165.画面の奥の戦争
アルフレッド王子の章です。
アルフレッド王子はため息をついた。
目の前では、カドリール・ヴァレンタインがにこやかに微笑んでいる。
今──彼は、彼自身の邸宅にいる。
英国から亡命してきた、そのアルスレーテにある邸宅にである。
そんな彼のもとをヴァレンタインが訪ねてくるのは珍しかった。
MVでは、バグダッド戦線の映像が流れていた。
ロケット砲を発射する、ジェマナイの陸軍。
上方に展開するスホーイとオルリヌイ・ルーチ。
バグダッド市街に撃ち込まれる砲弾。
なんとか反撃している、イラク陸軍と空軍、そして統合軍。
戦線は今砂漠に固定されていたが、中距離砲によって日々市街地は爆撃にさらされている。
これでは……バグダッドは持たないのではないか、とアルフレッド王子は思うのである。
「あなたのおっしゃるNooSですが……いささか戦力不足ではないでしょうか?」
と、アルフレッド王子はヴァレンタインに尋ねる。
彼は、海軍に交渉して巡航ミサイルへのNooSの搭載も実現させていた。
彼は、彼なりに政治力を発揮したのである。
であるが、アルフレッド王子は自分の力に自信がない。
思わず、ヴァレンタインに確かめずにはいられなかった。
「いいえ、大丈夫ですよ。王子。戦況は徐々に変化しています。ジェマナイ軍の攻撃をわが軍とイラク軍が押し返しているところです」
「ですが、相手が核を使ったら?」
「それはありません。当方の分析では、ジェマナイは敵国を無傷で手に入れようとしています。これまでのような自爆攻撃もしないでしょう」
「だと良いのですが……いささか不安です」
「あなたは十分に働いてくださっています。統合戦線の政界への進出も間もないでしょう。今は、後ろ盾を確保しておく必要があります」
「RSAITecですか?」
「いいえ、統合軍です」
言って、にやりと微笑んだ。
アルフレッド王子は、その微笑みにぞっとする。
どこか、この男の微笑は油断がならないようなところがある。
こちらの心の奥底の底まで見つめ返してくるような……
「戦争は、わたしはいつでも持久戦だと考えています。こちらにも兵力ではなく、兵装が要るのではありませんか?」
アルフレッド王子は、胸のうちにわだかまっていたことを聞く。
「ですから、NooSがその兵装です。あなたは、まだNooSの真価を十分に分かっておられない?」
反対に、ヴァレンタインが首を傾げながら聞く。
それは、文字通り余裕といった表情だった。
「この後、ライジングアースが戦線に投入されるのですよね? それだけで十分な戦力となり得ますか?」
アルフレッドは、それでもまだ納得がいかないといった調子で尋ねる。
「ライジングアース? ……ああ。戦力としては十分でしょう。ですが、今はサブの武器ですね」
「サブの武器と言いますと?」
「ライジングアースに任せたいのは、味方の援護です。主戦力ではありません」
「あなたは……」
アルフレッドは驚いた。
てっきり、この男はライジングアースやプライムローズを主要な戦力として捉えていると思っていたのである。
なぜなら、王子の考えがそうだからだった。
ライジングアースの元々の搭乗員、そのうちのコパイロットの斎賀が行方不明になっている、というのはアルフレッド王子も知っていた。
しかし、それはジェマナイからの亡命兵によって補完されると言う。
それだけでも不安要素はあった。
そして、プライムローズのパイロットはネオスであるダレンザグ中尉である。
統合戦線の戦力をネオスが占めすぎてはいないか、ということをアルフレッド王子は危惧していた。
それでは、「人間による戦争のコントロール」ということがなくなってしまう。
この男──ヴァレンタインはそのあたりをどう考えているのだろうか?
そんな心中を見透かしたかのように、ヴァレンタインは言う。
「王子の不安は分かります。統合戦線は今、ネオスに多大な戦力を託してしまっている。それは正されなければいけません。しかし、それにはOSの活用が肝となります。NooSを我々人間が統御することによって、戦線はふたたび我々人間の手へと戻るのです」
「その先に、人間の主導する国家というのはあり得ますか?」
「あります」
王子の問いに対して、ヴァレンタインは即答した。
しかし、その返答が真実であるか嘘であるのかは、アルフレッド王子には分からなかった。
彼には、今この戦い、この世界の全体像というものが見えていないのである。
ひらすら戦争に巻き込まれ、政治の世界からも遠ざかりつつある現状、彼は自分と家族の行く末を思って不安になった。
──このままで良いのだろうか? と。
隣室では、弟のリチャードとエドマンドが、無邪気に遊んだり宿題をしたりしているところであった。
そんな家庭的な幸福を、アルフレッドは手放したくはないと思った。
19歳の長男として、彼はこの家を率いていかなくてはならない。
たとえ名門の出であっても、王家の出自であっても、家庭的な幸福というのは、一般的な家庭と異ならない。
争いがなく、会話がある家庭。
そういったものが、常に理想の家庭である。
アルフレッド王子は、今自分が関わっている策謀について、家族や召使たちに相談したことはなかった。
19歳という若い胸で、そのすべてを引き受けている。
その覚悟にたいして、ヴァレンタインの言葉はあまりにも無責任ではないのか? という思いが去来した。
「わたしは、いずれは英王室を再興させねばなりません。それがならなかったとしても、政治家として世界を率いていく覚悟です」
「存じています」
「ですから、この戦争をわたしの破滅への足掛かりにするわけにはいかないのですよ。官僚であるあなたとは違う。わたしには、わたしの立場がある……」
「それも、存じでいます。だからこそ、なのです。この戦争を勝利に導けば、あなたは影なる功労者として、必ず支持してくれる人たちが現れる。そうした、人民の盾というものは心強いものです。簡単なことで失脚はしなくなります」
「あなたは、わたしの失脚のことまで考えているのか?」
アルフレッド王子は、やや不快になって言った。
しかし、ヴァレンタインは、
「これは失礼しました。あなたは、すでに失脚なさった王家の出だ。これ以上の底というのはありますまい。これからは、前だけを見て行動なさって良いのですよ? あなたには『道具』が必要だ」
「それが、あなたの推すNooSですか?」
この時点では、すでにアルフレッド王子は懐疑的になっていた。
NooSを海軍に浸透させよ──そうしたヴァレンタインの要請を、アルフレッドは忠実に実行した。
しかし、バグダッド戦線では今のところ目立った成果を上げてはいない。
NooSとはいったい何なのか? という思いが、アルフレッド王子にもあった。
現OSの秩序を覆す、新しい人工知能による秩序、ということをアルフレッド王子も聞いてはいた。
しかし、その説明はいかにも抽象的である。
一時の熱でそれに肩入れしたとは言え、アルフレッド王子は今自分は道を誤ったのではないか、という疑念にさいなまれていた。
(この男は、戦争をさらに無機的なものにしようとしているのではないか?)
と、アルフレッド王子は思ったのである。
戦争とは、人道の先にありうべきものだった。
決して、人道の失われた先にあるものではない。
そうした考えが、革命で国を追われたアルフレッド王子の胸に宿っている思いだった。
だから、こんなふうに聞いた。
「これからも、NooSを使い続けるのですか? 戦況が好転しないようであれば、わたしはRSAITecでの職を退くかもしれませんよ?」
と。
それに対して、ヴァレンタインはこう簡潔に答えた。
「ええ、かまいません。それが王子のお望みであるのであれば……」
その冷やかさに対して、アルフレッド王子はもう一度戦慄した。
ヴァレンタインに対する思いがゆらいでいます。




