158.戦闘シミュレーション(1)
ミューナイトとセラフィアが戦闘訓練に望みます。
高さ70メートルはある格納庫のなかで、ライジングアースはハイ・フリークエンシー・ソードを抜刀した。
コパイロット席のセラフィアがコマンドを入力したのである。
頸部の損傷も、もうほとんど修復されている。
しかし、ハイ・フリークエンシー・ソードの切っ先が天井を傷つけそうである。
「ちょっと、少佐。実際に抜かなくっても良いのよ、天井が壊れちゃうじゃない!」
「済まない……。ちょっと、実際の動作のときに不安が起きないかと思ってな……」
「あなたはコパイロット。実際の動作はわたしが行う。あなたは索敵とハッキングに専念して」
「だが、コパイロットもライジングアースの操縦はできるのだろう?」
「できるけれど……するの?」
「わたしは元々はパイロットだ。プライムローズの、な」
そんな会話が取り交わされる。
セラフィアは若干不満そうだ。
少佐待遇であるのに、少尉であるミューナイトに押し切られているというのもあったが、何よりもパイロットとしての矜持が働く。
「それは……たしかにね。でも、少佐、戦闘シミュレーションだけなら、計器だけで行えるの。今日の午前中はそういう予定よ?」
ミューナイトがいくぶん口調を和らげて言った。
足元では、サモ・オクンジやティア・ラモンらがライジングアースの挙動を見守っている。
さすがに、ハイ・フリークエンシー・ソードを抜刀するとは思わなかったのか、サモ・オクンジが慌てていてる。
ティア・ラモンは、書類の束を片手に、さも楽しそうに微笑んでいる。
ハイ・フリークエンシー・ソードを再度背中に格納するライジングアース。
セラフィアは、あらためてコパイロット席のコンソールで計器入力だけに切り替える。
その間、セラフィアはHUDがちかちかするのを、まぶしそうに感じていた。
(こんなにも多くの情報を扱うビッグマンは初めてだ。わたしも慌ててしまった……)
それは、自分自身への言い訳である。
セラフィアは、プライムローズに搭乗しての戦闘で、ミューナイトらのライジングアースに負けた。
その敗戦の痛手は、浅くないわけがない。
彼女のプライドは深層から傷つけられていたのである。
それが、今回のような勇み足にもつながってしまう。
たしかに、今日の午前中は計器だけで戦闘シミュレーションを行う、とボワテ大佐から聞いてはいた。
だが、セラフィアは1日でも早く実戦に復帰したい、という願望がある。
それが、統合戦線への誠意を見せるためでもあり、彼女自身の生きている感覚を取り戻すためでもあった。
生まれてからずっと軍人として生きてきた自分が、安逸の時を経験してはならないように、思っていたのである。
「午後からは、バルーンを使っての実戦的な訓練に移るわ。それまで、少佐は焦らないで」
ミューナイトが釘を刺す。
「済まない。部下に怒られていては、仕方がないな」
「わたしはあなたの部下じゃないわ。階級が下なだけ」
「ああ。だが、こういうとき、簡単だろう?」
「そんなおざなりに済ませてほしくないわ、少佐。あなたは尊敬できる上官になるとは思う。でも、それは辞令が下りて先のこと」
「そうだったな。改めて、済まない」
それから3時間ほど、計器測定によるライジングアースの戦闘シミュレーションが続いた。
計測室では、やはりオリヴィア博士がモニタリングを行っている。
しかし、博士は今日は頻繁に口をさしはさんでくることはなかった。
ロボはロボ。ネオスはネオスと割り切っているのである。
博士の担当は、あくまでもミューナイトとネオスだ。
ロボの整備にまで意見を求められていては、たまったものではない。
そんなことを思うと、今日は博士にとっては休日のようなものなのかもしれなかった。
「少佐。あなたはサイガに比べて、敵中枢AIのハッキング速度が遅い。ネオスなのに、なんで?」
「それはお前……サイガが天才と言うしか……」
セラフィアはどぎまぎした。
