144.NooSの影
統合戦線がNooSの運用を拡大します。
シエスタは、出撃させたイングレスαのコックピットから市街地を見下ろした。
ところどころに爆炎があがっている。
しかし、これはビッグマンによる攻撃ではなかった。
今、イラク陸軍はジェマナイのビッグマンの部隊を押し返して、バグダッド東の郊外に戦闘区域が作られている。
ジェマナイの側では、市街地での戦闘ではビッグマンにも致命的な被害が起き得る、ということを警戒している。
それは、イラク軍および統合軍にとっては好都合だった。
そして、戦線は膠着している。
砂漠なら、お互いに隠れるところがない。
ところどころに民家があるとは言え、ビッグマンは良い的である。
当初の勢いは、攻撃側であるジェマナイからは失われているようだった。
これは、イラク軍と統合軍が健闘している、ということでもある。
「セラフィス」と命名されたジェマナイの前進基地では、その朝の時点で13体のビッグマンが残存していた。
しかし、先ほどイラク陸軍からヴェガ1体を撃破した、という連絡が統合軍にはいった。
ヴァーヴ二尉という士官の機体だそうである。
しかし、ヴァーヴ二尉はビッグマンの破壊直後にジェマナイの輸送機によって救助された。
捕虜とすることはできなかった。
もし、一人でもジェマナイの士官を捕虜として確保することができれば、戦況はもっと有利になるはずだった。
シエスタは、「ちっ」と舌打ちする。
地面をうろついている工兵や歩兵を捕虜にしたところで、有力な情報は得られない。
なんとしても、ビッグマンを鹵獲、そしてパイロットを捕虜にすることが望まれた。
(イラク軍もやるよな……)
と、シエスタはコックピットのなかで思う。
(それにしても、ライジングアース、どうなったんだ??)
追って喚起されるのは、そういう思考だった。
何よりも、斎賀といっしょに戦えない、戦えていない、ということがシエスタにとっては寂しい。
一度は抱擁とキスを交わした仲だ。
戦場にあっても、シエスタは決してロマンスを忘れているわけではなかった。
そのことが、統合戦線の秘密主義以上に気になる。
とにかく、シエスタは斎賀に無事であってほしいのである。
(今まで自分たちは、一度もまともに協力して戦ったことがない。あたしは、ライジングアースをサポートすると決めたはずだったんだ……)
そして、視界がくもった。
(いかん、いかん。弱気になるな、シエスタ)
シエスタ・アレーテは、イングレスαを加速させるとともに、自分を叱咤した。
通信が入った。
「シエスタ中尉、至急タージ基地に帰投せよ。敵ビッグマンの部隊は撤退行動に移った。繰り返す、至急帰投せよ」
『了解。シエスタ・アレーテ、これよりタージ基地に帰投する』
シエスタは、メッセンジャーでショート・メッセージを送った。
視界の端では、まだ炎が燃えている。
たぶん、これからイラク空軍の消火部隊が鎮火に当たるのだろう。
郊外とは言え、損失は抑えておきたい。
こうした戦後の活動においても、イラク軍は優秀だった。
シエスタは思わず感心する。
そして、機体を西へと向けた。
──
タージ基地の休憩室では、例のごとくアマラ少尉とフィオリヒト少尉がシエスタを待っていた。
一足先に帰投して、コーヒーを飲んでいる。
シエスタは、ヘルメットをぽんぽんと叩きながら入っていった。
更衣室ではなく、まっさきに休憩室へと向かったのである。
なにしろ、その日の作戦では、敵方のヴェガ1体を撃破した。
これで、戦況はかなり変わるかもしれない。
興奮を抑えきれなかった。
パイロット・スーツのまま、シエスタはフィオリヒト少尉に話しかける。
「無事だったか? 何か新しい情報はないか?」
「あると言えば、あります。ですが、これも不確かな情報です。自信をもって中尉に提示できるものではありません」
「なんでもいいんだ。とくに、ライジングアース関連」
「ライジングアースに関する情報は、今のところありません。統合軍はだんまりを決め込んでいます。ライジングアースがアルスレーテにいることは確実なのですが、未だに極秘扱いとなっています」
