160.戦闘シミュレーション(3)
バルーンと戦うライジングアースです。
HUDの奥で、無数の輝点がきらめく。
そして、二重写しに現実の視界が重なった。
セラフィアは、脳がちかちかしていることを感じる。
こんな戦い方は、今までになかった。
ライジングアースが送ってくる情報は多い。
斎賀は、こんな大量の情報を処理していたのか。とあらためて驚いた。
電子戦機並みの情報量である。
これでは、ライジングアースにコパイロットが必要なわけである。
それにしても、いったいなんのためにジェマナイはこんなビッグマンを作ったのか、とセラフィアは考える。
まるで、それはジェマナイの自律神経のようなのだ。
身内の力をもって、本体を知る──なにか、そのような意匠を感じずにはいられなかった。
統合軍のバルーンは、高速のジェット推進装置を備えていた。
まるで、実際の戦闘機、例えばイングレスαやSu‐77かのような挙動を可能にしている。
地上戦では今やビッグマンが主流だと言っても、統合戦線にその数は少ない。
現在在籍しているのは、ライジングアースとプライムローズの2体のみである。
となると、効率的に敵を撃破しなければならない。
セラフィアの、コパイロットとしての任務は重要だった。
索敵位置から、もっとも効率的な攻撃方法を割り出す。
必要であれば、敵AIをクラッキングする。
サテライト群に欺瞞情報を送る。
そうした戦い方は、これまでのセラフィアにはないものだった。
ミューナイトとの連携が、一番の勝負所になる。
そのミューナイトは、少尉ながら厳しかった。
(少佐、敵に欺瞞情報を送って? 統合戦線のモニタでは、その欺瞞情報もトレースしている。わたしたちの戦い方は、総合的に判断される)
(分かっている。しかし、今はお前との連携が第一だ)
「お前」という言葉を、セラフィアは使った。
まだ、ミューナイトが年下のネオスかのように見えている。
外見年齢が人間相当で15歳なら、そのネオスは12歳くらいだ。
ミューナイトの外見の幼さが、セラフィアを戸惑わせる。
(リュシアス一将もそうだった。この、成長の遅いネオスというのは、一体何なのだろう?)
戦闘行動のあいまにも、セラフィアはそんな考えを巡らせる。
ライジングアースの機体が、空中で1回転した。
敵バルーンからは、データ上だけでなく、実際にミサイルが撃たれてくる。
それを1発1発、ロケット・パンチで破壊していくミューナイト。
セラフィアは、ただ圧倒されていた。
(的確な指示を送らなくてはいけない……)
と、セラフィアは思う。
しかし、実際には自分の状況把握はミューナイトの反射神経に追いついていない。
敵ミサイルは空砲だとしても、ライジングアースの機体に当たれば損傷は生じる。
模擬戦闘訓練でライジングアースを棄損してしまっては、何にもならない。
自分の判断の遅れだけが、セラフィアにはひたすら歯がゆく感じられる。
(セラフィア少佐。敵バルーンのAIをクラッキングして!? あなたならできる……)
そんなふうに、ミューナイトに励まされた。
セラフィアは、心持ちを改める。
精神を統一させると、敵バルーン群の挙動のパターンというものが見えてきた。
(なるほど、サイガは、こんなふうに敵の挙動を認識しているのか……そして、一歩先を読んでクラッキングしているのだな?)
セラフィアもだんだんに慣れてくる。
敵の軌道を分析する。
その最短のインターセプト・コースにライジングアースを向かわせる。
しかし、ミューナイトの操縦の自由は奪わない。
あくまでも、敵の挙動をコントロールするのである。
(わかった!)
