151.日本にて
カリニンが日本に到着します。
日本の三沢基地は、猛吹雪という景色だった。
タラップを降りたアーサー・カリニンを待ち受けていたのは、先ほど話したミウラ大尉だった。
すぐさま、敬礼で迎え入れる。
愚直で、そして真っ正直な日本人らしい。
カリニンは、日本という国に愛着を感じていた。
新婚旅行で、妻とともに日本を訪れようかとも考えたことがある。
そして、永遠に亡命してしまおうかとも……
しかし、そうはならなかった。
やがて、カリニンはジェマナイにおける地位を確固としたものとし、日本はジェマナイに併呑された。
だから、今回の任務にも、彼はどこか懐かしさを感じるのだった。
「アーサー・カリニン二将ですね? 洋子・三浦大尉です。今回の任務、ご苦労様です。三沢基地は、このような猛吹雪ですが……」
「大丈夫だ。根っからのロシア生まれだ。雪にはなれている」
「しかし、幸先がよくありませんね? 作戦の初日がこのような悪天候とは」
「ん? 貴官は吉兆を気にするほうか?」
アーサー・カリニンも、日本人の迷信深さについては事前に言い聞かされていた。
「そうではありません。ヴェトルが嵐にでも巻き込まれたら、厄介です」
「ああ、そういうことか。そうだな。心配ないだろう、ロシアから派遣されたパイロット陣は優秀だ」
「それなら良いのですが」
三浦大尉はなおも心配そうにしている。
「はっはっは。気にするな。このような悪天候下での作戦も何度もこなしている。わたしを見くびってもらっては困るぞ」
「それは、頼もしい次第です」
「で、こちらで合流する2人の士官とは? 今どこにいる?」
カリニンはすぐに話題を切り替えた。
日本人は天気の話題が好きだ、とも聞いていた。
このまま三浦大尉につきあっていたら、30分も天気の話題で無駄にしてしまいそうだ。
「ブリーフィング・ルームで待機しています。こちらに呼び出しましょうか?」
「いや、そうだな。格納庫のほうに直接来るように伝えてくれ。わたしもコーヒーを一杯飲んだら、すぐにそちらへ行く」
「了解しました」
そう答えて、三浦大尉は踵を返す。
アーサー・カリニンは、鈍色の上空を見上げる。
「いや、いや。これは良い前兆だ……」
そうつぶやいた。
──
コーヒーを飲んで体を温めたカリニンは、ビッグマンの格納庫へと向かった。
全幅150メートル、全高60メートルもある巨大な格納庫である。
日本の建築技術のせいなのか、いくぶんどっしりと見えた。
ロシア連邦内にあるビッグマンの格納庫は、ほとんどが地下施設である。
このように地上に突き出た建築は珍しい。
やや足早に歩いてきたカリニンを、三浦大尉と2人の士官が出迎える。
2人は、それぞれこう名乗った。
「セルゲイ・イリイン特務一佐です。ジェマナイによる日本制圧作戦当初から、アオモリを拠点にしていました」
「アミナ・ロストヴァ特務三佐です。こちらに赴任したのは、1年半前になります。普段は、イリイン特務一佐とチームを組んでいます。今回の作戦に参加できること、光栄です」
その言葉に、イリイン一佐はロストヴァ三佐を横目でちらりと見た。
(良い関係のようだ)と、カリニンは思う。
「クアラルンプールでは、現地にいる3体のビッグマンと合流。これと協働して、オーストラリア共和国軍の侵攻を防げ、との指示でしたが、間違いありませんでしたでしょうか?」
イリイン一佐が尋ねる。
カリニンは、
「その通りだ。オーストラリア共和国の軍隊も強力だ。最新鋭機のQR‐Xという機体も参加しているだろう。くれぐれも油断のないようにしてくれたまえ。ビッグマンは無敵ではない」
「はっ、それは普段から心がけていることであります」
「頼もしいな。ロストヴァ三佐、整備班のところに案内してもらえるか? 何分、今回は時間がない。事前に打ち合わせをしておきたいことがあるのだが……」
