159.戦闘シミュレーション(2)
戦闘訓練を継続します。
その日の昼休憩、ミューナイトとセラフィアとはカップ1杯のカフェ・オレを口にしただけだった。
身体能力として、ネオスは人間よりも優れている。
最低限の栄養を摂取しただけでも、人間と等価の能力を発揮することができる。
しかし、食事はしないにこしたことはない。
彼女たちが昼食を口にしなかったことは、彼女たちの覚悟としては良かったのかもしれない。
しかし、それが「いつも」では困る。
そのことを、ティア・ラモンは心配した。
それで、
「オリヴィア博士、彼女たちにあんなふうな無理をさせても良いんですか?」
と、博士に尋ねる。
「良かあ、ないよ。でも、ミューナイトは一睡もせずに戦闘に出ることもしばしばだった。そのたびに、上官のボワテからはこっぴどく怒られたらしいが……彼女は、変わらなかった」
「と言いますと?」
「自分を貫いたのさ。『自分はネオスです。だいじょうぶです』と、ミューナイトはよく言っていた。あいかわらずだね」
「はあ……」
ティア・ラモンはネオスの専門家ではない。メカニックである。
だから、博士が「だいじょうぶ」だと言うのであれば、それを信じるしかない。
いや、実際には博士は「だいじょうぶ」だと言ったわけではなかったのだが……
「午後からはバルーンを使っての、模擬実戦訓練に移ります。博士は引き続き計測室でモニタリングを?」
「ああ。なんでか、このあたしがライジングアースの担当っていうことになっちまったみたいだからねえ」
苦々しくオリヴィア博士が言うのを、ティア・ラモンは横目で見つめていた。
そうして、こう言う。
「今度は、ネオスが2人ですからね?」
「そうだ。ネオスが2人だ。人間関数が暴走しないか、上は監視してくれと言うんだ。なんだって言うんだい? ネオスが人間を超えるとでも? それとも、人間よりも退行するのか……いずれにせよ、要注意喚起っていうことだよ。まったく」
「それはご苦労様です。わたしたちも人間関数についてのデータは一応受け取っていますが、謎の部分が多いですね?」
「ああ、その通り。なぜ、人間とネオスでなくっても、93%もの値が出るのか、本当に頭を抱えているよ。それだけ、あのネオスが優秀なんだろうが……」
「セラフィア少佐ですか?」
「ああ、そうだ。彼女は、どこかミューナイトに似たところがある、そう思わないか?」
「わたしは気づきませんでしたが……」
「そうか。なら、良いんだ」
それで会話は終わった。
……ティア・ラモンは、オリヴィア博士にたいしてとっつきにくさを感じている。
今回も、少しでも会話がはずめばと思ってのことだったが、どうやらうまくはいかなかったようだ。
(そもそも、サイガとミューナイトとの関係が異常だったんだ。それでも、彼らの数値は91%にまでしか上がらなかった。それが、今回はあのネオスとの関係で、93%だ……ここには、何かある)
オリヴィア博士は思った。
もしかすると、ライジングアースは次なる人間の形態としてネオスを捉えているのか?
もしそうだとしたら、ライジングアースは人類全体に対する脅威になる可能性もある。
そんな兵器を、果たして運用していいのか……
「Human Function」が「Neos Function」になったとき……我々は、それを恐れておく必要がある。
何しろ、あのライジングアースはジェマナイが作った兵器なのだ。
しかし、そのオリヴィア博士自身も、ライジングアースが「ユー・フォーチューン」という新たな武装を作り出したことに関しては、いまだに未回答だった。
それは、ユーマナイズ以上に恐ろしい兵器である可能性もある。
しかし、逆に考えれば、それは真に平和をもたらす兵装である可能性もある。
(いったいどっちなんだ!?)
と、オリヴィア博士は悩んだ。
そうこうしているところに、ミューナイトとセラフィアも歩いてやってきた。
2階の休憩室から降りてきたのだが、かたわらにはサモ・オクンジがいる。
彼は、身振り手振りを交えながら、あれこれと話しかけているようなのだが、内容がよく分からない。
「軍曹! 何油を売っているんだい!? お前さんの仕事は、計器類のモニタリングだろう?!」
オリヴィア博士が甲高い声をあげる。
「あ、いや、博士?! 今、少尉たちにちょっと説明をしていたところなんですよ……」
「だから、なんの説明だって言うんだい?!」
「いえね。バルーンは破壊しても良いけれど、付属部品のところを必ず狙ってくれって。今回の模擬戦闘訓練では、広範囲にバルーンを展開させる予定ですから、部品が基地の周りに落下したら困る。少なくとも、粉砕してくれなくっちゃ!」
「全部レーザーで攻撃させれば良いだろう?」
「ライジングアースにレーザーは装備されていません!」
「そうなのかい? ロートルだねえ。そんなんでジェマナイにかなうのかい?」
「大丈夫です。ライジングアースには、スーパー・アンブレラがあります!!」
「なんだいそりゃ? 日焼け除けの兵装かい? 聞いたことないね」
そんなふうに言うオリヴィア博士の横で、ティア・ラモンが解説する。
「軍曹のネーミング・センスは独特ですから。いわゆる、一種の量子バリアです」
「ああ、そういうことかい」
ティアがそう言うと、オリヴィア博士も納得した。どうやら、サモ・オクンジには通訳が必要であるらしい。
オリヴィア博士とティア、オクンジは、ミューナイトとセラフィアがライジングアースに乗り込むのを見守っていた。
全高40メートル。巨大な兵器である。
タラップが上下して、直接コックピットに乗り込めるようになっているが、コックピットからはラダーも降りている。
それを使って、搭乗者は自力でコックピットからの乗り降りができる仕様だ。
もっとも、格納庫のなかでラダーを使用するといったことはないし、普段は寝かせた状態で格納されている。
戦闘シミュレーションをするのに、少しでも実際に近い環境を、というので今回は立たせているのである。
パイロット席とコパイロット席に着席したミューナイトとセラフィアは、まずお互いの現状を確認した。
「ミューナイト少尉。任務に支障のあるようなことはないな? 食べすぎや吐き気は?」
「ない。さっきあなたとコーヒーを飲んだだけ。つまみ食いの性癖は、わたしにはないわ」
「冗談が言えるなら、良好な状態ということだな。了解した。これより、訓練に移る」
「わたし、冗談を言った覚えはないんだけれどな……」
ミューナイトの天然ぶりがさく裂した瞬間だった。
セラフィアは、すこし動転する。
ミューナイトとは、冷静な戦士であるように考えていたのだ。
それが、こんな冗談を言う。
さらには、その冗談が冗談ではないと言う。そのことが、セラフィアにとっては意外だった。
「分かった。これより思念通信に移る」
セラフィアは、どぎまぎしながらそれだけのことを口にした。
「了解」
ミューナイトはいたって冷静である。その冷静さが、セラフィアにとっては不満。
格納庫の巨大なシャッターが上がっていく。
ライジングアースの傍らには、修理中のプライムローズが鎮座している。
(あれが、わたしの機体だったのだ……)
と、セラフィアは思う。
しかし、辞令は辞令である。
ライジングアースのコパイロットという職責を、セラフィアは全うするつもりでいた。
一歩、二歩と踏み出していくライジングアース。
視界が開けた。
めいっぱいの青空が、HUDごしのセラフィアの目の中に飛び込んできた。
その光を……「まぶしい」と、セラフィアは思った。
まだまだ謎があるライジングアースでした。




