143.膠着する戦線
ヴォルグラスⅡの製造も進むジェマナイ。リュシアスは次なる戦線の準備を整える。
クリスマスは過ぎた。
バグダッドの戦線は膠着している。
敵であるイラク陸軍と統合軍の抵抗が思ったよりも激しかったのだ。
これは、リュシアスにとっては予想外のことだった。
セヴァストポリ攻防戦のときのように、粒子気化爆弾を使用するという脅しも通じまい。
今になって、ジェマナイが廃墟となった都市を制圧しても何の意味もないからである。
さらには、オーストラリア共和国が宣戦布告してきた。
今はマレーシア方面への攻勢をかけてきている。
それも想定内のことではあった。
しかしリュシアスは、ビッグマンを何体かマレーシアに移動させねばなるまい、と考えていた。
日本の都市監察群から移動させるのが良いだろう……
作戦室B‐21のなかで、MVに映像を投影させながら、リュシアスは高速で思考を巡らせる。
ジェマナイのコンソールに事務的な手続きを入力した。
ジェマナイの戦時動向は、今リュシアスが一手に管理しているのである。
その作戦室に、ヴォルガが入ってきた。
左腕を三角巾で吊っている。
ライジングアースとの戦闘の際に負傷を負ったものである。
いかなヴォルガと言っても、骨折は2、3日では治らなかった。
「リュシアス一将」
「うむ」
「どうやら、バグダッド。手こずっているようですね……」
「お前が負けたくらいだからな?」
「それを言われますと」
ヴォルガは頭を下げる。
リュシアスは仮面の下でどんなに自分を嘲笑しているだろうか、と考えたが、どうやらそんな気配はなかった。
彼女はいたって平静である。
「作戦前には、貴官を一将に、という案があった。しかし、貴官はそれを望むまいな?」
「もちろんでございます。わたしは敗戦しました」
「それも仕方がない。ライジングアースはどうやら強敵らしい。その性能を別にして、な」
リュシアスは、思いがけなく嘆息する。
「その通り、のようですね。あのパイロット、武人と小官は見ました」
「それは当たっている。ミューナイト、という名の小娘だそうだ」
「存じております」
「ところで、貴官。これから時間はあるか?」
と、リュシアスはヴォルガのほうを振り向いた。
不敵な雰囲気である。
「時間はありますが……重要な用件でしょうか?」
「これから、トムスクのビッグマン製造工場へと、貴官といっしょに向かいたい。そこで、貴官に見せたいものがある」
「見せたいものと言いますと……」
「新たなビッグマンだ。コードネームはネプチューン」
「ほほう、第5世代のビッグマンですか?」
「そうだ」
リュシアスは仮面の下で微笑んだ。
ヴォルガはしっかりとそれを感じ取った。
──
場面は変わって、トムスクのビッグマン製造工場。
全高45メートルのビッグマンが建造されている。
それを、リュシアスとヴォルガは足元から見上げる。
「これがネプチューンですか。無骨ですな……。武装は?」
ヴォルガはやや不満げな表情を見せている……が、内心は分からない。
リュシアスもやや考え込みながら言った。
「量子なぎなたかハイ・フリークエンシー・ソードを装備させようと考えている。あとは全身の全方位ミサイルと腰部の回転ミサイル。肩部にはそれぞれ2門ずつのレーザー発射装置がある」
「それは豪勢なことで。しかし……名前がよくありません。量産化するおつもりはないのでしょう? わたしにだけこれを見せるということは?」
「そうだ。量産機としては、ネプタロツという下位モデルを考えている。3か月以内に量産に着手できるだろう」
「では、ヴォルグラスⅡという名前ではいかがでしょうか? わたしの乗機になるのであれば?」
「ヴォルグラスⅡか。貴官にふさわしいネーミングだな。良いだろう、この機体はヴォルグラスⅡだ」
「ヴォルグラスはシルバーでしたから、この機体はゴールドに塗装するというのはどうでしょうか?」
ヴォルガがやや遊び心をもって提案する。
