163.ライジングアース、再び
第九部、再開しました。不在の在です。
マリア・オリヴェテは、MVで報道番組を見ていた。
今、「ぶどうの生る季節」に客はまばらである。
彼女も、調理や仕込みの手をとめて、画面に見入っている。
その画面には、イラク戦線の戦争の様子が映し出されていた。
しかし、マリアは気がない様子だ……
破壊される都市。
撃破されるビッグマン。
イラク軍の高射砲部隊が、スホーイを撃ち落とす。
砂漠に吹く風……
しかし、
(イラクなんて守らなくってもいいのに……)
というのが、マリアの感想だった。
それよりも、ジェマナイを直接叩いてしまえば良い……
(それなのに、この国はこんな無意味な戦争をしている)
誰にともなく、そんなふうに胸のうちに言葉をつむぎながら、頬に手を当てていた。
常連のアレクセイ・ブランドがコーヒーをすすっている。
かちゃり、とカップの音を立てた。
そのほかには、ナイマ・ムブガが注文したピッツァを頬張っている。
閑散とした真昼どきである。
すると、突然画面が切り替わった。
画面に現れたのは、統合軍長官であるアマドゥ・カセムである。
マリアは、はっと息を飲む。
穏健派の将軍。
戦争を長引かせている張本人。
──というのが、マリアの認識である。
カセム長官の甘さについては、ウィンストン・エヴリールからいやというほど聞かされている。
緊急報道の場面は、統合軍の広報室のようだった。
アマドゥ・カセムが記者会見を開いているのである。
「実は先の戦闘で、わが軍のロボであるライジングアースが損傷しました……」
と、言葉を継ぎ始める。
「現在、ライジングアースはこのアルスレーテにて修理中です。ですが、修理作業は順調です。今週中には再びバグダッド戦線に投入されるでしょう。そして、良いニュースもあります。こちらは……敵のロボであるプライムローズを、わが軍は鹵獲しました。パイロットであった、ジェマナイの戦術特務三将セラフィア将軍の身柄も確保しています。現在、三将は統合戦線に亡命しており、少佐待遇で空軍に勤務しているところです。今後は、ライジングアースのコパイロットの任にあてられることとなっております……」
言葉は淀みなく流れてくる……
カセム長官は一流の軍人であり、政治家でもあるのだった。
マリアは絶句した。
(また、ネオスが統合戦線に???!)
その怒りは、市民としての怒りだった。
やり場のない、うつろな怒り。
それを誰が受け止めてくれるわけでもない。
(わたしたち市民は、断固戦わなければ!)
いつにも増して、マリアの心は緊張している。
「なお、ライジングアースとプライムローズの連携しての作戦が、今週中にも開始される予定です。これで、バグダッドは敵の手から解放されるでしょう。ジェマナイの暴挙を許してはなりません。我々は、一刻も早くイラク国内からのジェマナイの撤退を企図するものです」
(当り前よ!)
と、マリアは心のなかで叫ぶ。
(イラクなんかにこれ以上関わっていちゃ、いけない。これ以上、国内のネオスを増やしてはいけない。彼らは、悪魔だわ!)
そう、乏しい知識のなかで、自分の理論を展開してみせる。
マリア・オリヴェテにとっては、人間が主体とならない国家などあってはいけないのだった。
ネオスは、人間の職を奪い、人間の倫理観を社会から締め出し、あらたな秩序を作り出す存在のように思えている。
親ネオス主義者も同罪だ。
統合戦線は、一刻でも早くジェマナイを排除すれば良い……核兵器を使ってでも。
統合戦線にある、現在もっとも破壊力のある武器はやはり核弾頭である。
統合戦線は、ジェマナイの使用しているような粒子気化爆弾を所有していない。
技術的なネックがあるのだと、マリア・オリヴェテは聞いて知っていた。
そして、ロボもいない。奪取したライジングアースと鹵獲したプライムローズ以外には。
なにしろ、ロボ(ビッグマン)の核となる、カーネル(カー・ニューマン・ブラックホール)の研究が、統合戦線では進んでいないということだった。
(統合戦線もロボを量産して、人間を乗せて、ジェマナイを叩かなければ……!)
