167.希望の落日
ヴェガ部隊と交戦するシエスタたち。
シエスタは絶句した。──ライジングアースのコパイロットが斎賀じゃない??!
しかし、ボワテ大佐の言葉は、冷酷にそのことを告げていた。
「近々、ライジングアースが戦線に復帰することになった。それによって、ジェマナイの攻勢も激しくなるだろうことが予想される。ちなみに、ライジングアースのパイロットとコパイロットは、空軍のミューナイト少尉およびセラフィア少佐が務める。わが軍が鹵獲したプライムローズという機体には、空軍のダレンザグ中尉が搭乗する」
「待ってください、大佐! サイガはどうなったんです? サイガはアルスレーテにいるのですか?」
「サイガ中尉は……依然としてMIAだ。中尉。君の心配も分かるが……すべては上の決定だ」
「そんな! サイガの生死も分からないなんて……」
シエスタは、思わず掌で顔を覆う。
隣にいたアマリ少尉が、シエスタの肩に手をかけた。
フィオリヒト少尉は、何とも言えない表情をしている。
「我々空軍は、ライジングアースと連携しての防衛作戦を継続する。戦況は、ライジングアースの合流によって我々に有利に働くだろう。敵ビッグマンの鹵獲も視野に入れておいてほしい」
また型通りのことを言う! と、シエスタは思う。
敵ビッグマンの鹵獲?
我々は海賊か?
いい加減、統合戦線はロボを自主生産すれば良い。
我々現場の人間だけが、過酷な任務を課せられる。
ビッグマン1体は、巡洋艦1隻ほどの戦闘力を誇っているんだぞ?
それにたいして、これ以上どう戦えって言うんだ!
どこにもぶつけようのない思いが、シエスタの胸にうずまいた。
アマラ少尉は言った。
「サイガ中尉のことは、残念です。ですが、我々も懸命に捜索している。我々は戦線のことだけ考えないと……」
「考えているさ、戦線のことだけを! だけど、サイガは還らないんだぞ!?」
シエスタは怒りをぶつける。
「中尉の怒りはわかります。統合軍は、無責任だ。あれだけ功績のあった人を……」
ただ、アマラ少尉の考えていることは、シエスタとは違っていた。
少尉は、すでに斎賀は物故していると考えていたのである。
その功績を棚上げしておくというのが、少尉には腑に落ちなかったのである。
──
ブリーフィングは終わる。
シエスタらは、イングレスαに乗り込む。
また、いつものような戦争が待っている。
シエスタは、ヘルメットの奥で唇をかみしめた。
厚く塗られた口紅が、舌の先に付着する。
マーシャラーが手信号で、シエスタ機の誘導をしている。
「行くさ! 行くとも!」と、シエスタは小さくつぶやいた。
急加速して、空中に飛び立つシエスタのイングレスα。
直に、アマラ少尉の機体が彼女に合流した。
これから、バグダッドの東へと向かう。
──
今、バグダッド戦線には12体のビッグマンが展開している。
第2世代のヴェガが2体。第3世代のヴェガⅡが4体。第4世代のタルタロスが3体。そのほかに、第2.5世代と第3世代のノルニール、リントヴルム、サロメ。
狙うなら、第2世代のヴェガだ。
そのほかの機体は、防衛性能も攻撃性能も、ヴェガより優れている。
まずは、敵の行動半径を縮小させること。
それによって、敵をその前進基地に押しとどめること。
そのあとは、NooSを搭載した巡航ミサイルによって基地ごと攻撃すれば良い。
わたしたちは、まずは前線に出てくる敵ビッグマンを叩く!
