145.セラフィアとミューナイト
次第に接近していくミューナイトとセラフィア。彼女たちは、ライジングアースのパイロットとコパイロットとして固定されるのか?
セラフィアとミューナイトは、空軍基地内の休憩室から作戦室へと向かう廊下を歩いていた。
ミューナイトは、珍しくコーヒーを飲んだ。
それだから、顔はほんのりと上気している。
セラフィアは、そんなミューナイトの横顔を見つめた。
「まだ緊張しているのか? コーヒーはうまかったんだろう?」
「どうだろう。美味しくはなかった。わたしはまだ、あなたと話しながら緊張している」
「これからボワテ大佐と会う。わたしにしても、彼とまともに話すのは初めてだ」
「ええ。だから、あなたが余計なことを言い出さないかと不安なの」
「余計なこと……か」
セラフィアは苦笑した。
今、セラフィアとミューナイトとは上官と部下の関係である。
セラフィアが務めるのはあくまでもコパイロットだが、戦況への指示は彼女が出すことになるだろう。
それにたいしてミューナイトがナイーブになる、というのも分かった。
しかし、これはオバデレの指示である。
「なあ、ボワテ大佐はわたしたちに何を言うと思う?」
セラフィアはミューナイトに尋ねる。
ミューナイトは答えなかった。
彼女たちは同じ15歳だが、それぞれの成長の速度が違う。
セラフィアは、自分がミューナイトよりも精神的に成熟していると思っていた。
だから、彼女を導かなければいけないような気になっている。
自分が統合戦線に亡命してきた以上、オバデレからライジングアースのコパイロットを任された以上、ミューナイトとは戦友だ。
そこに、センチメンタルな葛藤があってはならない。
作戦の遂行を第一に考えなければいけないのである。
しかし……ミューナイトが迷っているのは、そうしたことではないようだった。
まるで、「この戦いは正義か?」と、再度問い直しているようにも見える。
セラフィアは、そんな葛藤は余計なことだと思う。
ムルマンスクで死んだ工作員のネオスのことを、ミューナイトは今も自室で追悼している……
そんな彼女を愚かだと、セラフィアは思う。
戦争というものはもっとずっと事務的なものであり、命のやりとりは二の次なのだ。
セラフィアは、自分自身は成熟した兵士であると自覚していた。
それでなければ、ジェマナイで戦術特務三将の地位まで昇りつめることはない。
しかし、(わたしは計算した。彼女は迷った。だから勝てなかったのかもしれない)とも思った。
ミューナイトには、ネオスでありながら人間的な迷いがある。
その迷いは、セラフィア自身も今までさんざんトレースしてきたものだったのだが……
(それが、完全に実現できているのか?)
と、セラフィアは思うのだった。
「お前はさっき、余計なことと言ったが、その余計なこととはいったい何なんだ?」
「それはね……たとえばサイガのこと。あなたがサイガを気遣うような発言をしたら、わたしはあなたを許さない。あなたにはあくまでもクールであってほしいと思っている」
ミューナイトは答える。
「クールであってくれ、か。それは案外簡単だぞ? わたしは個人的な感傷で動いてはいない」
「分かっている。それだからこそ、あなたはジェマナイの論理で動く可能性がある」
「それは……ないぞ?」
セラフィアは驚いて言った。
しかし、ミューナイトはセラフィアのほうをまっすぐに見つめてくる。
「あなたは、ジェマナイを完全に離れてはいない。つまり、人類を滅ぼす可能性をあなたはもっている」
「わたしはそんなことは……」
セラフィアは言いよどんだ。
そうなのだろうか?
自分は、すでにジェマナイのAIネットからは切り離されたスタンド・アローンのAIだという自覚がある。
今、自分は子ルーチンではない。ネオスである。
しかし、もしもその自分が無意識のうちに破滅的な要素を世界にもたらすとしたら?
