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全滅リスクvs遅延リスク

≪ 続きまして、貴文明の人間個体の保存形式に関する、比較検討資料です。いずれも貴文明の自己保存的尊厳に十分配慮した内容となっておりますので、安心してご覧ください ≫


「はぁもう、とりあえず開こう」マークが投げやりな指示を出す。

「ウイルスの危険は常にある。さっきと同じようにやってくれ田中」ガブリエルが丁寧な指示に言い直す。

 すると、表が提示される。

 第一案。人類個体約九十二億人をそのまま載せるプラン。宇宙船が約三百台必要で、UMOと太陽の衝突までに地球内でやり遂げるにはギリギリのタイムラインとなる。

 第二案。五千万人をそのまま、残りはデータ化するプラン。この場合宇宙船は一台だけでよい。データ化に必要な装置やソフトウェアの開発にも時間はかかるが、第一案よりは早く済む。ただし、意思決定に第一案より時間がかかるだろう、というUMOの推測も入っている。

「二案か、まぁ妥当だな」とマークは頷く。「逆提案もありだが、どうだ?」

「変に刺激しない方がリスクは低い……第一案に乗るべきだと思うが、どうだ?」ガブリエルが答える。

「賛成だ」


《 第一案で進めたい 》

≪ 承知しました。それではデータを準備いたします。ハルモニアにて弊文明からシャトルを飛ばす形で進めます ≫


「それは……リスクじゃないか?」ガブリエルが唇をかむ。「理想は、データの安全性を確かめてカドモスからシャトルを飛ばしたい」

「頼んでみるか?」

「うむ……ハルモニアのセキュリティが難なく破られたことを考えると、その技術データが人類を支配するような形になるかもしれん」

「そうだな、さすがに提案しよう」


《 技術データの安全性確認のため、そのデータをカドモスに送ってくれないか? カドモスからのシャトルで地球に送りたい 》

≪ 承知しました。カドモスにデータを送ります。設計書、船内の娯楽・芸術用インフラ用データ、生産に必要な材料・施設の設計書、それぞれを稼働させるためのソフトウェアプログラムを同梱いたしますね。圧縮しても1TB程度ございまして、このアプリケーションから送信が不可のようです ≫


間をおかずUMOからメッセージ。


≪ カドモスのデータセンターに送信ができました。確認をお願いいたします ≫


「早い早い」実況を手早く済ませたマークが指示を出しはじめる。「OK。まずデータを開こう。ウイルスの可能性もある。アナント、カドモスのデータセンターに対して安全な状態でデータを開けるか?」

「やってみる」アナントの手が忙しなく動き出す。「安全のため、隔離サーバー作って解凍してみる」

「OK頼む。皆、一旦状況を整理しよう。まず、UMOは凄腕営業マンモードだ。そして恒星間宇宙船の建造技術データをくれると言っている。しかし、どんなにすごい技術でも、一年弱で九十二億人分が搭乗できるものを作れるのか?」話しながら疑問がわいてきたマーク。

「UMOを信じるなら、製造に必要なソフトウェア一式も入っているらしい。それこそハルモニアの映像にあったようにノイドを三倍の速度で稼働させることは余裕だろう」ガブリエルは技術面でUMOへの信頼をのぞかせる。

「なるほどな。それなら納得だ」

「あのー」とアナントが手を挙げる。「スッと解凍できた。ファイル数が約一万二千。一旦AGIを隔離サーバーにコピーして、順次噛ませてみるね」

アナントが引き続き作業を進める。


 五分後。

「えっ、あっ」アナントが真顔のまま慌てた声を出す。

「どうした?」

「隔離サーバーがダウンした」

「なぜだ?」

「ログを見てみる……分かんない。少なくともRAM上限は超えないはずだけど。一番有り得るのはコンピュータウイルスだね」

「えぇ……ちょっと文句言ってみるかUMOに」


《 データを解凍して読んでみたところ、サーバーがダウンした。どうすればいい 》

≪ 申し訳ございません。カドモスのサーバーであれば問題なく開けるはずなのですが…… ≫


「こっちが情けなくなってきたな。データを開けないなんて」

「向こうがカドモスのサーバー全てを使う想定だとしたら、確かにさっきの隔離サーバーじゃ小さすぎて無理かもね。どうする」

「危ない」とガブリエル。「カドモスのメインサーバーで処理させて、もしウイルスにかかったりでもしたらカドモスの基幹システムがやられる可能性がある」

「さすがにサーバーのほぼすべてを隔離……はできないね。いや待って。データを分割して処理すれば、隔離サーバーのままでもいけそう。依存関係はあるにしても、千ファイルくらいなら」

「それで頼む」

 マークがアナントに依頼し、皆の方を向いた。「二択だな。中身を完全には把握できない状態で地球に送るか、もう少し粘るか。私は地球を信じていち早くデータを送るべきだと思う。そして、地球側が事態を把握しやすいよう、我々で背景情報を追記する。どうだ?」

