155.斎賀の故郷(ふるさと)(1)
斎賀の動向です。
2154年1月7日。
ジェマナイのクルアン基地は、オーストラリア共和国軍によって突破された。
ちょうど、ジェマナイのバグダッド侵攻から1か月目のことである。
その報せは、アーヴァーズ・エ・ハークの面々が集まる〈山荘〉にも伝わってきた。
「ジェマナイめ、油断したな?」
と、最長老である通信担当のハサン・ファルザーネは言った。
その報せを、最初に見つけてきたのも彼である。
それは、サテライト群を介したネット・ニュースよりも早かった。
午前4時には、オーストラリア共和国陸軍がクルアン基地を包囲している、という情報が入っていた。
ということは、オーストラリア軍は夜通しかけて行動していたということになる。
斎賀は、
「どうでしょう? わざと落とさせたのかもしれない」
と、慎重だった。
「うむ。あり得る。マレーシアごと占拠させてから、粒子帰化爆弾で殲滅、とかな?」
ハサンもうなずく。
「奴らと戦っていると、何と戦っているのかわらかなくなることって、ありませんか?」
「ある。それも、かなりしばしばな。ジェマナイはまさしく悪魔だよ」
「悪魔というか……道化師のようです」
斎賀は、ハサンとともにパソコンのモニタを見つめながらつぶやいた。
そのパソコンも、斎賀が修理した機器のうちの1つである。
現在は、4軍の動向をシミュレートするAIが走っている。
今回、アジンバル公国が動かなかったのは意外だった。
アジンバル公国は、統合戦線に宣戦布告はしたものの、バグダッドにはビッグマン3体しか送っていない。
その3体も、ジェマナイからの出向組という情報だった。
つまり、アジンバル国内の空軍戦力および陸軍戦力は完全に温存しているのである。
ジェマナイにすれば、そこを「真摯でない」と突っ込みをいれることもできる。
しかし、ジェマナイとアジンバル公国との不和の情報は今のところ聞かれていない。
アジンバル公国にはグリペンネオの精鋭部隊がいる。
その部隊が出張ってきただけでも、今回オーストラリアはもっと苦労したはずだった。
そのことが少し、不可解である……
「アジンバルは、まだオーストラリアに宣戦布告していないからな?」
というのは、ハサンの分析だ。
「大方、本国が攻撃される事態にそなえて、戦力を温存したいんだろう」
「でも、するとジェマナイの本体自体の動きが不自然だ。まるでアジアなど眼中に入っていないかのような動きを見せている……」
「あるいは、オーストラリアを、な」
ハサンも腕を組んで考えている。
「たしかに……」
斎賀は、ふっと息をついてから、ハサンとパソコンのそばを離れた。
食堂へ行くと、ナジーネ・ハミーディが遅い朝食の準備をしているところだった。
声をかけると、「きゃっ」と言いながら、振り向く。
「わたし、卵焼き作るの苦手なのよ? 今その卵焼きを作っていたところなんだけれど、……びっくりしたわ」
「ああ、すまない」
「で、さっそく食べる?」
「できているのか?」
「3人分はね。あと2人分」
「ここの朝食は遅いんだな……いつも思っていた。あんたがねぼすけなのか?」
「失礼なこと言うわね。食事の用意は当番制でしょう? 逆にあなたの時だけ早くって、みんな不満を漏らしているわ。料理が冷めてしまうって」
ナジーネがそう言うので、斎賀は思わず笑った。
早起きをなじられるのは、初めてのことだ。
しかし、それもそのはずで、アーヴァーズ・エ・ハークのメンバーは午前2時近くまで任務についている。
「でも、ちょうどよかったわ。座って。今、残りの分の食事を片付けるから」
斎賀は、言われるままにダイニングのテーブルに座った。
(自分はこんなに素直な性格の持ち主だったろうか? やや違う気がする……)と、そんなことを感じながら。
情報員として勤務してきた経験から、斎賀は一般的な軍人以上に動物的なところがある。
記憶を失っていてもパソコンの操作はできたし、それは血肉になっているようなものだった。
ということは、軍人としての習性が普段から身についているのだ。
しかし、ことアーヴァーズ・エ・ハークのメンバーに対しては、斎賀は開けた心持ちでいる。
とくに、このナジーネ・ハミーディという女性には惹かれるものがあった。
恋愛感情ではない。
漠然とした興味が、斎賀を引き付けるのだ。
斎賀はしばらくの間待っていた。
ナジーネが食事を皿に盛る。
残りのメンバーたちも食堂に入ってきた。午前10時である。
マフムード・カリミは、肩にライフルを抱えていた。
彼は戦士であり、いわばこのグループの用心棒である。
「おはよう、サラーブ」と、挨拶をする。
彼は至って礼儀正しい。
それが気持ちの良いことに、斎賀には思われる。
あくまでも、ここは知的な場なのである。
「全員席についてくれたわね?」
と、ナジーネが口を開く。
「実は……アジンバルに潜入している仲間から、手紙が届いたの」
「手紙? それはまた古風だな?」
ハサンがキャンベルのスープをすすりながら、一言口にする。
「ええ。こういう時代ですもの、ネットが万能とは限らない。時には、こんな古風なやり方のほうが敵に情報がばれないということもあるの」
とは、ナジーネ。
斎賀もふとした疑問を感じた。
「その、アジンバルに潜入しているメンバーというのは、人間なのか?」
「ネオスよ。コードネームは、チャークー」
「チャークーか、頼もしいわね」
レイラ・ザンドが言葉を差しはさむ。
「チャークーって?」
斎賀はぎこちなく尋ねた。
「ペルシア語で『ナイフ』の意味」
「ああ、それで」
斎賀も納得が行った。
斎賀も、彼らと暮らすうちに少しはペルシア語が分かるようになってきていた。
これも、動物的な感覚なのだろう。
斎賀は言語をマスターすることが早い。
簡単な日常会話であれば、ナジーネたちと交わせるようになっていた。
しかし、肝心の作戦概要といった話題になると、まだまだ統合戦線の標準語で話してもらわないと分からない。
「チャークー」は一般的な単語だったが、アーヴァーズ・エ・ハークのメンバーが避けていたからか、耳にしたことはなかった。
「どうやら、オーストラリア共和国の次の目標は日本らしい。マレーシアは、あくまでもインドネシアやフィリピンを落とさせないための布石」
「日本は難攻不落だろう? ジェマナイも苦労した……」
と、ハサン。
「だからこそ、だと思うの。オーストラリア共和国は、ジェマナイに直接打撃を与えようとはしていない。あくまでも、直接行動は統合戦線に取らせるつもりだと思うわ?」
「だから、バグダッドにも援軍を送っていないのか?」
「表向きは、こちらにもこちらの戦線がある、といった理由でしょう。でも、核心はそこ」
「オーストラリア共和国と統合戦線が対立する未来もあり得る……か」
ハサンはもの思わし気につぶやいた。
「世界は今、3強だわ。ジェマナイ、統合戦線、オーストラリア共和国。あとは、ブリテン共和国やポーランド、イラクといった中規模な国々で世界は成り立っている。当然、このイランも中堅国家よ? だからこそ、生き残り戦略には慎重になる必要がある」
戦略家としての意見を、ナジーネは披露していた。
斎賀は、思わず感心する。
それだけ大きな目で局面を見ていられるのであれば、このグループが道を踏み外すことはないだろう。そう思えた。
アーヴァーズ・エ・ハークにすっかりなじんでいるらしい斎賀でした。しばらくこのまま行きます。




