146.オリヴィア博士とライジングアース
忙しくて入浴もできないオリヴィア博士です。
整備場に降りると、そこにはオリヴィア博士がいた。
ミューナイトは思わず緊張する。
その日、彼女に会うとは思っていなかったのである。
ミューナイトは、ネオスながら突然の事態に対処できないという癖がある……
ネオスは、一般的には演算をして思考を確定させる、という存在である。
その点はミューナイトも一般的なネオスと変わらない。
しかし、彼女にはディープ・コーディングの能力がある。
その能力は、オリヴィア博士にとっても未知だった。
オリヴィア・トゥレアールは、ミューナイトを目にして目を細める。
「ああ、やってきたね。ライジングアースの修復は順調だ。頸部のユニットはまるごと取り換えることになった。あと一週間で修復は済むだろう」
そんなふうに言う。
ミューナイトはそれに対して、
「それは良かったです。ライジングアースが早く直れば、統合戦線にとっても有利に働くはず」
「軍人みたいなことを言うんだねえ?」
「わたしは軍人ですから」
ミューナイトが言うと、オリヴィア博士は笑った。
先の戦いで、ミューナイトがユーマナイズを使わなかったことに、博士は納得している。
それは、軽々しく使って良い兵器ではなかった。
彼女のアドバイスにミューナイトが従ったことが、博士にとっては純粋にうれしかったのだ。
「そちらは?」
「セラフィア少佐です。今後、わたしのコパイロットを務めます」
「そう……サイガに代わってねえ……」
オリヴィア博士は眉根を寄せた。
じっと、ねっとりとした視線をセラフィアに注ぐ。
セラフィアは臆するということはなかった。
ただ、博士の視線をありのままに受け止めていた。
彼女は敵なのか、味方なのか、慎重に吟味しているという態度だった。
「セラフィアだ。あなたは、このライジングアースの担当研究員なのか?」
「いや、違うね。わたしの担当はミューナイトだ。そして、あんたの担当でもない」
苦り切った様子で、オリヴィア博士は言った。
斎賀が行方不明な今、余計なファクターが事態に関わってくることはごめんだ、という思いがあった。
「あんたはセラフィア? わたしはあくまでも軍のアドバイザーだ。あんたの部下でも上司でもない。忌憚なく頼むよ?」
「それは、良いように」
と、だけ、セラフィアは答えた。
この、オリヴィア博士という人物は油断のならない人間のように、セラフィアには思われていた。
「さて。ライジングアースの修復についてだ。まず、わたしはあんたがたの『人間関数』を計測しなければならない。その値が規定値以下なら、ライジングアースを飛ばすわけにはいかない」
「わかっています」
と、ミューナイトは答える。
「わかってないよ。あんたたちの使用している武器は、大量破壊兵器なんだ。軽い気持ちで乗ってもらっては困る」
と、オリヴィア博士は言う。
ミューナイトは困惑した。
「わたしは、その点についてもわかっているつもりです」
「つもりじゃ、困るんだ。実際でなくっちゃ……それで、そこのネオス。あんたはどう思っているんだ? ライジングアースに乗ってユーマナイズを発動できるのかい?」
「わたしは、あくまでもコパイロットだ。操縦はミューナイト少尉に任せる。そして、ライジングアースは単なる大量破壊兵器ではないとも思っている。ライジングアースは、戦力だ」
それだけの言葉を、セラフィアは絞り出した。
なぜか、このオリヴィア・トゥレアールという人物を前にしていると、自分は威圧感を感じる。
ジェマナイで、戦術特務三将まで務めた自分がだ。
そのことが、セラフィアにとっては納得がいかないような気もし、逆にうなずける部分もあるように思えた。
今、自分は真に統合戦線の兵士なのである。
かつての味方とも、戦わなければならない。
しかし、オリヴィア博士は言った。
「それなら良いよ。戦争っていうのは、実務的じゃなくっちゃならない。戦争に感傷は不必要だ」
それは、オリヴィア・トゥレアールのプロ意識が現れた言葉だった。
ミューナイトは、改めて軍人とはなんなのか、ということに思いを巡らす。
セラフィアは、統合戦線はジェマナイと似ている、と考える。
「さて、それじゃあ、これからライジングアースのコックピットに搭乗してくれないか? シミュレーションで環境変数の計測はできる。ライジングアースをただ修復するだけでは、だめだ。ユーマナイズ発動の原理についても解明しないと。……さて、ハルク・エンベルク大尉。あんたらの腕の見せ所だ。よろしく頼むよ?」
そう言って、オリヴィア博士は計測室へと歩いていった。
その場に取り残されたサモ・オクンジとハルク・エンベルクが、ミューナイトたちに告げる。
「博士、ずっとあの調子なんですよ。ユーマナイズのことでぴりぴりしているんだと思うんですけれど」
「まあ、博士の要望は要望だからな。貴官らは、ぜひシミュレーションにつきあってもらいたい」
「分かった」
まず、セラフィアが答えた。
そんなセラフィア(若干背が高い)を見上げながら、ミューナイトがゆっくりとうなずく。
「わたしもかまわないわ。……時間はたっぷりあるんだし」
と、そんな人間的な言葉をつぶやく。
──
ライジングアースのコックピット内は静かだった。
時折、モーターの作動音がぶーんとうなる。
しかし、機体自体が動いているわけではない。
今は、機体の環境変数を計測しているのである。
その計測結果は、計測室のオリヴィア博士のもとへとリアルタイムで送られていく。
ライジングアースの足元では、やはりサモ・オクンジとハルク・エンベルクが計器類をモニターしていた。
今現在、ライジングアースの人間関数は93%である。
オリヴィア博士は驚いた。
(今、コパイロットはネオスなのに……人間関数がこれほどの数値をたたき出すのか?)
これなら、彼女らにパイロットとコパイロットを任せたとしても、危険な状況に陥る確率は低いだろう。
敵を殺してしまう、という悪魔の効果を発揮してしまう可能性も低い。
(やれやれ、あのネオス、一体何者なんだ? ミューナイトと同じくディープ・コーディングの能力を持っているのか? しかし、それならば容姿が若くはなかった。謎だ。ジェマナイでは戦術特務三将まで務めていたというが、そんな優秀な子ルーチンがなぜ統合戦線に亡命してきた? これもユーマナイズの効果なのか……)
オリヴィア博士は、額に手を当てながら考え込む。
前髪がぱさりと垂れて、彼女の頬にかかった。
もう何日もシャワーを浴びていない。
彼女は現場に出ているわけではないとは言え、裏方の苦労も相当なものだったのである。
熟睡できたのは、いったい何日前だったろうか?
(ん? これはなんだ?)
オリヴィア博士はモニタに見入る。
そこには、かつてのマザー・セントラルのコアコードにも似た数列が展開されていた。
(なんだこれは! ライジングアースは……ジェマナイは、マザー・セントラルのコアコードを受け継いでいるのか?)
──だとしたら、ジェマナイにもライジングアースにも、マザー・セントラルの「意志」が流れ込んでいることになる。
何十年も前に破壊された、統合意識体の祖が、現在のジェマナイの核に浸透している……??!
オリヴィア博士は愕然として、息を飲んだ。
(とすると、ミューナイトや例のセラフィアというネオスが、現在のジェマナイに接続(=リンク)されている可能性すらある……)
それは、認めたくない結論だった。
しかし、何度思いなおしてみても、その仮説はたしかなように思われたのだった。
なし崩し的にライジングアースの担当のようになってしまいましたが……




