140.軍人の宿命/軍人の休息(1)
ミューナイトのもとを訪れるセラフィアです。
アルスレーテ市内では、……というより市内の空軍施設のとある部署では、連日セラフィアの取り調べが進んでいた。
主に尋問に当たるのは、「山の法官」ことンジャロ・ケレメ中尉だった。
彼の手にかかれば、どんなに手ごわい軍人であってもついには情報を吐露する。
というのが通例だったのだが……セラフィアの場合は違っていた。
彼女のなかに、そんな情報が「ない」のである。
「なぜです? なぜあなたはそんなことも覚えていないのです?」
と、ンジャロはいらだった。
セラフィアとしても、ジェマナイで戦術特務三将まで務めた子ルーチンである。
本来、隠さなければいけないこと、明かしてはいけないことは無数にあるはずだった。
しかし……である。
彼女の答えは違っていた。
「わたしはそれを、オフラインにおいていなかった。ジェマナイにいたときには、様々な子ルーチンの声が流れ込んできていたから、いちいちそれらの声をわたしのAI脳にダウンロードするわけにはいかない。だから、わたしはほとんどすべての情報についてオンラインで処理していたのだ。これは、ハッキングやクラッキングを避けるもっとも有効な方法でもある。しかし、今わたしはジェマナイのAIネットに接続されてはいない。だから声も聞こえてこないし、かつての記憶すら曖昧になってしまっている」
「なるほど。そういうことですか。つまり、以前のあなたは機械の心だった。しかし、今は生身の体だと」
「そういう言い方が近いな、きっと……」
セラフィアは考えこみながら言った。
「生身の体」というンジャロの言い方が、今の自分に妙にしっくり来た。
もともとネオス(子ルーチン)は、機械の体ではない。
ミトコンドリアのDNAが人間と違うことと、脳にAI処理用のチップが移植されていることをのぞけば、ほとんど人間と変わらない組成のはずなのである。
しかし、実際にはネオス(子ルーチン)は人間の1.3倍のスピードで成長する。
その効果は主に外見面や知識面に現れたが、世間や科学者たちの一般的な見方では、「ネオスは精神的にも人間より早い速度で成長していく」ということが定説となっていた。
それに加えて、ネオス(子ルーチン)は生まれた直後からその成長を管理され、特別な教育体制のなかで教育される。
官僚を目指すべきと判断されたものは官僚コースを、軍人を目指すべきと判断されたものは軍人コースを、研究者を目指すべきと判断されたものは研究者コースを、自動的に「選ばされる」。
そこで彼らに蓄積されるものは、やはり一般的な人間の子供たちの経験とは違ったものだ。
「山の法官」がそれを「機械」と判断したとしても、セラフィアにとっても違和感はない。
ジャロ・ケレメは書類の束でとんとんと机をたたいた。
「それでは、今日の聴取はこれまでとしましょう。すでに、ファイルAからファイルFまで6つの資料がそろいました。これからも、この調子で我々にご協力ください。あなたが任務に就くのは、その後です……」
「わかっている。慎重に答えることにするよ」
セラフィアはそれだけ答えた。
しかし? セラフィアは「山の法官」がかすかに笑っているのを目にする。
──ん? なにがあったのだろうか? わたしの答えが彼を満足させた? でもなぜ?
セラフィアは、統合戦線のなかでまだネオスが「十分に理解されている存在」ではない、ということにまだ気づいていないのだった。
(あの尋問官は、わたしの答えを理解できたんだろうか……)
そんなことを考えながら、尋問室を後にした。
これから、ミューナイトを尋ねる。
──
ミューナイトはそのころ、空軍の隊員寮の自室で休息していた。
アルスレーテへ戻ってきて以来、ずっと自室での待機が続いているのである。
朝には、午前8時には準備を整えて、空軍のブリーフィング・ルームへと向かう。
そこで、一言二言をボワテ大佐と交わした後は、自室での待機を命じられる。
時折は整備班の面々に呼び出されることもあったが、もっぱらすることはなかった。
ミューナイトは、あえて射撃訓練場などにも向かわない。
「わたしは本当に何もしなくても良いのですか?」
と、一度はミューナイトもボワテ大佐に尋ねた。
が、ボワテ大佐の答えは型通りだった。
「君は今はメンテナンスに徹してくれ。いずれ、大いに働いてもらう」
と。
それは、上司としての気づかいの言葉であると同時に、現実的な選択の言葉でもあった。
ミューナイトは、だから素直に敬礼で返すだけだった。ネオス的である。
部屋のなかには、ムスクの香りが漂っていた。
ミューナイトは、ムルマンスクで死んだ工作員のネオス、マリアの追悼をしていたのである。
「クローバー堂」の主人マリアンヌから、自室での弔い方のアドバイスをしてもらって以来、ほぼ毎日のように祈りをささげている。
作戦も訓練もない今、ミューナイトにできることはそれだけだった。
話し相手となるべき斎賀も、今はいない。
……そこへ、セラフィアが尋ねてきた。
自室のブザーが鳴ったとき、ミューナイトは誰が尋ねてきたのか? と思った。
あるいは、整備班のティア・ラモン少尉かサモ・オクンジ軍曹が、また質問を携えてやってきたのではないか? と。
そんなことは、ここ1週間ほどの間に、2、3度あったからだ。
しかし、ドアを開けると、そこに立っていたのは予想外の人物だった。
セラフィアである。
「あなたは……」
と、ミューナイトは口ごもる。
「良い。楽にしてくれ。わたしにも少し自由な時間ができたんだ。だから、一度お前を訪ねてみようと思っていた」
「そう……」
ミューナイトは顔を伏せた。
なぜだか、セラフィアと顔を合わせるのがばつの悪いように思えたからだ。不安や恐怖からではない。
その通りに、その時のセラフィアはミューナイトにむけて優しく微笑んでいた。
警戒すべきところはなにもない。
つかの間の戦時中の休息、とでもいった雰囲気で、2人は顔を合わせる。
「一週間ぶりだな?」
「正確には9日ぶりよ」
ミューナイトの入れた訂正に、セラフィアも苦笑する。
「入って」
「そうさせてもらう」
「三将みずからが、わたしを訪ねてくださるなんてね」
とは、これも珍しいミューナイトの皮肉である。
彼女は決して、バグダッドからの逃避行の過程で左足をセラフィアに撃たれたことを忘れてはいない。
「わたしは今は三将ではない。統合戦線では、少佐待遇だそうだ」
「では、セラフィア少佐」
そう言う、ミューナイトに対して、セラフィアはかすかに動揺した。
「そういうかしこまった呼び方はどうかな? セラフィアで頼む。お前のことも、少尉ではなくミューナイトと呼ぶ」
「そんなわけには、いかないわ、きっと?」
ミューナイトは、いたずらっぽく言い返した。
しかし、そうしたセラフィアの姿勢は彼女にとって悪い気持ちのするものではなかった。
「不思議な匂いだな? なんだ、これは……?」
と、部屋に入ってきたセラフィアはすぐに眉根を寄せた。
不快、ということではない。怪訝、といった表情である。
部屋のなかには、換気扇の静かに低い音が木霊している。
ミューナイトは、セラフィアのほうを振り返りながら、しばらくの間黙っていた。
当然、その沈黙には意味があるのだろうと、セラフィアは思う。
「これはムスクのインセンスよ、セラフィア」
ミューナイトは静かに答えた。
まだぎこちない2人の関係です。




