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地上戦機ライジングアース  作者: クマコとアイ
第八部

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149/203

149.ドニエスタル侯爵

場面は変わってアジンバル公国です。

 アジンバル公国のドニエスタル侯爵は、ハヌマン・ドーカに設置された執務室を出て、王の間へと向かっていた。

 ドニエスタル侯爵は、特定の大臣を務めているわけではなかったが、国民の誰もが知る宰相で実力者であった。

 王の間へとつながる廊下で、ドニエスタル侯爵は共生省大臣のナダ・セレク=イェンと行き会った。

 彼女とは、タカ派同士でウマが合う。


「マレーシアのことですか?」

 すれ違いざまに彼女は言った。

 お互いに、その執務を妨げるようなことはしない。

 情報は下から上がってくる。

 自分たちは、それを統括する立場である。

 ドニエスタル侯爵には彼自身の立場があるだろう……と、ナダは思った。

「そうだ。マレーシアのことだ。オーストラリア共和国はクアラルンプールに大規模な戦力を投入している。マレーシアが突破されたら、アジンバルは目と鼻の先だからな」

「おっしゃる通りです。それで、王には何を告げるおつもりですか?」

「そうさな。戦うということの覚悟について。今この時に、それより勝るものはあるまい」

「それでしたら、わたしも先ほど王に進言をしておきました。あなたの進言が通るように祈っています」

「ありがとう」

 そう言って、両者はふたたび正反対の方向へと歩き始める。

 2人とも、軍の扱いに関しては素人だった。

 だからこそ、ドニエスタル侯爵の足取りも重くなる。

(今ここにリュシアスがいてくれればな……)などと、侯爵は思う。


 ──


 シンガ・パハド公王は、33歳。

 クーデターによってアジンバルの公王となった人物だ。

 そのクーデターが起きたのは、今からちょうど10年前である。

 世界が激動にゆすぶられているときに、アジンバルでも政変が起こった。

 前王であるマハ・パルバトは、クーデター後の消息が不明である。

 日本に亡命したとも、ジェマナイに匿われているとも言われている。


 ……

 アジンバル(ネパール)にはこんな伝承がある。

 カトマンズはもともと巨大な湖だった。

 それを、文殊菩薩が切り開いて、カトマンズ盆地と首都カトマンズが誕生した。

 ドニエスタル侯爵は、この神話を美しいと思っていた。

 知恵の菩薩たる文殊菩薩が、カトマンズの大地を切り開く。

 それはまさに、北欧からの亡命科学者の存在によって繁栄している、この国の現状と附合する。

 王国や公国は、かつてのように武の力によって安定するわけではない。知恵の力によって繁栄するのである。


 ドニエスタル侯爵は、現王にたいする忠誠心はもってはいなかったが、前王に対する畏敬の念は抱いていた。

 この国を、いや世界を、変えていかなければならない──というのが、侯爵の野心なのである。


 ──


 王の間に入っていくと、シンガ・パハド公王はややいらだっているようだった。

 ナダ・セレク=イェンによほど嫌なことを言われたと見える。

 元々、現公王は武人であり、政治には不向きな性格をしている。

 彼を、ドニエスタル侯爵やリュシアスらが支えてこそ、今のアジンバル公国の繁栄はあるのである。

 彼に比べれば、前公王のマハ・パルバトは段違いに理知的な人物だった。

 北欧からの亡命科学者らを迎え入れ、世界の大国とは違う道を歩んだ。

 前公王であれば、この戦争もしぶしぶであったろうな、とドニエスタル侯爵は推量する。

 今はどこにおられるのかも分からない身とあっては、そんな推量も無意味だったのだが……


 今、アジンバル公国はバグダッドに3体のビッグマンを派遣している。

 しかし、それも元々はジェマナイから借り入れたものだ。我が国の戦力とは言いにくい。

 そして、オーストラリア共和国が動いた。

 ジェマナイとアジンバル公国とは、今後二正面作戦を強いられるはずだった。


「なんだ、ドニエスタルか……」

 シンガ・パハド公王は不機嫌そうにつぶやく。

「今日は5人との謁見があると、シリウス・ヤーパから知らされている。貴殿は、その3番目だ」

「恐れながら、陛下のご采配を賜りたく、参じた次第でございます」

「嘘を言うな、その采配といのは、すでに貴殿のなかで決定している作戦か計画であろう。わたしのところに来るときには、とっくに準備が整っているのだ。わたしは署名をするだけ。そうではないか?」