「なるほどな。統合軍の闇、かあ……で、今日の情報はなんなんだ?」
シエスタはコーヒーを口にしながら尋ねた。
アマラ少尉が、そんなシエスタを斜めに見下ろしている。
フィオリヒト少尉は、
「『NooS』についてです」
「『NooS』? それが今更どうしたんだ? 今のところ主だった不具合は出ていないんだろう?」
「それがです、統合戦線は巡航ミサイルにNooSを搭載する予定だ、というの情報をひそかにつかみました」
フィオリヒト少尉は慎重に言葉を連ねた。
「巡航ミサイルに? 巡航ミサイルはもともとAI搭載だろう? いったい何が変わるんだ」
シエスタが尋ねる。
「そのことです。巡航ミサイルにNooSが搭載されることで、それは戦略レベルの兵器ではなく、戦術レベルの兵器になるということなのです……」
フィオリヒト少尉の答えは、明確だ。つまり……
「わたしたちの戦闘に介入してくるっていうことか?」
「その通りです」
フィオリヒト少尉がうなずく。
シエスタは怪訝になった。
巡航ミサイルが戦術レベルでの運用が可能になれば、イングレスαと敵ビッグマンとの戦闘にも介入してくる可能性がある。
それは心強いと言えば言えたが、こちらの戦い方は必然的に制約を強いられることになるだろう。
そういった連絡や注意喚起は、今のところ一切入っていない。
(上はいったいどう考えているのか?)と、シエスタは悩んだ。
フィオリヒト少尉も同じ考えであるらしい。
しかし、アマラ少尉は楽観的だった。
「大丈夫ですって。NooSを信用しましょうよ。今のところ、イングレスαの駆動性能もあがっている。それに越したことはありません。巡航ミサイルにNooSが搭載されるといっても、所詮は戦術レベルのことなんでしょう? 戦闘レベルでは変化はないと、自分は思いますがね?」
「それくらい楽観的でいられればいいんだが」
と、シエスタ。
「しかし、戦闘行為のなかに巡航ミサイルの攻撃が割って入るとなると、我々の挙動も制限されるということになる。うかつな旋回やターンも命取りにになる。それに、NooSは味方を囮にしないとも言い切れない。そのことは分かっておいたほうがいいぞ?」
「それはないでしょう」
言って、アマラ少尉は笑った。
完全にNooSを信用している、という態である。
シエスタは、少しだけ不快になった。
ブリーフィングにおいて、軽口は許されないもののように、シエスタは思ってきたのである。
それは、今この状況でも同じだった。
アマラ少尉の軽口は、アマラ少尉の命を縮めないとも限らない。
そして、一人の死は味方のさらなる危機を誘発する。
将来のチーム・アマリのリーダーとして、シエスタにそれは看過できないと思われた。
「アマラ少尉。貴官のパイロットとしての操縦能力には敬意を表する。しかし、部隊には他のメンバーもいるのだ。たとえば、ナーナ曹長やアレン曹長はチーム・アマリに合流して間もない。連係ミスで命を落とすという可能性もなきにしもあらずだ。それを軽く見てもらっては困る」
それは、確固とした意見だった。
……眉根を寄せていたアマラ少尉は、やがて微笑んだ。
「アレーテ中尉の言う通りです。自分が不注意でした。これからは、NooSへの信頼は信頼として、チームの結束を第一に考えます」
「うん。それでいい。それでこそ、アマラ少尉の能力も発揮される」
シエスタは、静かに口にした。
「今日はすみませんでした」
アマラ少尉はそう言う。しかし、その心理の奥底は誰にも図り得なかった。
統合軍が、NooSをさらに活用しようとしていることは、シエスタたちにも知れた。
しかし、それが自分たちの生死をも左右する可能性について、彼らは怪訝なままであった。
シエスタは思う。
(NooSかあ……厄介な戦力を、統合軍はわれわれに加えてくれた……)
そして、それがたしかな暗雲となる未来も、彼女たちの前に厳然として待ち受けているのだった。
お互いを気遣うシエスタとアマラ少尉です。




