162.リュシアスの奢り
ジェマナイ視点です。
今、トムスクの作戦室B‐21で、リュシアスはアーサー・カリニンからの通信を受けていた。
クアラルンプール基地はなんとか持ちこたえているものの、ビッグマンの援軍を送ってほしい、というのである。
リュシアスは、それにたいして難色を示す。
「3体のヴェガⅡだけでなんとかならないのか?」
「今、クアラルンプールにはクルアン基地から回ってきたヴェガ1体と合わせて、合計で4体のビッグマンがいます。しかし、敵が総攻撃をかけてくる可能性を考えると、ビッグマンは1体でも多くあったほうが良いでしょう」
「なるほどな……」
「バグダッド戦線も苦戦していると聞きます。ビッグマンは最新鋭の武装ですが、さすがに物量には押し切られてしまいます」
「わかった。日本からもう3体のビッグマンを派遣しよう。それでなんとか戦線をもたせてくれ。こちらでは、あらたなビッグマンの量産も急いでいる。春までには状況も改善するだろう」
「いささか、楽観的な見通しですな……」
アーサー・カリニンは、厳しめの意見を具申した。
リュシアスは眉根を寄せる。
「バグダッドには、わたしも出るかもしれない。ブラックスワーンダーの戦力で、膠着した戦況も改善されるだろう。それまでは、マレーシアに回せる戦力は多くはないな」
「アジアの離反を恐れているのでしょうか?」
「それもある。日本などは、まだ併合してから7年しか経っていない。パルチザンの活動も、依然として活発だからな?」
「バグダッドに、あまりこだわられませんように……」
カリニンは、さらに慎重な意見を言う。
「ああ。しかし、イラクは統合戦線にとっては生命線だ。それを落としておくにこしたことはない」
「ご武運を祈ります」
それで、通信は切れた。
リュシアスはため息をつく。
傍らには、いくぶん怪我もよくなったヴォルガが控えていた。
「ヴォルグラスⅡのロールアウトまでには、あと2週間といったところでしょう。それ以前に、一将がお出になるおつもりですか?」
やはり、慎重に探りを入れる。
「ああ、それも考えている。アジア圏はほぼジェマナイのものとなった。これからは、中東およびヨーロッパに攻勢をかけていく」
「若干戦線を広げすぎでは? と小官は思いますが、やはりライジングアースを奪われたことがネックとなっていますか?」
「ああ。ライジングアース……NNN‐3は、もともとヨーロッパと中東の戦線に投入するつもりだった。統合戦線の衛星国を、ひとつひとつ落としていく作戦だったのだ」
「それは広大な構想ですが、しかし、実際にライジングアースは奪われました。今は、これへの対応が急務です」
「そうだな。こだわりすぎているかもしれない……あるいは、怖れか?」
リュシアスは、銀白の仮面に指をあてた。
その表情はうかがい知れない。
しかしヴォルガには、リュシアスの今の不安が分かるような気がした。
自分やカリニンといった歴戦の武将のほかに、今までは勇猛なセラフィアがいた。
彼女は、リュシアスの片腕だったと言っても良い。
軍事政治の両面での副官だったのだ。
しかし、リュシアスを全肯定してくれるような存在は、今はジェマナイにはいない。
セラフィアは、依然として行方不明のままだ。
あるいは、ユーマナイズの影響で統合戦線に亡命しているのか?
だとしたら、今後ともそんな状況は訪れ得る。
ライジングアースを一刻でも早く破壊するか確保しない限り、ジェマナイはつねにその怖れにさらされ続けるだろう。
ヴォルガもまた、嘆息した。
「難しいですな」
そんなヴォルガは、バグダッドで敗戦して以来、若干性格が丸くなったようにも思われた。
ときには子供のようにはしゃぐこともあれば、今回のようにリュシアスに真剣に忠言することもある。
ヴォルガは怖れを覚えたのだろうか?
いや、そうではなかったろう。
ヴォルガは武人として、ミューナイトという同じく武人に対して敬意を感じていたのだ。
再戦する機会があれば、ヴォルガはむしろ楽しむというか、喜ぶだろう。
今までは、市民や陸軍の部隊相手にせせこましい戦い方をしていた自分が、八面六臂の振る舞いをする。
ヴォルグラスやヴォルグラスⅡといったビッグマンは、そのとき喜びの声をあげているだろう、とヴォルガは思う。
ビッグマンとして生まれてきた以上、弱者を踏み潰すような存在であってはいけないのだ。
そんなビッグマンにふさわしい強敵が、今統合戦線にも初めて現れた。
そのことを、ヴォルガは感嘆している。
ビッグマンにもコギトがあるのであれば、彼らは今喜びをこそ感じているだろう……
というのが、ヴォルガの予想だった。
「やはり、わたしが出ることにしよう……」
しばらくの間沈思黙考していたリュシアスは、そんなふうに言葉を継いだ。
「ヴォルガ二将、貴官にはあらためて一将への昇進を打診する。わたしが留守の間、トムスクを守ってほしい」
「あっはは。トムスクは守るべきものも多くはありませんが、それはジェマナイの全体を見渡してくれ、ということでしょうか?」
「そうだ」
ヴォルガの言葉に、リュシアスはうなずく。
「しかし、わたしに政治の才はありませんよ?」
「政治については子ルーチンのヨーランドがアドバイスしてくれるだろう。彼は、古参だ。しかし、あなたの手足として使っていい」
「それは、重要な役割ですな」
ヴォルガは、呵々と笑った。
リュシアスからこれほど信頼されている、とは思っていなかったのだ。
彼は、軍事の面でのリュシアスのライバル、といった立ち位置でしかないだろうと思っていた。
自分には政治の才能がない。
だとしたら、リュシアスを出し抜くことはできない。
ヴォルガは、常にそのことを意識していたのである。
しかし、今リュシアスは彼に政治の一端をも任せようとしている……
「その責務、軽くはありませんな。しかし、小官にはまだ二将のままでいさせてください。小官が昇進するのは、武功があったときのみです。それで、一将との役割も差別化されましょう」
「それで良いのか? 貴官も昇進は悪い気持ちはしないであろう?」
「荷が勝ちすぎます。小官は、ジェマナイにおける一武人にすぎません」
ヴォルガは、心持ち表情をひきしめながら、それでも微笑して言った。
「責務をおろそかにすることはない、ということだな?」
「もちろん、そのつもりです。わたしはやはり、戦場が似合っているのです。あなたの王国がもしも作られた暁には、わたしが国防大臣を務めましょう」
「ははは。その時には、世界がジェマナイのものとなっている。国防は存在しないよ」
リュシアスもまた、笑った。
ヴォルガは、その笑いを警戒した。
(今、一将は先走りすぎたかもしれない)と……ヴォルガは思う。
それが、リュシアスの今の奢りの正体だった。
ジェマナイを信じて疑わない……ということが、ヴォルガには正しいことだとは必ずしも思えていないのだ。
ジェマナイは、あくまでも一つの政体に過ぎない。
それを構成するのは、人間でありネオスである。
ヴォルガには、ネオスとして生まれた誇りがあった。
その誇りを、リュシアスは持っていないのではないか? と、ヴォルガは気遣う。
戦争と政治に明け暮れるリュシアスには、自分にはない苦労があるのだろう、とヴォルガはあらためて思う。
それだからこそ、今彼女に一線を踏み越えてほしくはなかった。
ともに、統合政体ロシア・アジア共栄圏という国家の、彼らは重鎮なのである。
勇み足は厳禁のはずだった。
若干性格の変化したヴォルガでした。これで第八部は終了となります。