ネオスとしての自分の演算能力が十分に生かし切れていない、というのはセラフィアにとっても不本意である。
「奴は、AIネットのあらゆるバックドアを知っていたのだろう? そこは、能力というよりも経験の差だ」
「そうかな。そうかもしれないわね。……ごめん、少佐。これからは、あなたをあなどるようなことは言わないわ」
「気遣い、ありがたい」
そんなふうに会話は進む。
それでも、その日の戦闘シミュレーションでは、会敵から敵AIのハッキングへの流れ、ライジングアースの攻撃と連動してのAIクラッキング、周辺状況に応じた戦闘形態の変化、といったことがシミュレーションできた。
さすがに、2人ともネオスであるだけのことはある。
ネオスは、人間とはほぼ変わらない身体組成をもっているとは言っても、脳にAIチップが組み込まれている。
それで、リアルタイムのAIネットへの接続や、高速演算が可能になるのだ。
繰り返し学習は、AI脳にとっては基本である。
その日の3時間の間に、2人は3万回のシミュレーションを繰り返した。
人間であれば、会得に1週間はかかるようなことであっても、ネオスである彼女たちであれば半日で可能になる。
ライジングアースの足元で、ハルク・エンベルクが両腕を振っていた。
これで計器シミュレーションは終了である、という合図である。
午後からは、バルーンを使っての疑似実戦訓練に移行する。それも、半日の予定だった。
1週間後には、ライジングアースは再びバグダッド戦線に投入される。
そのときには、ダレンザグ中尉の駆るプライムローズも合流しているだろう。
ミューナイトは言った、
「あなた、やっぱりやるわね。セラフィア少佐。あなたが計器シミュレーションに切り替えてからの挙動は、満点だった。サイガでもできないくらい……」
「わたしを誰だと思っているんだ?」
「統合戦線空軍のセラフィア少佐」
「元ジェマナイ空軍戦術特務三将のセラフィア、でもある。あなどってもらっては困るな」
言って、セラフィアは笑った。心からの笑いだった。
それでミューナイトも和んだのか、
「そうね。そうだったわ。セラフィア少佐。これからのジェマナイとの戦いでは、よろしくお願い」
「ああ。わたしは生きている。生きている以上、信念を貫くつもりだ」
「それは、ジェマナイと戦うということ……?」
「そうだ。ジェマナイと戦うということだ」
セラフィアは、決然とした表情で言った。
セラフィアは、ジェマナイを裏切ったわけではない。
ただ、ジェマナイの表層に反発したのだ。
リュシアス一将が、今のジェマナイの戦略と戦術の両面を率いている。
しかし、その戦いは必ずしもうまくいっているとは言えない。
セラフィアには、「ジェマナイならこう考える」という信念が心の奥底にあった。
しかし、その現状とリュシアスの戦略とは合致していないように思える。
そんなとき、セラフィアは統合戦線に亡命することを思いついた。
敵の側から、ジェマナイの挙動をコントロールできるのではないか? と思いついたのである。
戦いには、勝利も必要であれば、敗北も必要である。
自分は、その「戦いにとって必要な敗北を用意し、提供する」……そのことで、ジェマナイは変化するに違いない。
そんな漠然とした予感が、セラフィアにはあった。
「あなたは良いコパイロットになると、思う。もしかしたらサイガ以上の……」
ミューナイトはふいに心にうかんだ言葉を口にした。
それにたいして、セラフィアは思いがけないことに頬を赤らめた。
「そんな……。誉めてもなにも出ないぞ、ミューナイト少尉」
まだそこには、軍人としての上下関係と、職務上の責任だけが現れていると言って良かった。
(しかし、あの声……あの声は、まだわたしに聞こえているのだろうか?)
と、セラフィアは思った。
それは、統合戦線への亡命を迫った声である。
ライジングアースを「敵ではない」と言った声。
あれは、ジェマナイの声だったのか、それとももっと奥深いところから来る声だったのか……
2人もAI脳なので、訓練は短時間で終わります。