「うむ……反対だ。もしアナントが分割処理で安全性を確認できなかった場合も、もう少し試すべきだ。確かに、カドモスより地球のほうが計算資源という点で豊富なのは間違いない。人員も含めてな。加えて、今のところカドモス内で隔離サーバーからメインサーバー側に侵入はされていない。しかし、それだけで『このデータは少なくとも隔離して扱えば大丈夫』とは言えない。地球に入ったらウイルスの凶暴性が増す危険性も十分ありえる。私たちより圧倒的に技術を持っている文明だぞ? 私たちが想像しうる危険は、全て実現可能なはずだ」

「そのリスクはある。あるが、期待値だ。このデータを地球に送るのが一日遅れてどのくらいの人数が犠牲になるか。そしてしっかりとリスクを説けば地球側で、最大限の安全性の中でデータの解凍・解読をしてくれるはずだ」

「だが」

「待った。AGIが最初の十分の一を読んだ。今のところ問題なく、UMOが言っていた通りだと。でたらめ感も無いらしい」

「分かった。引き続き頼む」


「緊急! UMOが異常に加速したんだけど!」と猫星。

「今?!」

「ちょうど一分前くらいから、見かけのエネルギー密度が上昇してる。まだ上昇中。もし今止まっても、かなり地球や太陽との衝突は早くなる。とりあえずウォッチしとく」

すると、UMOからメッセージが届く。


≪ データの安全性確認の進捗はいかがでしょうか? なお、弊文明が有する天体の資源開発効率化のため、重力波を追加で発生させました。この影響で、地球圏との衝突時間が二十%加速、太陽との衝突時間が三十%加速となります。一刻も早くデータを地球圏に送ることを推奨いたします ≫


「おいおいおいおい、圧迫営業」

「むしろ優しすぎるな……人類を残したい何か他の理由があるのか」ガブリエルがうつむく。

「UMOに攻撃せず、穏便に地球から退去するという目的以外にか?」

「あぁ、直観だが……何かある」


 アナントがため息をついた。

「終わった。AGIでは理解できないブラックボックス部分がある」

「どんな内容だ?」

「おそらく、人間のAGIより高度なAIモデル。学習データも同梱されてるけど、人間の言語じゃないから解読できない」

「致命的だな……用途は?」

「ソフトウェアの微調整や、もし人類社会に争いが起こった場合に沈静化することにも使える知能らしい」

「送ろう。そのまま全て」マークが大きな声で言う。

「待て。少なくともAIモデルのデータは除去すべきだ。争いの鎮静化といっている機能は、地球全体のサーバーを乗っ取るような行動に出る可能性がある」ガブリエルが静止する。

「だが、これが無いせいで建造が遅れたらどうなる? それで数億人が犠牲になる可能性がある。二択だ。人類が支配されるかもしれないブラックボックスのリスクを背負って恒星間宇宙船を作るか、予期せぬ阻害要因で建造が想定通りに進まないリスクを背負うか」

「単純な二択では無い」

「だが意思決定は引き延ばせない」

「避けるべきだ……全滅リスクだけは」

「扱いきれない技術を人類は開発し、戸惑いながらも運用してきた。ガブリエル。長く生きる君が一番体感しているはずだ」

「それは人類が開発したからだ。相手が違う」

「分かった。三十分休憩しよう。お互い頭を冷やす。みんなも好きに休憩してくれ」

「時間が惜しい。信号解読をしておく」ガブリエルが席をたつ。

「ガブさんと同じく」アナントも追随する。

「アナント」マークが呼び止める。「君はどうすべきだと思う?」

「自由な環境でUMOのことを知れるなら、どっちでも」

「今のところ、どっちの方針が君の欲求に沿いそうなんだ?」

「正直、ガブさんかなぁ? ごめんね、嘘つくの苦手で」

「分かった、ありがとう」マークの言葉を背に、アナントも部屋を出た。


 多目的室に残ったのはマーク・田中・猫星。

「蚊帳の外にしてしまってすまないな。ちなみに二人はどうだ?」

「難しくて分かんない。でもガブリエルさんよりマークさんの方が頼れる! ブラックボックスのリスクを負うのも、私が再編した占星術的には今グッド」猫星があっけからんと答える。

「ハハッ。意外と占星術も頼りになるな。田中はどうだ?」

「分かんないですけど、ガブリエルさんが慎重すぎる気はしますね。地球をもっと信用していいんじゃない? とは思います。あ、あとUMOのAIモデルは気になります。Bコネクトしてみたい」

「田中キショ!」猫星が笑う。

「宇宙と同化したいって言ってるお前も大概な」

「私、死ぬときは宇宙葬って決めてるから。田中の半端な好奇心とは覚悟が違うから」

「へー、それなら僕はBコネクトでAIに同化するかなぁ?」

「ハハッ、いいな二人。気分が紛れた。ありがとう」マークが笑う。「ちょっと用があるから部屋に戻る」

「私もテラスで木星見てきまーす」

マークと猫星が退出。

 独りになった田中。何をするか迷ったが、これまでのUMOとのやり取りやファイルを見返すことにした。


 三十分を待たず、猫星が戻ってくる。休憩時間が終わった。ドアが開く。

 ガブリエルとアナントが、ノイドに体を拘束された状態で入ってきた。その後ろから、マークも顔をのぞかせた。

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