「恐れ入ります」

 ドニエスタル侯爵が頭を下げる。

「で、何のことだ? 先ほどナダ・セレク=イェンからも釘を刺された。ここは慎重にご采配ください、とな。大方マレーシアのことだろう? 違うのか?」

「おっしゃる通りでございます。今、オーストラリア共和国はジェマナイに対して戦端を開いています。現在の目標になっているのは、マレーシア各地。とくにクアラルンプールです」

 ドニエスタル侯爵は淡々と答える。

「分かっている。マレーシアが突破されたら、わがアジンバルも危ない。ジェマナイから派遣されたビッグマン3体は、今はバグダッドだしな。グリペンネオの戦力だけで、果たして戦えるかな?」

「難しいでしょう」

 ドニエスタル侯爵の答えは、いかにも率直である。

「では、貴殿の宣戦布告は早まったな? 鼻先にニンジンをぶらさげられた馬も同然だ!」

 シンガ・パハド公王は、額にしわを寄せる。明らかに不快という表情だ。

「はい。ですからここは、持久戦の構えで行くのが肝要かと存じます。その間に、わが国でもビッグマンの独自開発を急ぐ、ということでこの戦争は乗り切れるはずでございます」

「クアラルンプールは簡単には落ちないと?」

「はい。ジェマナイではすでに、アーサー・カリニン二将を中心としたビッグマン部隊の派遣を決めています」

「なるほど、貴殿は早耳だ。そして、我が国のビッグマン3体はあいかわらずバグダッドの戦線に投入しておく、と? 世が世なら、わたしが先陣を切って戦いたいくらいだ。我が国は、この戦争が終わった後の新世界のリーダーにならなければならない」

 シンガ・パハド公王はやや首を傾けながら、挑戦的な目でドニエスタル侯爵を見据えた。

 しかし、ドニエスタル侯爵は冷静である。

「陛下が先陣を切るというのは、よろしくありませんでしょう。公王はその玉座に落ち着いているべきです」

「それは、文官としての貴殿の意見だな。しかし、わたしは元々武人だ。戦いの血が騒ぐ」

 苦笑いする、シンガ・パハド公王。

「その点が、セレク=イェンも心配だったのでございます」

「分かっている。そして、ビッグマンの独自開発と言ったな? 完成の目途でも立っているのか? わたしのところにはまだ情報は上がってきていないが?」

「ですから、わたくしめが今日ご報告申し上げている次第です。ビッグマンの独自開発、最長でも6か月あれば完成させられるとの、科学者たちの意見です。ブラックスワーンダーがライジングアースをハッキングした際に、基幹エンジンとなるカーネルの情報もジェマナイのAIネットに載ったようなのです」

「それは本当か? なら、こちらに分があるな。よし、ビッグマン6か月以内に完成させてみせろ。と言っても、貴殿はすでに根回しは済ませているのだろうな?」

 そう言うと、シンガ・パハド公王は打って変わって明るくなった調子で笑い声をあげた。

 ドニエスタル侯爵は、この公王の視線に見入っている。

 ……

 シンガ・パハド公王の言う通りだった。

 すでに、科学者や技術者への根回しは済ませてある。

 各国が現状では、ビッグマン開発を急いでいると思われるが、完成させた国はない。

 今は、ジェマナイが製造したビッグマン以外に存在しないのである。

(だが、我が国はジェマナイと連携することで、重要な情報を手に入れることができた。これで、統合戦線やオーストラリア共和国などに先んじてビッグマンを完成させることができるだろう……)

 ドニエスタル侯爵は、静かに一例して王の間を出た。


 ──


 セレク=イェンや、軍関係者にも情報を浸透させておく必要があるだろう。

 ドニエスタル侯爵は、そんな考えを巡らせながら中庭のほうに目を向けるのだった。

(今、世界はもう一度動き出している。「22世紀の冷戦」時代に停滞していた空気が、加速されるのだ──しかし、リュシアス。お前はこのビッグマンという大量破壊兵器を使って、何をどこに導こうとしているのだ?)

 侯爵は、そのまま中庭に見入ったまましばらくの間立ち続けていた。日差しが傾くまで。

ドニエスタル侯爵も物語の背後で動いています。

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