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地上戦機ライジングアース  作者: クマコとアイ
第八部

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157/203

157.斎賀の故郷(ふるさと)(3)

マフムードについでハサンと話をする斎賀。

「人情家」という言葉は本当に意外だった。

 斎賀は、ただ生き残りたいという思いのためだけに、アーヴァーズ・エ・ハークに協力してきたし、それは打算の賜物だ。

 決して、褒められる理由があるような動機によってではない。

 斎賀は、そのことをしっかりと認識していたし、だからこそ、自分がいつ殺されるかも分からないと思っていた。

 アーヴァーズ・エ・ハークにとって用済みになれば、自分は消される。

 それは、戦場から一つのユニットが消えることと同じだ。

 自分の命は、軽い。

 だからこそ、「人情家」というマフムードの言葉に、斎賀はむしろ焦った。


「それは、どういう意味なんだろうか? 理性よりも感性を優先するということか?」

 斎賀は尋ねる。

 しかし、マフムードは首を振った。

「お前は分かっていない。お前自身のことを分かっていないんだ。ここで俺が何かを言ったところで……」

「いや、言ってくれ。それが、俺が記憶を取り戻すヒントになるかもしれない」

 そう言う斎賀を、マフムードはしばらくの間じっと見つめていた。

 心のなかで算段をしている、といった様子である。

 しかし、それは計算高い算段ではなかった。人間的な算段だった。

 だから、マフムードはこう言う。

「お前が人情家だというのは、日本に関する話題に、お前が動揺したからだ」

「動揺?」

「そうだ。お前は、シミュレーションとしてではなく、日本の未来を思い描いた」

「だからって、俺が日本人と決まったわけじゃ……」

「魂に刻まれているんだよ。その言葉、その生活スタイル、その人生観。お前は日本人そのものだ、たぶんな。それも、俺は脇から知ったにすぎない。お前の口調から」

「よく分からないことを言う」

 斎賀は不満だ。

「真実とは、よく分からないものだよ。その年まで生きてきて、お前はそれくらいのことも分からないか?」

 マフムードは、やや斎賀を嗜めるように言った。しかし、そこに悪意はない。

 斎賀は、そのことを瞬時にくみ取る。

「俺は今、いったい何歳なんだろうな?」

 そう言って、けらけらと笑い出した。

 その衝動は、マフムードにとっても思いのほかのことだった。すこし、驚いている。

「俺が20歳だったら、俺が30歳だったら、俺が40歳だったら……戦況は変化するのか? しない。俺は、俺の無力を感じるだけだ、たとえ俺が何歳だったとしても」

 それは、(斎賀の過去を覚えている者にとっては)いつもの斎賀にもふさわしくない、弱気な言葉のように感じられただろう。

 斎賀は、「人情家」という言葉にほんとうにゆさぶられていたのである。


 マフムードは聞いた。

「なあ、オガーブ。日本はお前の故郷かもしれない。そうじゃないかもしれない。俺は、お前がどんな理由で統合戦線に属しているのかは知らない。しかし、故郷なら、お前はそれを守るべきだ。そこに、お前の生き方が表れてくるんだ」

「そうだと良いんだがな。今の俺は自信がないんだよ。記憶がないことが、そうさせる。以前の俺には、確固とした芯があったような気がするんだが……」

「その芯とは、なんだ?」

「分からない。ただ、身内や仲間に巨大な不幸が降りかかった、そんなことを漠然と感じている」

「家族をジェマナイに殺されたのか?」

「そうかもしれない」

「それなら、わたしと同じだ。わたしは父と母、弟をジェマナイに殺された。今でも、その時の記憶は消えない」

 マフムードは、不幸を語るにあたっても泰然としていた。

 しかし、その手は腰の拳銃にあてている。

 無意識の防御反応が働くのだろう。

 斎賀は、そのことも敏感に見てとった。

「俺は……いや、まだ分からない! すまない! 本当に分からないんだ!」

 苦し気に、斎賀は吐き出した。

 マフムードは、やわらかい微笑でそれに応える。

「ゆっくりで良い、オガーブ」

 マフムードは、柔らかい口調で言った。


 ──


 電算室に戻ると、ハサン・ファルザーネがパソコンのモニタとにらめっこをしていた。

「なあ。次々に情報が送られてくるんだ。俺は、それを整理して組織の『上』にあげる。だが、今回は妙だぞ?」

 と言ったことを言う。

「何が妙なんだ、ナグシェ?」

 と、斎賀も気になって尋ねた。

 今、日本やアジアに関する話題なら、なんでも知りたいという気持ちになっていた。

「ジェマナイの陸軍戦力が、マレーシアと日本に移動している。これは、マレーシアと日本を絶対防衛権に設定している兆候だ。しかし、それ以外のところを攻められたら、ジェマナイはヤバイ……」