と、マリア・オリヴェテは結論付ける。
(統合軍の科学軍は何をしているんだろう!? 歯がゆい……)
そんなマリアの表情を、ナイマ・ムブガは不安げに見つめた。
「マリアさん、なにか不安そうですね?」
そんなふうに尋ねてくる。
「わたしが? いえ、だってね、戦争っていやでしょう? イラクなんかで戦争をしなければいいのに」
「本当ですね。一刻も早くジェマナイと和解できるといいのですが……」
「いえ、わたしが思っているのは、そういうことではなくってね」
と、会話がかみ合わない。
MVの映像は、ライジングアースとプライムローズの起動訓練の様子に移った。
実写とCGで、ライジングアースとプライムローズの挙動の様子が映し出される。
大量のバルーンを相手に、殲滅行動を取るライジングアース。
パイロットの様子は放映されなかった。
ひたすら、ドローンで撮影したライジングアースと、CGでの保管映像が流される。
報道では、「人間関数」という数値が出てきた。
この数値が良ければ、ライジングアースの挙動は上がるのだと言う。
(人間関数? 皮肉な言葉ね? ライジングアースのパイロットはネオスのミューナイトなのでしょう?!)
と、マリアはふたたび憤る。
ネオスがこの国の未来を左右しているなど、許せないのである。
バルーン群にミサイルを叩き込む、ライジングアース。
そして、ロケットパンチで仮想敵を撃ち落とす。
プライムローズが起動している様子もすこし映し出された。
そして、画面はふたたびアマドゥ・カセム長官のアップに切り替わる。
「今後の戦線は、わが軍の有利に進んでいくでしょう。統合戦線の市民諸氏には、なにとぞ安心をもってこれらの行動を迎えてくださるようにお願いします。イラクが占領されてしまっては、我が国の国家存立危機事態に陥ります。友好国であるイラクを、敵であるジェマナイの手に渡してしまってはいけないのです……」
アマドゥ・カセムはそれだけのことを言い終える。
そして、画面では記者による質疑応答が始まった。
記者たちの意見に、カセム長官が答えていく。
マリアは興味を失った……
(当り前だわ! なんでこんな当たり前のことを、今さらになって言っているんだろう! やっているんだろう!??)
不満が募る。
そんなマリアが立っているカウンターの横には、拳銃が隠されていた。
アルハジ・ムタリブを暗殺するための拳銃である。
──できれば、この手であのネオスのミューナイトも殺してやりたい!
──統合戦線という国を、人間の手に取り戻さなければ!
そういう危険な思想に、現在のマリア・オリヴェテは染まってしまっていた。
それはもちろん、ウィンストン・エヴリール(カドリール・ヴァレンタイン)による洗脳があってのことである。
本来であれば、市民というのは戦う存在ではない。
しかし、市民が軍人による攻撃の対象となったとき、市民は2つの反応をする。
1つは、攻撃されたことを嘆き悲しむ。
1つは、攻撃されたことにたいして怒りを燃やす。
という反応である。マリア・オリヴェテの場合は後者だった。
MVの画面内では、ライジングアースが人型形態から飛行形態、飛行形態から人型形態に変形する模様が映し出されていた。
そのようなヴィジュアルを提示されて、たしかに統合戦線の国民のいくらかは高揚していた。
「ジェマナイめ、許さないぞ!」
という雰囲気に包まれていた。
しかし、それ以上にマリアは憤っていた。
この、商品化される戦争に怒りを抱いていたのである。
わたし自身がこの戦争を終わらせなければ! ──という正義にも見える転落の道へと、彼女は歩き出していた。
マリア・オリヴェテの狂気はこの後も続きます。




