「情報の量と質」から考えるコミュニケーションの主導権は、しかし
” 生命間で交換可能な現象とは何か
それは物理的な変化を産むもの
それはあらゆるスケールで観測できるもの
それは生命の利害と密接に関わるもの ”
――なんか出てきた。ナイス。そう、そういう方向性で「解読」の意味を分解する。例えば「解読」=「物理的対象」+「変換」。マシになった。いや待て、c2に「物理的対象」を代入すると、c2を分解して得られる単語がかなり限られてこないか? そうだ。「解読」という概念を最終的にc2からc33まで分節化するけど、その文節化と順序を、それ以降の文で決めていくんだ。それはAGIがやればいい。どこかで、UMOが持つ概念と人類が持つ概念が交差するはず。
ヴヴヴヴ。気味の悪い振動音とともに、視界が小刻みに揺れる。
――体が熱い。もしかして脳がオーバーヒートを起こしてる? いったん戻ろう。
「ぷはぁ」同期を切った田中。
「長かったね。どうだった?」アナントが田中に聞く。
「あぁ……えれぇれぇと」舌が痺れて上手く話せない。立ち上がろうとしたが、異常なほど床が硬く感じて倒れこむ。アナントは沈黙して待つ。
「ふぅ……よし。えぇとまず、一つ目の単語は『解読』の可能性が高い」
「ほう」
「アナントも分かってるかもしれないが、C―1信号におけるc1と、c2からc33と、c34以降の三種類は役割がおそらく違う。C―2における16文目までと17文目以降も、役割が違う」
「それは何となく思ってた。じゃあどんな役割なの? って言われても分からないけど」
「c1は『解読』、c2からc33は『解読』という現象を分節化したもの、そしてc34以降と17文目以降は、c2からc33の意味をUMOとすり合わせるためのものだ」
「根拠は?」
「根拠かぁ……フッと湧いてきた案だから説明しにくいんだけど、どんな種族でも『解読』はするだろ? UMOがなるべく解読しやすい信号を送ってくれてるんなら、『解読』がc1にくるかなって思った」
「確かにね……で、c2からc33も、より物理的現象に根差したものを優先的に入れるか」
「理解早っ。いま言おうとしたのに」
「ありがとう、あんまり時間もかからないだろうし、一回田中の方針でやってみる」
「OK。僕はちょっと休む」田中は喫煙所に向かった。
アナントは、田中のアイデアの可能性を確かめるためにガブリエルと相談を始めた。一通りの説明を聞いたガブリエルは頷いた。
「ありえるな。『解読』という現象をc2からc33まで合計32単語に分割。その意味内容を、17文目以降をもとに決定。そこから、c34以降の単語も決まってくるわけか……よし、やろう」
さっそくアナントがアルゴリズムを組み、AGIに処理を任せる。
十五分後。
「ガブさん、これって」AGIの出力を見たアナントがポツンと呟く。
「あぁ」ガブリエルは、メッセージ文と思われるCー3信号に含まれる単語を見ながら生返事をする。「重力圏、崩壊。存続、交換。対象、生成。」
「C―3の一文目は理解しやすいね」
「あぁ。解析するC―2内の文を増やせば、もっと明確な文意になりそうだな」
「一旦いいでしょこれで」
「まぁそうだな。ひとまず」ガブリエルが拳を差し出す。
「こんな柄じゃないんだけどなぁ」
「私もだ」
「でも分かる」
アナントも拳を出し、ガブリエルの拳につける。
アナントは拳を広げて、思い切り振りかぶる。ガブリエルもそれに倣う。
バチィィィィン。
お互いの人生で一番痛いハイタッチ。アナントは真顔のまま痛い手を振り、ガブリエルは椅子に深くもたれかかって頬の皺を増やした。
三日目が始まり、会議室に全員が集まる。顔に出ていないが、ガブリエル・アナントがかなりの疲労に達していることをマークは察した。田中は疲れが、顔と姿勢にでている。
「ガブリエル、報告を頼む」
「あぁ。最低限の解読が完了した」