「ははは。派手好きな貴官らしい。しかし敵に威圧感も与える」
「その通りです」
ヴォルガは、腕を組んで考え込んだ。
といっても、右腕は左腕に添えるだけである。
「で、ロール・アウトするのはいつくらいのタイミングで?」
「一か月以内に可能だろう。そのころには、貴官の怪我もよくなっている」
「おっしゃる通りです。奮戦励起しましょう」
そして、整備班のほうへと歩いていった。
「それで、ロケット・パンチはあるのか?」と尋ねている。
「もちろん、装備されていますよ!」と、整備兵が勢いよく答えた。
彼にしても、ロケット・パンチがヴォルガの代名詞だということは知っている。
ヴォルガは鷹揚にうなずく。
それを目にして、リュシアスは微笑んだ。
(まるで、人間の青年のようだ。彼は本当にビッグマンが好きなのだな。この空気感であれば、ジェマナイはいつまでも若くいられる……)
その通りであり、そんな安心感を得るために、わざわざリュシアスはヴォルガを整備工場まで連れてきたのだった。
──
さて。リュシアスは手元のタブレットで時間を確認した。
これから、再度作戦室B‐21に戻らなければならない。
午後2時にそこで、アーサー・カリニン二将と会う約束になっている。
二将には、さっそく日本への派遣を打診するつもりである。
「ヴォルガ二将!」
と、リュシアスは呼びかけた。
「なんでしょうか? リュシアス様」
「貴官は、もうしばらくここに滞在して、整備班の意見を聞いてくれ。わたしはもう一度作戦室に戻る」
「そこで、どなたかとお会いになる予定なので?」
ヴォルガの勘は鋭かった。
重要な作戦の打ち合わせがあるのであろう……
「そうだ。アーサー・カリニン二将に会うことになっている。二将には、日本からマレーシアまでビッグマンを運んでもらう」
「なるほど。南にも重要な戦線ができましたな。オーストラリアも手ごわい。ジェマナイは四面楚歌ですな!」
そう言って、豪快に笑った。
余裕の笑いである。
──そうそう自分は負けまいよ、という確信があるのである。
自分自身の武力で、このジェマナイという若い国を率いていかなければならない。
そんな自負と誇りが、ヴォルガにはあった。
「ゴールドへの塗装、お願いしますよ!」
と、ヴォルガ。
──
作戦室B‐21には、すでにアーサー・カリニンが控えていた。
「鉄面皮」と言われるほど、普段は感情を抑制しているカリニンだったが、その一方でリュシアスに心酔してもいる。
ヴォルガと同様、この国の若い力に期待しているのだ。
旧ロシア連邦・ウラル地方出身で、48歳とすでに壮年の域に達していたが、気持ちには勢いがみなぎっている。
リュシアスに向かって敬礼した。
「楽にしてくれていい、二将。今日来てもらったのは、今後のオーストラリア共和国とのあいだの戦線についてだ」
「なにか、作戦の目星が立ったのでしょうか?」
「うむ。日本の観察群からマレーシアへと、ビッグマンを3体移動させる。貴官にはその指揮をとってもらいたい」
「はっ。しかし、バグダッドはよろしいのですか?」
「バグダッドへは、ふたたびヴォルガを向かわせる。1か月以内にだ」
「そこまでお決まりでしたら、小官は命令を着実に遂行します」
「頼もしい言葉だ、二将。日本にいるビッグマンはヴェガⅡとやや旧式だが、うまくやれるか?」
「十分です。一将」
アーサー・カリニンは左手に持っている資料の束をぽんぽんと叩いてみせる。
余裕の軍人、という表情である。
アーサー・カリニンはジェマナイのアジア制圧戦では、多大な戦功を発揮した。
今回も同様に応えてくれるだろう。
「ところで、セラフィア殿は……」
カリニンはやや心配げな面持ちで、リュシアスを気遣う。
「あれはまだ、行方不明のままだ。死んだかもしれないな」
リュシアスは、苦々しい口調でそう答えた。
そこには、子ルーチンとしての冷徹さが再度戻っていた。
アーサー・カリニン、これからもう少し活躍してもらいます。