「あなたは、ジェマナイ亡き後の秩序についても考えているのか?」

 斎賀は、ぎこちないペルシア語で尋ねた。

「ああ。我々が勝たせようとしているのは、あくまでもイランだ。この国だ。ジェマナイは要素にすぎない」

「それは心強い。だが……」

 斎賀は思い惑った。

「だが、戦況というのは早々変わることはない。全体の状況を見て、それからのイランなんじゃないか?」

「分かっている。ジェマナイが倒れたところで、この国には問題が山積みだからな……」

 ハサン・ファルザーネは苦々しく唇をかみしめた。


「それよりもだ、サングと何を話してきた?」

「ああ、俺の故郷がたしかに日本かどうかっていうこと。……それと、家族の話をした」

「サングが話したのか?」

「ああ。両親と弟をジェマナイに殺されたと言っていた。……それが、俺の状況と似ている気がするんだ?」

「サングがそこまで話すのは珍しい。俺も、サングの家族がジェマナイに惨殺されたのを知ったのは、奴と知り合って1年経ってからだった。どうやら、サラーブは最初から知っていたらしいんだが」

「そんなに? サングは俺が人情家だとも言っていた。これは、意外な言葉だった」

 斎賀は、考え込むように言う。

「人情家か。お前さんにぴったりの言葉だと思うぞ? お前さんは情が厚い」

 斎賀は再び驚く。

 本能として、斎賀は軍人として人を疑うということを修正にしてきた。

 この〈山荘〉へ、彼らとともに従(=つ)いてきたのは、生き残りたいという打算からだ。

 記憶を失っていても、IT機器を操作する能力は忘れていなかった。

 だから、自分はアーヴァーズ・エ・ハークという組織の役に立った。

 しかし、それは組織を心から愛しての行動ではない。

 イランを心から愛しての行動ではない。

 ただ、自分が可愛かった。それを、斎賀は自分の弱さだと思い込む。


 が、ハサンはそんな斎賀の心を見透かしたかのように言った。

「お前さんは、弱くないよ。日本が攻撃されると聞いて動揺する。それは、お前が祖国への愛を忘れていないからだ。家族への愛を忘れていないからだ。俺たちも同じだ」

「じつは、おれも大切な家族をジェマナイに殺されたんじゃないかっていう、漠然とした感覚があるんだ……」

 斎賀は、言葉を絞り出す。

「思い出せないのか?」

「ああ、今はまだ思い出せない。しかし、俺はその記憶を思い出したときの自分が恐ろしい。復讐の鬼に取りつかれるんじゃないかと」

「お前は、そうはならない。オガーブ」

 ゆっくりと、しかし確実に信じているという調子で、ハサンはそんなふうに斎賀に言葉をかけた。

「俺は、お前が状況のために最善を尽くすということを知っている。シャヒーンを修理してくれたとき、俺はそれを感じた。お前はそのとき、自分の利益のことなど見ていなかった。ただ、目の前にあって、こなさなければいけない仕事だけを見ていた。お前が記憶をなくしていてもな……俺は、お前がプロだと思うよ。プロは、そんなに簡単に崩れない」

 斎賀は驚いて、目を開いた。

 自分にとって、自分が見えていなかったと思ったからだ。

 自分は、丸裸のような心理でアーヴァーズ・エ・ハークのメンバーたちとつきあっていた。

 とっくに、彼らは斎賀を受け入れていたのである。

 そこにあったのは、心地よい暖かさだった。

 斎賀は思った──自分は、この組織を裏切れない。

 彼らは、俺を拉致した。しかし、同時に俺を救ったのだ……そう思ったのだった。


「ありがとう、ナグシェ。俺は、簡単には組織を裏切らない。ここから逃げることはしないよ。離れるときは、必ずそれを告げる」

 それが、斎賀の決意の言葉だった。

アーヴァーズ・エ・ハークの話はここで一区切りです。

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