それを、瞬間セラフィアは恐れた。
「わかった。ボワテ大佐とはクールに話そう。これからも、お前との関係をわたしは冷静に処理する」
「ありがたいわ」
それで、廊下のなかでのセラフィアとミューナイトとの対話は終わった。
廊下は長かった。
セラフィアにとって、それは無限に続くかと思われた。
──
ボワテ大佐は、彼らを冷静に迎えた。
その表情からは、彼の感情というものはうかがい知れなかった。
実際の彼は、斎賀のMIAに心を痛めていたのだが、それをおくびにも出すようなことはなかった。
すでに、作戦行動中なのである。
彼には、ミューナイトとセラフィアを新たなライジングアースの操縦者として定着させる義務がある。
そこに、感傷の介入は不要だった。
だから、彼は自然と無口になる。
「さて、ミューナイト少尉。セラフィア少佐。貴官たちには、これからライジングアースの操縦を担ってもらうことになる。貴官らの目的は分かっているな?」
ボワテ大佐は言った。
「ジェマナイをぶっつぶすこと」
と、ミューナイト。
「統合戦線の有利に戦局を運ぶこと」
と、セラフィア。
「そのどちらでもない」
と、ボワテ大佐は言うのだった。
「戦場での死者をなるべく少なくすることだ。貴官らは敵ビッグマンと対峙すれば良い。少なくとも、敵の戦車や工兵を踏み潰すような戦いを、わたしは望んでいない」
それは、まるで戦争倫理の化身のような一言だった。
ダグラス・ボワテは、オバデレ准将の作戦については常に懐疑的だったのである。
「わたしは、貴官らを戦う機械にするつもりはない。戦いで自分を犠牲にするな。それが敵をも救う」
ダグラス・ボワテは言い切った。
セラフィアははっとした。
(なるほど。ダグラス・ボワテとはこのような男なのか……)
それならば、戦場で兵士たちが存分に活躍できる土壌を作り出せていると言えた。
(なるほどな。だから、わたしはミューナイトにかなわなかったのだ)
「貴官らは、これからライジングアースの修復作業に立ち会ってもらう。そこで、貴官らの『人間関数』についてチェックしてくれ」
「人間関数?」
怪訝な表情で、セラフィアは尋ねる。
ライジングアースの戦闘データについてはすでにダウンロードを許されていたが、「人間関数」について詳しいことは聞いていない。
「昨日の動作実験で、貴官らは78%の人間関数を記録した。これは、ユーマナイズの有効性とも関わってくる。これは……」
ダグラス・ボワテは言いよどんだ。
「78%という数値だけは聞いて知っています。しかし、数字が独り歩きしてはいませんか? 人間関数とはいったいなんなのでしょう?」
セラフィアが尋ねる。
ジェマナイにおいても、ライジングアースが人間とネオスとの協働兵器だということは伝わっていた。
しかし、今ひとつセラフィアにとっては不確かなままである。
自分は人間の感情や意志をトレースすることができる。
斎賀の代替ユニットとして、ライジングアースに自分を認識させることも可能だろう。
しかし、「人間関数」とはいったい何なのか?
「人間関数は……ライジングアースの心臓だ。今はこれしか言えない」
と、ダグラス・ボワテ。
「それしか言えない?」
セラフィアはいまだに怪訝だ。
「ああ。詳しいことは、オリヴィア・トゥレアール博士に聞くといい。整備班にも、すこしは情報が伝わっている」
「あいまいですね」
セラフィアは言った。それは部下から上官にたいする言葉だった。
すでに、ジェマナイにおける戦術特務三将という優位を、セラフィアは手放している。
だが、ダグラス・ボワテ大佐がそれ以上のことを答えないので、セラフィアはうなずいた。
「了解しました。詳しいことは、トゥレアール博士に聞くとしましょう」
「そうしてくれ」
セラフィアとミューナイトは作戦室を退室した。
これから、整備班の面々との会合が待っていた。
次、オリヴィア博士や整備班の面々との会話です。




