152.クアラルンプールの戦い(1)
クアラルンプールを攻撃するオーストラリア共和国の話です。
マレーシアの首都クアラルンプールは、オーストラリア共和国空軍の激しい空爆にさらされていた。
ジェマナイのマレーシアにおける拠点は、主にクアラルンプール基地とクルアン基地である。
今、クルアン基地の上空をオーストラリア空軍の主力機であるGO‐STO10がかすめて飛んでいく。
そのあとに、電子戦支援機である十数機のQR‐Xが続いた。
GO‐STO10の部隊「ザ・ムンク」を率いているのは、リチャード・レイヴン少佐である。
一度は現役を退いたものの、要請があって現場に復帰した、というベテランである。
性格は大胆にして、プロフェッショナル。
とくにトリッキーな作戦を好むので、同僚たちからは苦笑をもって迎えられていた。
しかし、現場を指揮する指揮官としての能力は超一級である。
そんな彼が、愛弟子であるメイヴェル・ハヤシ中尉と通信している。
「具合はどうだ? メイヴェル中尉? 頭痛は治まったか? 生理痛か?」
「少佐、それセクハラですよ。報告書出しますから……」
「おうおう。怖いねえ。頭痛の勢いで敵に特攻しないかと心配したんだよ」
「そんなことしませんって」
メイヴェル・ハヤシは思わずむっとする。
少佐の冗談は相変わらずだ。
まあ、そこが良い、ということはある。
「いいか? 中尉の腕前が一級だということは、俺も分かっている。しかし、上はこの作戦を完璧に仕上げたいと考えている。インドネシアとフィリピンも参戦してくれれば良いんだが、それは今のところ望み薄だ。ジェマナイの基地は、我々だけで突破する必要がある。無理は禁物。安全第一!」
「いい加減、ザ・ムンクを信用してください、少佐」
「それは無理だな。ザ・ムンクが結成されたのは、俺が一度引退した後だ。俺が引退した後はお前がずっとトップだよ、中尉」
「ほめても何も出ませんよ」
しかし、実際にそう言われて悪い気はしない。
「ああ。出るのは、ジェマナイのビッグマンだけだな」
「その通りです、少佐。そろそろ通信を切ります」
「了解だ。お前さんのアメリカン・ジョークが聞けてよかったよ。作戦は順調だ。オーバー」
「基地に帰ったら殴ります」
リチャード・レイヴンは、ヘルメットのなかで苦笑した。ジョークが通じない部下、というのは困る。
──
コックピットの外は快晴である。
ところどころに雲はあるものの、視界は良好で、敵の目視もしやすい。
先ほど、ジェマナイのSu‐77とすれ違ったが、攻撃はしてこなかった。
敵の現場も混乱しているに違いない。
それはそうだ。
限られた武装で戦う以上、戦いの効率ということを考えなければいけない。
ジェマナイの目標は何だ? GO‐STO10か? QR‐Xか?
オーストラリア共和国軍の現状がどのていどジェマナイに伝わっているのか、とリチャード・レイヴンは訝った。
クアラルンプールが見えてきた。
今、ジェマナイのビッグマン・ヴェガ2体はクアラルンプールに展開している。残り1体はクルアン。
厄介なのは、それよりも高射砲の部隊だ。
ジェマナイは自走高射砲の数をそろえてきている。
陸軍の戦力は未知だが、それでもロシアとアジア全域を支配するには十分な戦力なのだろう。
今朝がたも、こちらのGO‐STO10が数機撃ち落とされた。
『相手がビッグマンでなくっても油断するな』と、先ほど訓示があったばかりである。
しかし、ビッグマンが厄介な敵であることには変わりない。
目標として捕捉できたら、リチャード・レイヴン自身もまっさきにビッグマンを攻撃するだろう。
クアラルンプール空軍基地は、中心街から20キロほど離れたスンガイ・ベシにある。
攻撃目標はまずそこだが、上は市街地を攻撃しても良い、という許可を出している。
実際、ビッグマンが展開しているのは市街地だ。
(まずは、そこを狙うか?)