と、シエスタは胸の内で反芻した。
しかし、理屈は理屈である。現実は思うようにはいかない。
視界の端に、2体のヴェガが映る。
シエスタの動体視力は良い。
「アマラ少尉、敵ヴェガを発見した。これより、クラッキング・キーウィによる攻撃に移る!」
「了解です! 今日こそは仕留めましょう!」
アマラ少尉も無線で答えた。
──
やがて、通信は通じなくなるだろう。
ただし、シエスタにも見誤っていることがあった。
旧世代の機体であれば、そのパイロットも低級である、ということにはならないのである。
ヴェガの1体は、ジェマナイのレファイン=ヴァルデス三将が操縦していた。
戦力的に劣る部隊を、精鋭が率いていたのである。
シエスタが攻撃すべきだとしたら、アジンバルのお子様部隊が率いているタルタロス部隊だったろう。
その通りに、シエスタは苦戦を強いられることになる。
シエスタとアマラ少尉は、クラッキング・キーウィを作動させるためにリードル・ワイヤを射出する。
このワイヤは、およそ1~1.5マイルほどの長さがある。
敵ビッグマンのロケットパンチとほぼ同じくらいの射程である。
しかし、旧式のビッグマンであるヴェガにロケットパンチはない。
レファイン=ヴァルデス三将は、ヴェガの機体から全方位ミサイルを撃ってこれに対抗した。
空中の各所で爆炎が上がる。
リードル・ワイヤの先には軌道を制御するジェット・ノズルと、クラッキング用の端末が備えられている。
そこをピンポイントで狙ってくる、敵のミサイル。
シエスタたちは、射出後もリードル・ワイヤの軌道を制御しなくてはならない。
空中で、なんども起こる爆発。
クラッキング・キーウィの本体を破壊されてしまっては、この攻撃は失敗だ。
しかし、敵のヴェガ2体は予想以上にしぶとい。というか、動きが洗練されている。
ヴェガ1体のパイロット、ネラは「わたしは誰? わたしは誰?!」とコックピットのなかで叫んでいた。
ふたたび、戦闘中にマザー・ルーティーンで思考を上書きされている。
それがなされた後の彼女は、無双だった。
先日撃破された上官のヴァーヴよりも、戦闘性能では上回っている。
味方であるはずの、レファイン=ヴァルデス三将の機体を盾にしながら、高速で円軌道を描いて移動する。
そのビッグマンから射出される全方位ミサイル!
アマラ少尉とシエスタの駆るイングレスαのすぐ横をかすめた。
「あっ!」と叫ぶ、シエスタ。
リードル・ワイヤが切断された。
(まさか、ワイヤの射出口を狙ったのか? これは、基地に帰ったらしこたま怒られるな?)
イングレスαは高価な機体である。
当然、その装備品も高価である。
1.5マイルもあるナノ素材のリードル・ワイヤは、そのなかでも突出して高価な装備品だった。
「アマラ少尉、わたしのクラッキング・キーウィがやられた。貴官のほうはどうか?」
「こちらは、まだ無事です。しかし、あのヴェガ2体、異常ですよ? 挙動が他のビッグマンとは違う!」
「そうだな。敵も精鋭なのかもしれない。旧型機と見てあなどっていたが……」
「どうしますか? 一時撤退しますか?」
「まずは、チーム・アマリのリーダーと合流しよう。今、マベナ大尉はどのへんにいる?」
「我々から3マイルほど離れた場所にいます。現在は、タルタロスと交戦中」
「よし、いったん戦域を離脱する。置き土産に、AAMをヴェガに叩き込め!」
「了解!」
シエスタ機とアマラ機のイングレスαが、AAMを射出する。
砂漠の上で停止、あるいは円軌道を描いている敵ビッグマンに、AAMが向かっていく。
ASMほどの破壊力はないが、軌道はこまめに制御できる。
ビッグマンの肩先で、AAMが爆発した。ひるむヴェガ。
その隙に、全速力で離脱。
敵ミサイルの攻撃圏内を離れる。
『さっきは危なかったかもしれないな。アマラ少尉』
シエスタがメッセンジャーで通信する。
『俺も、もう死亡フラグは立てませんって。不吉なことは、金輪際俺もお断りです』
悠長なメッセージが返ってきた。
シエスタは苦笑する。
再び、唇を舐めた。
しかし、それが戦場におけるシエスタの余裕だった。
レファイン=ヴァルデス三将はけっこう強いです。