「えぇぇ!?」プログラムされていたかのように、猫星が席を立つ。マークは険しい顔で「頼む」とだけ言った。
「メッセージ内容は三つ。一つ目、『重力圏は崩壊する』」
「うっわぁ」田中と猫星が情けない声を出す。
「重力圏は太陽系、と解釈していいのか?」マークが確認を取る。
「ほぼ確定だ。二つ目。『生命現象の保存のため、交換をしよう』。三つ目は……」
「おぉぉ?」田中と猫星が効果音と化す。
「『あらゆる方法で火星に向けて通信を発してくれ』と」
「おぉぉ! ……お?」田中と猫星、一瞬意味がわからずに首をかしげる。
「ありがとう。もしあるなら、次とるべき対応案を教えてくれ」とマーク。
「あぁ。結論からいうと、ハルモニアに対して最も簡単な通信から順次試していく。書き方からして、少なくとも重力波送信時点では、UMOはこちらの具体的な通信技術のレベルを把握していない。加えて、昨日君たちが確認したように、ハルモニアで不可解な動きがあったようだな。昨日別の信号を解読して分かったことだが、UMOは火星の地殻部分に細工ができている。そこからハルモニアのネットワークに侵入できた可能性がある」
「あぁ、無人のはずのハルモニアが全力で稼働している。その確認も兼ねられるから通信を送るのは賛成だ。進めよう」
そう言って、マークは一度手を叩く。
「次は送る文言だ。ファーストメッセージをどうするかも議論してきただろう?」
「いや、解読に夢中でそのあとはすぐ寝ていた」
「同じくー」
「分かった。じゃあゼロベースのスタートになるな。私から意見をいいか?」
「あぁ」
「私の結論はこうだ」マークが重々しく前置きをする。そして朗らかな表情になる。
「『やっほー! とりあえず明日ピザパしない? いやうちのコーラ美味いんよこれが』」
「愉快な隣人すぎるって」田中のツッコミが入り、猫星はゲラゲラと笑う。
アナントとガブリエルは沈黙を続ける。おもむろにガブリエルが口を開いた。
「静寂はときに、芸術となる。そして今回は」
マークのジョークに肯定的なガブリエル。田中と猫星はガブリエルの次の言葉を待つ。
「ただの沈黙だ。続けろマーク」
「えぇ、オホン。OK。私の結論はこうだ。『我々も交換する意思がある。交換の期限と頻度の提案を求める。ただし頻度は下記時間より低いものとする。あなた方が送ったこの記号規則の一層目の合計波形時間を単位時間とし、その十の七乗の値を最高頻度とする』だ。理由をいいか?」
「あぁ」
「まず、コミュニケーションの主導権を握るべきだ。いや、握られないようにする、の方が正しいかもな。我々の方が技術的に劣った文明であるのは明白だからな」
「違う」
「違うか?」
「相手が人類なら、その案がベストじゃないにしても悪くない案だ。しかし相手はかなりの部分が未知の存在だ。我々が送る一文字一文字が、我々人類のモデル化を精緻にさせる可能性が高い。こちらから先に踏み込み過ぎると、一瞬で分析される恐れがある。だからまず、できる限り短文にする必要がある」
「なるほど。もう少し聞かせてくれ」
「今はリスクを避けつつ、相手の情報収集に努める。もちろん、相手が嘘を言ってきている可能性もあるがな」
「分かった、で、その内容はなんだ」
「『交換という概念の明示を求める』。これくらいでいい」
「ふむ……」ガブリエルの意図を理解しきれずに考えるマーク。
「ガブさんと筋は似てるんだけど、ちょっと認識を変えたいな。いい?」アナントは口を挟む。マークもガブリエルも首を縦にふる。田中と猫星は聞き専を決め込んでいる。
「まず、交渉ではなくゲーム、と捉えるべきだ。僕たちの一文字一文字がUMOに分析される、その逆もしかりだよね? UMOから送信されるメッセージが多ければ多いほど、僕たちもUMOを把握できる。で、その能力は対等ではない。シンプルに言うなら、僕たちがUMOの送信したN文字から、NのN乗規模のモデル化ができるとしよう。逆に僕たちが送信したN文字からUMOは、NのN乗のN乗規模のモデル化ができるとする。同じ3文字を送りあったとき、僕たちは27データ、UMOは約2万データ、これだけで10の3乗オーダーの差が発生する。もしデータ量を対等にするためには、僕たちが3文字送ったのに対して、向こうから約5.7文字をもらう必要がある」