と、リチャード・レイヴンは思った。──まさか、ペトロナスツインタワーを狙うことはしないが。
と言っても、老朽化した高層ビルだ。機銃の一斉照射でも倒壊しかねない。
(やれやれ。かつての友好国を攻撃するというのは、俺の性に合わんね)
でも、戦いは戦いである。
クアラルンプール基地から出撃した2体のヴェガが、金融街とショッピングモールに布陣している。
リチャード・レイヴンは、うち1体のビッグマンに狙いを定める。
(どうやら、相手は足が遅いらしいぞ?)
空対地ミサイル(ASM)を発射──空対空ミサイル(AAM)よりも破壊力が大きい。
動きが鈍い以上、敵のビッグマンは地上施設だとみなしたほうが良い。
上の判断は的確だった。
レイヴン少佐とハヤシ中尉ほか、数機のGO‐STO10はASMを装備している。
対ビッグマン戦にかけているのだ。
ジェマナイに現在所属しているビッグマンは50体あまり。
そのうちの1体でも今のうちに破壊しておけば、戦況は大きく変わってくる。
リチャード・レイヴンの放ったASMは、敵のヴェガに向かって直進していった。
しかし、命中寸前にミサイルを躱すヴェガ。
そのまま、ムルデカ118の陰に入った。
(くそっ! これでは攻撃できない! 民間施設の攻撃はご法度だ!)
そのままムルデカ118を通過。180度ターンして、ヴェガの死角に入った。
(どうやら、熟練のパイロットではないらしいね。俺様は、ジェマナイのパイロットは全員精鋭だと思っていたよ!)
ヴェガが全方位ミサイルを発射する。
東西南北すべての方向に飛んでいくミサイル。
(はっはあ。俺以外も攻撃目標にしたか! しかし、その慎重さがあんたの命取りだよ!)
再びASMを発射するレイヴン。
そのミサイルは、敵ヴェガのどてっぱらにぶちこまれた。
爆散する1体のヴェガ。
ペトロナスツインタワーのわきで、1体のビッグマンが崩れ落ちる。
さすがに、熟練したパイロットの戦い方だった。
リチャード・レイヴンは、再びメイヴェル・ハヤシに通信を試みる。
「どうだ、中尉? そちらは順調に行っているか? こちらはビッグマン1体を撃破した」
「ビッグマン1体を撃破ですか? 早いですね! こちらはクアラルンプール基地の攻略に手こずっているところです」
「ああ、かつての味方を攻撃するというのは、簡単じゃないからなあ」
「そんな冗談を言っている場合ではありません、少佐」
「うん? なにかあったか?」
「はい。QR‐X部隊からの報告では、こちらに敵のヴェトルが向かっているということです」
「ヴェトル? そうすると、ビッグマンの援軍か?」
「その通りです」
「となると、厄介だな。敵は精鋭部隊を送ってきている可能性がある」
「はい」
リチャード・レイヴンは、ヘルメットのなかで軽くうなずいた。
部下が慎重でいてくれるのは良い。
厄介なのは、部下が暴走したときとパニくったときだ。今はそうはなっていない。
「よし! 各機戦況を見極めつつ、上空で旋回行動。敵ビッグマンは精鋭である可能性あり。無理はするな!」
それだけの命令を、リチャード・レイヴンはショートメセージで各機に通達した。
あとは、味方が無理をしないことを祈るばかりだ。
この戦況で戦力を消耗しても、意味のあることではない。無駄死にだ。今は各機が生き残ることがすべてである。
そんななかで、メイヴェル・ハヤシからリチャード・レイヴンに通信が入った。
『雑魚はすておきます。今は撤退のために、そのビッグマンに威嚇行動をしようと思うのですが?』
『完璧だ、中尉。市街地の上空で会おう!』
両者ともに、戦闘のプロの経験から来る言葉だった。
また優秀なパイロット出てきました。




