148.前線の盾
統合戦線がイラク戦線に海軍を投入することを決定します。
その朝、ブリーフィングの最中にシエスタとフィオリヒト少尉とは、チディ・マベナ大尉の話を聞いていなかった。
チディ・マベナはその日も型通りのことを……生きて帰ってこい、ということを訓示していた。
しかし、そんな状況で、フィオリヒト少尉がシエスタ・アレーテに耳打ちする。
「どうやら、統合戦線は巡航ミサイルをNooSによる完全制御に切り替えたようです。これで、わたしたちの戦いも変わってきます」
「それは確かなのか? その情報はどこから?」
シエスタは、冷静に聞き返す。
その情報の出どころ、というものについては、シエスタにもある程度分かっていた。
ただ、それを今共有すべきなのかどうか、ということについて迷うのである。
「いつも通り、サテライト群をハッキングして、統合軍の司令部付の情報を参照しました。間違いないと思われます」
「それは、信ぴょう性の高い情報だな。軍は、それを数日中にも運用するつもりなのか?」
「はい。現在、巡洋艦ネルソン・マンデラと空母バルムンクが地中海に向かっています」
「ネルソン・マンデラがか? それは大ごとだな……」
「ええ。統合軍は本気です。本気でこのNooSを使ってジェマナイを打倒する気でいる」
フィオリヒト少尉は、ネオスにもかかわらずため息をつく。
「それは、あくまでも楽観的な見通しだよ。我々は依然として前線で戦わないといけない……敵は劣化ウラン弾も使ってきているのだろう? 戦術核や粒子気化爆弾を使わないとも限らない」
このときシエスタは、戦略家としての慧眼を披露したのだ、と言えた。
フィオリヒト少尉はしばし沈黙する。
「マベナ大尉はこのことをまだ把握していません。どう伝えますか?」
「そうだなあ。あくまでも、貴官のハッキングによる不確かな情報なのだ。報告は後にしておいたほうがいいだろう……」
「了解しました。わたしは引き続き、統合戦線の情報ネットをハッキングして情報を確保します」
「頼む」
それは、統合戦線という国、および統合軍という軍隊の闇だと言えた。
前線には伝えずに、戦略および戦術を変更する。
そこで、負荷がかかってくるのは、前線の兵士たちにである。
兵士たちは、「上」の事情について、把握していない。
ただ、戦場だけが混乱する。
そして、そのうちのある者たちは死を迎えるのである。
シエスタ・アレーテは、そのような理不尽な死を避けたかった。
彼女らは、前線において「戦いの盾」とならなければいけないのである。
「ところで……」
と、フィオリヒト少尉は言葉を継ぐ。
「近いうちに、イラク陸軍およびイラク空軍との連携を強化するために、合同の作戦会議が開かれるようですよ?」
「合同の作戦会議? それも聞いていない!」
シエスタは、はたと額を打つ。
弱ったなあ、という面持ちである。
「どうしたのですか? 中尉? これは通常の作戦行動です。合同会議が開かれるのはいつものことでしょう?」
フィオリヒト少尉は怪訝になった。
そんな少尉とシエスタの様子を、アマラ少尉もじっと観察している。
「いや、それなんだがな? イラク陸軍のシャダム・アルリク大佐という人物に、わたし求婚されているんだよ? 彼も……きっとやってくるのだろう?」
「イラク陸軍の主だった面々は参加予定です。ジェマナイの攻撃がゆるんだ隙にですが……それにしても、そんなことがあったとは」
「ああ。なんだか、ノルニールを撃退したときに、わたしに惚れたっていうことらしい。さすがになあ、わたしも亡霊女神っていう二つ名で呼ばれてはいるけれど、求婚とはまさかなあって思ったよ」
「それはメールで送られてきたので?」
と、アマラ少尉が尋ねる。
「いや、タージ基地に直接訪ねてきて、いきなりプロポーズされた」
おやおや、というフィオリヒト少尉の表情である。
アマラ少尉は笑いを抑えきれないでいるらしい。
「作戦行動中以外は、休んでいたいですよね。それにしても、イラク陸軍の大佐が婚活とは!」
「いや、男ぶりは良いんだよ。モテる性格でもあるらしい。しかし、なにせこちらにとっては根耳に水だ……」
「中尉には、サイガ中尉がいますもんね」
アマラ少尉がにんまりとした。
「バカ! サイガは、ただの戦友だ」
そう言って、シエスタはそっぽを向いた。
しかし、それが図星ではあった。
シエスタは、斎賀が行方不明になっているこの状況で、色恋沙汰にうつつを抜かしたいとは思えない。
男に言い寄られるのは、正直うれしい。が、なにもこの状況下でなくっても良いだろうと思えた。
シエスタは、いったんは会話を打ち切ったものの、数分経ったころにアマラ少尉がこう話しかけてきた。
「俺もね? 嫁さんのメッセージがうるさいんですよ。今度も必ず生きて帰ってきてね、必ず生きて帰ってきてねって。俺としては、いつも通りの作戦行動でしかないんですけれどね。でも、何よりもあったまりますよ、そういう会話があると」
そうだった。アマラ少尉は既婚者だったのである。
いつもの軽薄な様子を見ていると、シエスタはそれを忘れがちになる。
元サーファーという、チーム・アマリのなかでも明るいムード・メーカーだ。
そんな彼の軽口に、シエスタは幾度助けられてきたか知れない。
しかし、今はそれはヤバいだろう、と思われた。
「おい、そういうの死亡フラグって言うんだよ? 変なフラグ立てるな」
「大丈夫、俺は死にませんって」
そういって、アマラ少尉はコーヒーが入っていた紙コップをくしゃりと握りつぶす。
なにか言い知れぬ気合のようなものが、そこには感じられた。
前方では、チディ・マベナが引き続き作戦の説明をしている。
シエスタは、先ほどのフィオリヒト少尉からの情報もあって、その説明がうまく頭のなかに入らないような気がしていた。
前線に、統合軍からの巡航ミサイルが割り込んでくるとしたら、通常の飛行では危険である。
今までよりももっと安全を確保したうえで飛行しないといけない。
となると、攻撃の手段というものも限られてくるのだ。
クラッキング・キーウィでの攻撃はとくに制限されるだろう。
(やれやれ、これでは亡霊女神ではなくって、実際に亡霊になった女神になりかねないな……)
そんなことを、胸のうちでひとりごちた。
最後に、チディ・マベナは、ジェマナイの前進基地が「セラフィス」と命名されたことを告げた。
「この理由は分からない。しかし、ジェマナイはすぐにでも基地要員を送りこんでくる可能性がある。バグダッドは、そのすぐ東に敵の大々的な基地を抱えるわけだ。これはやっかいなことになる。皆も、敵戦力を最大限削ぐことに注力してほしい。とくに、ビッグマンにたいしては慎重に対峙し、可能であればこれを破壊すること。以上だ」
セラフィアが統合戦線に亡命してきたことは、まだ前線にいる士官たちには知らされていない。
これはトップ・シークレットであり、斎賀のMIAとともに秘匿事項だった。
(セラフィス? なにか不吉なイメージがあるな? ジェマナイはなぜ名前なんか……)
シエスタは、胸のなかで思った。
そして、なぜかそのことが斎賀の行方不明と関係しているような気がしてならないのだった。
合同作戦会議の様子はまた後程描きます。




