兵士はむしろ少ないだろう。
リュシアスは、前日の出撃において、バグダッドの陸軍基地に劣化ウラン弾を撃ち込んでいた。
それで、前日比での敵のダメージは20%以上も上がった。
アジンバル公国へ出向しているアマレス、シズマ=ローク、マーシャ・ツヴァルの3人は手放しでそれを讃えた。
その浮ついた様子に、その場にいた誰もが顔をしかめる。
しかし、当のリュシアスの表情は仮面の下で分からなかった。
「自分を信用できない、……と、貴官は言うか?」
リュシアスは、レファイン=ヴァルデスを真っ直ぐに見て言った。
「そうではありません。しかし、その仮面の下の素顔では、信のおけないという者も出てくるでしょう」
それは、レファイン=ヴァルデスにしても苦渋の言葉だった。
「戦果でそれを証明するわけには、いかないかな?」
「それは可能でしょう。しかし、バグダッドをこれ以上破壊することは、やはりお考え直しになったほうが良いでしょう」
「それは、考えておこう」
リュシアスは、それだけで言葉を切った。
レファイン=ヴァルデスも、頭を下げる。
それは、ジェマナイにおいては些細な亀裂だったろうか?
レファイン=ヴァルデスには分からなかった。
リュシアスの実力は、彼も十分に分かっている。
政治的な能力も。
しかし、セヴァストポリ戦から間をあけずにバグダッドを攻撃する、それが本当に正しかったのか、この膠着した戦線を見ていると分からなくなってくるのだった。
「レファイン=ヴァルデス三将、コーヒーでも飲まないか?」
リュシアスは声をかけた。
「良いですね。いただきましょう。皆もどうか?」
レファイン=ヴァルデスは、ヴァレリテやネラの顔を見る。
ヴァーヴ二尉は、すでにトムスクへと帰還していた。
そのほかにも、ヴォルガ二将やセラフィア三将……この戦場から立ち去った者は多い。
ジェマナイ陸軍にも大きな被害が出ている。
レファイン=ヴァルデスは、この一戦が終わったらリュシアスは失脚するのではないか、と恐れた。
もしもそうなれば、ジェマナイの政体は一気に崩れることになりかねない。
「リュシアス一将、ライジングアースは出てきますか?」
レファイン=ヴァルデスは、再び尋ねる。
「もしもライジングアースが出てきたら、自分たちもセラフィア三将のように敵に寝返らないとも限らないでしょう」
それどころか、自らの命を絶ってしまう可能性すらあるのだ。
今夜のコーヒーが、それを償ってくれるとはとても思えなかった。
(リュシアス様は、無理な作戦をしている。量子かく乱フィールドだけで、ユーマナイズをはたして防げるのだろうか? ライジングアースが再び前線に投入されるのも、もうじきだ……)
「ああ、出てくる。ブラックスワーンダーには反転場量子フィールドが装備されているが……できれば、ライジングアースはこの手でしとめたい。そのために出てきたのだ」
「はい。それは了解しております」
リュシアスは、仮面を外してコーヒーを口に運んだ。
その目を、レファイン=ヴァルデスはまっすぐに見つめる。
「あなたには勝算があるのですね?」
「ああ。ある……だから来た」
そのとき、前進基地の外で雷鳴が鳴った。
バグダッドには珍しい雨である。
それは不吉な予感にも、吉兆にもレファイン=ヴァルデスには思われた。
アジンバルへの出向部隊、アマレス、シズマ=ローク、マーシャ・ツヴァルの3人が何か話しこんでいる。
不快だ……と、レファイン=ヴァルデスは思う。
彼らの戦いは正当ではない。
もし、リュシアス一将が彼らのような戦いをするのであれば、彼はリュシアスを軽蔑するであろう。
なにか、ジェマナイの作戦にひびが入ったように、レファイン=ヴァルデスには思われた。
かたりと、コーヒーの入った紙コップをテーブルに置く。
「リュシアス一将。戦略・戦術長官であるあなたが出てくる戦い。ただごとではないと、わたしは思っています。しかし……ジェマナイをダメにしてしまうような戦いを、わたしは望んでいません」
それは、戦力的に劣るヴェガ部隊を率いているレファイン=ヴァルデスにとっては、当然の心配だった。
部下たちを、無駄死にさせるようなことはすまい、という覚悟の現れである。
そのためであれば、上官にたいしても牙を剥く。
そんな覚悟が、レファイン=ヴァルデスにはあった。
それに対してリュシアスは……
一瞬の間。
「今、ジェマナイからの通信があった。ライジングアースは、今エチオピアの上空にいる」
「エチオピアの?」
「そうだ。わたしは、今から出撃する。貴官たちは、バグダッドの攻略に全力を尽くしてくれ。ライジングアースは、なんとしてもわたしがとどめる」
「そうですか……」
レファイン=ヴァルデスは、ふたたび頭を下げた。
そして、コーヒーをすする。
リュシアス一将にそれだけの覚悟があれば、良いのだ。
前線にいる自分たちは、忌憚なく戦うことができる。
たとえユーマナイズを浴びたとしても、自分の属する陣営が変わるだけだ。
あるいは、死を迎えるだけだ。
ネオス(子ルーチン)は、自分の生死にたいする執着が、人間よりも少ない。
すべては、戦況と国家のためにあるのだ。
「了解しました。我々は、朝一でバグダッドへの攻勢をかけます。一将は、ライジングアースを必ず討ち取ってください」
不遜とも言える口調で、レファイン=ヴァルデスは言うのだった。
リュシアスはうなずき、再び仮面をもとの位置に戻した。
アマレス、シズマ=ローク、マーシャ・ツヴァルの3人は、感嘆のため息をもらした。
レファイン=ヴァルデス