「それなら、至急こちらに呼び出しましょう。……ですが、ヴェガⅡ3体の整備はもう済んでいますが?」
「それだ。わたし向けに特別にチューニングしてもらいたい。詳細については、整備班の士官たちとともに貴官らも聞いておいてくれ」
「了解しました」
ロストヴァ三佐が敬礼して離れていく。
「やれやれだな。わたしは半日の日本観光も楽しみにしていたのだが、マウント・フジは見えなかった」
カリニンがおどけたように話す。
「あはは。それは無理ですよ、カリニン二将。マウント・フジはもっとずっと南にあります」
「そうか? わたしも日本の地理にはあまり詳しくないからな」
「ですが、ご心配なく。アオモリにも、ツガルフジという山があります」
「なんだって? 日本にはいくつもフジサンがあるのか?」
「ええ。100個程度はあるでしょう」
イリイン一佐が笑いながら答える。
「日本にはそんなにたくさんのマウント・フジがあるのか? それでは、今回の作戦では見切れんな?」
「本命のフジサンは1個です。ヴェトルでの移動中に、マウント・フジの上空を通過させましょうか?」
「それはいい。この作戦にとって良い景気づけになる」
「パイロットたちには、わたしから連絡を取っておきましょうか? それとも二将自身が?」
「そうだな。わたしが指示を出す。パイロットからの問い合わせがあるだろうから、貴官はヴェトルの経路についてアドバイスをしてくれ」
「了解しました」
そうだ。このような余裕が大切なのだ、とカリニンは思う。
戦場では、先に焦ったほうが負ける。
しっかりとした事前準備と、心の余白。それで、戦いに勝つことができる。
そうこうしているうちに、ロストヴァ三佐が整備班の士官たちを連れて戻ってきた。
チームのリーダーは、アキオ・オオモリという日本人だった。
外見年齢はすでに壮年といったところで、髪に白いものが混じっている。
カリニンは、内心で嘆息した。
ちょうど自分と同じくらいの年齢か……と。(その予測は当たっていた)
「アキオ・オオモリ大尉です。よろしくお願いします、カリニン二将。自分は以前は自衛隊の所属でしたが、訳あって現在はジェマナイに所属している者です。かつての敵と思って警戒なさらず、どうか信頼なさってください」
「うむ。分かっている。日本の抵抗は激しかったからな。それだけ、貴官らは優秀だということだ」
カリニンは、別の視点から切り返す。
「ところでだ。わたしの搭乗するヴェガⅡなのだがな? ちょっと手を加えてほしい」
「それは、どういったことだったでしょうか」
「うむ。スカートのなかのジェット・ノズルの向きを、鋭角、鈍角、鋭角、鈍角と互い違いにしてほしい」
「ヴェガⅡのスカートには9個のスラスターが設置されていますが、それ全部を、ということでしょうか?」
「そうだ」
カリニンはうなずく。
イリイン一佐とロストヴァ三佐はお互いに顔を見合わせた。
不思議な指示を出す上官だと思ったのである。
「それでは、空中移動時の挙動が不安定になりますが?」
「いや、それで良いんだ。わたしに考えがある。このやり方で、いくども苦境を乗り切ってきた」
「それならば良いのですが、ヴェトルの発進までは8時間を切っています。調整にすこし時間をいただけますでしょうか?」
「ゆっくりやってくれてかまわない。貴官の腕を信頼している」
そして、カリニンはイリイン一佐とロストヴァ三佐のほうを振り返った。
「これで、わたしのほうの準備は整った。ブリーフィング・ルームでコーヒーでも飲もう。フジサンを見るのが楽しみだ!」
(あれ?)という顔をしたのは、ロストヴァ三佐だけである。
イリイン一佐は、目に微笑をたたえて、この不思議な新しい上官の目をまっすぐに見つめていた。
富士山が見たかったカリニンでした。