「たった2倍弱か? 意外と簡単なようだが」マークが首をかしげる。
「小さい数ではそうだね。もし僕たちが4文字送ったときに向こうは約42億データを得られる。これに相当させるには、向こうから9.7文字、2倍強が必要だ。もし僕たちが10文字送ったら相手は10の100乗、それに相当させるには向こうから57文字が必要だ」
「一気に6倍弱、それ以降もかなり増えるというわけか……」マークが天井を見上げる。
「本当に適当な計算だけどね。もちろん定性的な観点もあるし。『わたし、あなた、わたし』の三文字と『わたし、あなた、好き』では、明らかに後者の方がモデル化に有用だし」
いや計算早すぎるだろ……暗算か? ネットにつないでその速さは出なくないか……? ローカルか? 体内にコンピュータを仕込んでて、脳と直接つながってるとかか? やっぱTISOヤバイな……まぁ全部邪推だけど。田中は口を半開きにしながら、ぐるぐると思考する。
「アナちゃん、可愛いよね」田中と同じく蚊帳の外の猫星がつぶやく。
「よね~~ん」昨日のニューロモーフィックコンピュータで脳が少しやられた田中の反応は鈍い。(可愛さよりはカッコよさでは?)と思う最低限の違和感は残っているが、多様性を考慮して口を閉ざす。
「なに、スライムみたいな声じゃん」「ま~じで、脳溶けてりゅ」
「おもしろ、私もやりたい」「廃人なりゅ」
「いいね」「アナント廃人にしたいゆ」
「語尾狙ってんじゃん。冷めるな~。でもナイス案。誘導頼んだ」「ゆゆゆ」
軽口を叩く二人をよそにアナントは話を進める。
「まぁ思考実験はいいや。本題に戻るね。とりあえず僕ら人間側はマイルストーン達成条件を、ゲームルールの判断もしくは決定におくべきだ。何ターンかかるかわかんないけどね。ただし敗北条件の主な要因は、僕たちをモデル化されること。だから毎ターンの送受信される情報量で勝つしかない。だから僕の結論は……『交換、方法』の二文字。『交換という概念』は蛇足、いやむしろリスクで、この修飾の仕方から僕たちがどうモデル化されるか分からない」
ガブリエルは少し考え、頷いた。
「よし、『交換、方法』の二文字でいく」ガブリエルの無言の同意を確認したマークが決定する。
「で、どこに送る?」
「宇宙センターだろうな」ガブリエルが端的に答えた。
「交換、方法」というメッセージをUMO用の信号にエンコードしてその他設定を済ませ、残りは送信するだけとなった。
「送るぞ。メッセージは『交換、方法』だ」ボタンに近づけた手に汗がにじむガブリエル。
「ガブリエル」マークが肩を叩く。
「全責任は、お前にある」
「ふっ」ガブリエルが微笑んだ。
ピロン。マークの端末に通知が鳴る。
ピロン、ピロン。
「すまない、通知音を切る」マークが端末を見る。
「送るぞ」ガブリエルがマークに確認する。
「待て!」マークが部屋にこだまする声量で静止する。その瞬間。
プルルルル、プルルルル。
マークの端末に通話申請の音が鳴る。
「地球の通信衛星が復活したのか?」ガブリエルが手を止めて聞く。
「いや、それなら通話より先にログに」アナントが首をかしげる。
プルルルル、プルルルル。
マークが今までにない焦った表情で全員を見つめ、息を飲む。
「なんだ? どこからだ?」黙るマークをガブリエルが急かす。
マークは端末を凝視し、つぶやいた。
「UMO……から……」
全員、声も出ず立ち尽くす。
プルルル、プルルルという音がマークから響き続ける。
「なぜそう断定」
プルルプルプルル、プルルプルプルル、プルルプルプルル。
ガブリエルの言葉をさえぎるように、不協和音が始まった。