セラフィアは、心のなかで叫んだ。
敵バルーンを一直線上に誘導。
ライジングアースが腰部ミサイルを機体を回転させながら発射する。
爆散する、敵バルーン。
ミューナイトとセラフィアの連携が初めて取れた瞬間である。
──その直前、セラフィアは敵バルーンのAIに欺瞞情報を送っていた。
すべての射線が一直線になるように、それぞれのバルーンに個別のライジングアースの位置を誤認させるのである。
それは、ネオスの能力そのものだった。
高速演算によって、敵の1機1機にたいして、個別の欺瞞情報を送る。
セラフィアは、ようやくコパイロットとしての職責が果たせた、と感じていた……
それを、地上でモニタリングしているサモ・オクンジやティア・ラモンらも、感嘆をもって見つめている。
「バルーンの数が、一気に3分の1まで減りました!」
サモ・オクンジが叫んだ。
「やるわね、あのセラフィア少佐。ミューナイトの操縦だけでは、ここまで敵を壊滅させられない!」
ティア・ラモンも嘆息する。
その傍らで、オリヴィア博士はやはり懐疑的な面持ちだ。
(バルーン相手なら、敵は完全なAIだから、作戦はなんとかなる。しかし、敵が真のネオスなら、状況は違ってくるよ……?)
そんなことを内心で思っていた。
しかし、ティア・ラモンやサモ・オクンジの前で、そうした考えは口にしない。
博士の専門は、あくまでもネオスである。ロボ(ビッグマン)や戦闘機ではない。
オリヴィア博士も、自分の限界というものは、しっかりと弁えていた。
(ミューナイト少尉、敵が1か所に集結している。これはどういうことだと思う?)
(中央突破戦法でしょうね。敵バルーンは、物量でこちらの武装を無力化しようとしているのだと思う)
(わたしも同じ考えだ。でも、敵を攻撃するのであれば、敵は一点に集中しているほうが良いとも言える)
(わたしも同じ意見よ、少佐。ここで一気に状況を打開できる!)
(それにしても、統合戦線のシミュレーション担当も優秀だ。わたしは、正直ここまで追い詰められるとは思っていなかった)
(そうね。そうだわ……)
それだけのことを、ミューナイトはセラフィアに伝えた。
敵バルーン群は、ほとんどSu‐77と遜色ない挙動をとってきていた。
ライジングアースも、被弾すればまた修理が必要になる。
整備班と戦術班の面々が、これまでのミューナイトらの戦い方をも分析したうえで、攻撃をしかけてきているのである。
(この訓練は、たぶんセラフィア少佐の実戦慣れをうながすのが目的だろう)と、ミューナイトは思う。
そして、セラフィアは急速に実戦慣れしてきていた。
ライジングアースという未知の機体と、思考を一体化させているのだ。
(ミューナイト少尉、ロケット・パンチを振り回せ! わたしが敵バルーンの挙動を規定する!)
(了解!)
ライジングアースが再びロケット・パンチを敵バルーン群に叩き込んだ。
爆散していく、ダミー・バルーン。
その数は、一気に10分の1まで減った。
この訓練は、成功である。
何よりも、セラフィアのクラッキング能力が極限まで発揮された。
それは、斎賀に勝るとも劣らない成果である。
『訓練終了!』
本部からの通信が、ライジングアースのなかに流れた。
セラフィアは、思わずほっとしてHUDを頭部から外す。
そして、にこやかに微笑みながら、ミューナイトの肩に触れた。
「なに? 少佐」
ミューナイトが尋ねる。
「いや、お前の肩に埃がついていたんだ。帰還の際には、身ぎれいにしておかないとな……」
と、よく分からない言い訳をセラフィアはした。
「そう?」
ミューナイトは怪訝なまま、言い返すことはしなかった。
それが、ミューナイトとセラフィアの意志相通がなった、という合図であることは彼女にも想像がついた。
しかし、ミューナイトにとって、コパイロットはやはり斎賀でなければならない、という思いもないわけではなかった。
このセラフィア少佐とともに、自分は再びバグダッドの戦線に投入される。
ネオスにとっては、命令がすべてだ。
セラフィア少佐は、元ジェマナイという前提を無効化したうえで、戦ってくれるだろう。
だが、そこに信頼感があるのかと言うと、ミューナイトにはなんとも言えなかった。
ミューナイトのネオスとしての心も、揺れていたのである。
「少佐。帰ったら、コーヒーで乾杯をお願い」
「コーヒーだけでいいのか?」
「コーヒーだけで」
そんな会話が、2人の間で交わされた。
徐々にですが、信頼関係を築いていくミューナイトとセラフィアでした。




