147.ネオスの母
オリヴィア博士とミューナイトとの関係性を聞かされるセラフィアです。
ミューナイトとセラフィアとは、再び整備場へと降り立った。
ハルク・エンベルクとサモ・オクンジのもとへと歩いていく。
彼らは、猛烈な議論を交わしているところだった。
「ネオスで、この人間関数ですよ? 俺たちは、人間関数の認識を間違っていたんじゃないでしょうか?」
「いや、どうかな。『人間関数』というのは、あくまでもライジングアースの内部機構にかかわる関数だ。かならずしも、人間とネオスの相性を反映した値だとは限らない……」
「どうでしょうね。あのネオス……セラフィアって言いましたか? ライジングアースへのクラッキングをしているんじゃ?」
「滅多なことは言うな、オクンジ」
ハルク・エンベルクが釘を刺す。
「了解です」
そして、2人はセラフィアとミューナイトのほうを振り向いた。
計測室からは、オリヴィア・トゥレアール博士が出てくる。
傍らには、ティア・ラモン少尉も並んでいた。
オリヴィア博士は、まずセラフィアを呼び止めた。
「セラフィア少佐。貴官は、ライジングアースへのクラッキングは行っていないな? 今、人間関数が93%という数値を出した。これは、即席のチームが叩き出す値としては異常だ。あなたになにか心当たりは?」
セラフィアはとまどった。
自分が、人間の思考や心理をトレースできることは、自覚している。
しかし、それがライジングアースにどう認識されるのかについては、まったく謎だった。
彼女自身にも答えは分からない。
だから、こう尋ねる。
「ないな。博士。『人間関数』とは、そもそもいったい何なのですか?」
「それだな……」
オリヴィア・トゥレアールは腕を組んだ。思案顔である。
「つまり、人間関数とは、ライジングアースに人間とは何かを認識させる機構(=システム)だと思う。それによって、ライジングアースはユーマナイズを浴びせる際の、敵の脳波への干渉を変化させる。文字通り、洗脳兵器なわけだ。しかし、それとは別に……」
と、言いよどむ。
「人間関数はライジングアースの駆動系そのものに影響を与えている可能性がある。AIとして思考するのでは限界があるが、人間として思考するのであれば、そこで限界は突破される。そういうシステムをライジングアースは備えているらしい」
「恐ろしい兵器ですね」
セラフィアは、それだけ言葉を継いだ。
ミューナイトは静かにうなずいている。
整備班の面々は、顔を見合わせて何かをささやきあっていた。
「もしかすると、ライジングアースは真のビッグマンなのかもしれない……」
やや蒼白な面持ちで、セラフィアはそうつぶやいた。
「ところで博士……この子の調整は整備班と博士が行うとして、わたしたちに何かアドバイスできることはあるのかしら?」
ミューナイトがオリヴィア博士に尋ねる。
「あはは。それだよ?! お前たちは、いわばモルモットだ。数値を計測するための実験体。軍人なら、わかるね?」
「分かります。わたしたちは、あくまでも戦うユニットですから……」
「その通り。だが、生き延びなくっちゃいけない。お前たちは、命を無下にするべきではない。それは敵の命にしてもそうだ」
「だから、博士はユーマナイズの研究を急いでいるんですね?」
「そうだよ。分かってくれてうれしい」
ミューナイトとオリヴィア博士は会話を終えた。
しかし、セラフィアはそんな彼女たちの様子に不審を感じていた。
だから、こんなふうに尋ねる。
「ミューナイト。お前と博士とは、そんなに親しい間柄なのか? なにかツーカーで会話が通じているように感じられたのだが?」
「ああ、博士はわたしのお母さんだから」
ミューナイトは答えた。
オリヴィア博士は微笑している。
セラフィアはますます分からなくなった。
「お母さん? どういうことだ??!」
その疑問を、オリヴィア博士が引き取った。
「ああ。ミューナイトの設計者はわたしなんだ。ネオスとしてのAI脳をプリインストールし、彼女の性格を作り出した。もちろん、ミューナイトには独自の人格がある。完全にコントロールはできていないが、まあ、育ての親、程度の関係ではあるだろうね」
そして、セラフィアはきょとんとした。
……ネオスに親があるとは?!
(統合戦線というのは、こんな国なのか? ここでは、ジェマナイ以上にネオスの権利というものが認められている? なら、わたしは何のために戦っていたんだ……)
内面に葛藤が渦巻く。
ただ、こんな言葉を絞り出した。
「子ルーチンに、母はいない……」
「そうだね。ジェマナイにおけるネオスの現状について、わたしも少しは知っている。地位と報酬が約束されている。そういう現状だ。しかしね、ジェマナイにおいてはネオスの成長というものが抑圧されている。ジェマナイにおいて、子ルーチンとは常にひとつのユニットだ。だから、ジェマナイのAIネットにも常時接続されているし、スタンド・アローンで思考することは許されていない。でも、統合戦線においては事情が違う。作動の効率性は度外視して、ネオスたちはスタンド・アローンで思考する。その思考がクラウド・ベースで共有されて、初めて全体としての思考の方向性が決定される。統合戦線におけるネオスの生き方は、民主的なんだよ」
それは、最先端のAI研究者としての言葉だった。
オリヴィア博士は、ネオスを完全に人間と対等なものとして認識している。
だからこそ、ネオスが戦いの最前線に立たされることについては反感を感じる。
しかし、それと同時に戦うネオスが、真に自分の生を生きている、ということも実感している。
これがジェマナイであれば、全体の意に添わない子ルーチンはマザー・ルーティーンによって思考を書き換えられるだけだ。
そこに、ネオスとしての自律性はない。
表面的な幸福が、必ずしも幸福だとは限らないのである。
セラフィアは、やや不器用にミューナイトに尋ねた。
「お前は、オリヴィア博士をお母さんと呼んだことがあるのか?」
「いいえ、それはないわ。博士は、あくまでもわたしの設計者である。母というのは、比喩として、ということ」
「そうか、それなら良いんだ……」
セラフィアはそれ以降に続くべき言葉を飲み込んだ。
それは、「わたしには母はいない。これからもそうだろう。お前だけに母がいるということに、わたしは正直嫉妬を感じる」というものである。
しかし、その言葉をセラフィアは言わなかった。
その思いは、今後もセラフィアのなかで継続されていくことになる。
セラフィアはそこで初めて、「人間というものは何か」について触れたのだった。
それまでは単なるトレースだった感覚が、そこで実体験になったのである。
その場の空気を凍らせてしまわないように、サモ・オクンジが言葉を継いだ。
「なるほど! オリヴィア博士はミューナイトのお母さんだったのですね? 道理で、ライジングアースの駆動系についても熟知してると思っていました。博士は、ライジングアースとミューナイト少尉を導く太陽なんだ!」
それは明るい言葉だった。
その場における深刻さを払拭してしまえるような、希望に満ちた言葉である。
ミューナイトもオリヴィア・トゥレアールも、戦況については冷静に分析していた。
このネオス、セラフィアを味方につけて、ジェマナイと戦っていかなければならない。
そこに感傷や慰安の余地はない。
しかし、ライジングアースが「人間的な兵器である」という認識が生まれたとき、そこには希望が生じる。
戦いを終わらせるための戦い、に彼女たちが参画している、という希望が生まれるのである。
オリヴィア博士は、「犠牲は最小限に」と言った。
そこには、一週間シャワーも浴びていないだけの、覚悟と尽力があった。
博士もまた現場の人間ということでしょうか。




