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青銅の価値

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ギリシア神話において、カドモスは「青銅」の発見者と伝わる。


銅とスズの合金であるその物質は、紀元前三五〇〇年頃から人類文明の加速装置となった。


それまでの人類は、約五万年にわたる長い間、石・木・骨などをほぼ手作業で削ることで道具を作っていた。


一方で青銅は石器より格段に頑丈で扱いやすく、融点が九百度弱。千五百度以上の融点をもつ鉄の加工技術が誕生する紀元前一五〇〇年頃までの約二千年間、青銅は文明を支えた。


青銅の影響は、軍事的優位性だけでは無かった。


青銅を生産するには銅とスズの両方が必要であり、長距離の貿易ルート、いわゆる古代の国際分業体制が確立される。


加えて青銅の鋳造・加工にはこれまでより大規模な施設と人員を必要とし、社会構造や権力の集積の因子となる。


多様な資本を獲得するための「素材」は、その生産・加工・利用すべてにおいてそれ自体が「資本」となり、人類社会に質的な変化をもたらした。


その後、鉄器の誕生から近世の火器、産業革命時期の蒸気機関まで、鉄がいわゆる「万能物質資本」として支配的となる。


そして二十世紀。多種多様な金属素材だけでなく、有機物であるプラスチックも実用化。二十一世紀には半導体が、非生物的な知能を支える素材として普及する。


青銅、いや「万能物質資本」は、それを扱う知能の環境変容能力を飛躍させると同時に、その知能の形態さえも変容させてしまうものと言える。


________________________________________


一節:交流


「そう……書いてる。Teamsアカウント名が……」珍しく歯切れの悪いマーク。Nanosoft社のビジネスコラボレーションツール「Teams」のアカウントから連絡が来ているようだ。


プルルプルプルルと、音の微妙な誤差が広い部屋に響き渡る。


「同じくUMOから」アナントが簡潔に報告する。

「同じく」ガブリエルが続く。

「同じくです」田中も確認する。「同じく!」と猫星。


「ドッキリなら早く名乗り出てくれ。これは笑えない」マークが猫星、田中、アナントの順に目を向ける。

「いやいやいや!」猫星が田中を見る。「いやいや!」田中がアナントを見る。「いや」アナントがマークを見る。

「ふふ、実は」マークがニヤっと笑って、「なわけあるか」とため息をつく。


 音がやまない。

「田中、お前が取れ。スピーカーでな。声を聞き次第、速攻で切る」

「分かりました、取ります」

「待て」ガブリエルが田中の手を掴む。

「既に数十秒こっちが取っていない、あと三十秒くらい方針を話しても変わりはない。アナント、Teamsの管理コンソールに入れ。マーク、落ち着け」

その言葉で、マークが深呼吸をする。アナントが素早く手を動かし始める。

「OKOK。ありがとう。まず、通話申請の前にきたDMを確認する……」マークがうつむいて端末を操作する。

「『こんにちは、UMOです』……だとさ。ハハッ」小声で呟いたマークが笑い出す。「人類の呼称をそのまま使うヤツがいるか? なんだよもう」

「ハルモニアからの通信だ」アナントが報告する。

「田中、取れ。他の人は拒否しろ」マークが厳格な声で命令する。ガブリエルはもう止めない。

 田中が通話開始ボタンを押した。

ツツ。雑音から一秒。ザザと鳴りだした。

「こんにちは、UMOです」

流暢な女性の声。両者沈黙。体感で十秒ほどの時間が流れる。


 プツッ。通話が切れた。

「ふぅ。ウイルスの類いは?」マークがアナントに確認する。

「ログからは確認できないね。田中の端末は?」

「何ともない、な」スクロールやアプリ起動をしながら田中が答える。

 バチィィン。マークが手を叩く。

「よし。状況整理だ。方針が立つまではUMOからの連絡は全て無視する。直近で必要な情報は、UMOがハルモニアで何を目的に何をしようとしているか。これでいいな?」

田中と猫星は無条件に頷く。ガブリエルとアナントは少し考え、同意の沈黙。

「よし。まずは全力で情報を収集する。猫星は饕餮の状況を確認してくれ。私と田中は引き続きハルモニアの情報収集を行う。アナント、本来私を含めアクセス権限が無いハルモニアの情報に対してハッキングを頼む。ガブリエルは、解読できた情報とこれからの情報を統合して、随時UMOの目的や今後の挙動予測を行ってくれ。一時間だ。一時間後にリモートで進捗共有を行う」

ガブリエルは研究用端末室へ、アナントは外部通信室へ、他三人はこの部屋に留まり作業を始める。


 一時間後。収集した情報をBCIファイルに変換し、各人がBロード。ロード後、マークは三分間の記憶定着時間を設ける。田中は急いでBロードした情報を反芻する。

 えぇと、まず自分が収集した情報から行こう。いやまった、全体像からの方が早い。

全体像としては「UMOがハルモニアで何をしているか」。それを把握するための情報を取れるだけ取った感じだな。

 まず、どうやってUMOがハルモニアで活動できているのか。確実なのは四日前、つまり重力波が送信されてから約二十時間後。ハルモニアにある一つのモバイル端末が不可解な挙動を起こし、それがサーバーにログとして保存されていた。加えてガブリエルさんの推測になるが「信号B―2を解釈すると、火星の地殻部分にUMOが何か細工した」とある。最初のモバイル端末が異常を起こした四時間後、サーバーにその他の端末の異常ログが頻発。それらは最初のモバイル端末の近傍にあった。そのさらに五時間後、ハルモニアのネットワークの管理権限を得たとアナントから報告が入っている。

 ざっくりいうと、「地殻にあるヤバイやつから、ウイルスみたいにハルモニアのネットワークにアクセスされた」みたいな感じか? UMOは重力波しか送信できないんじゃないのか? いや、重力波だけで地殻をいじれるとかか? やばい時間が無い、一旦次にいこう。

 次、今ハルモニアがどういう状況か。まず発電設備はフル稼働。ノイドもフル稼働。動かせるものは全部動かしている。ノイドの稼働内容は様々で、宇宙センター、ハルモニア北西部における何かしらの建設、火星内部の鉱物採掘がメインだ。北西部で何を建設しているかは、アナントでも解明できなかったらしい。ネットワークにアクセスはできるものの、ログの内容が人間の言語ではないとアナントは言っている。

 これはざっくりいうと、「とりあえずフル稼働」か? なぜだ? 『ともに生命現象を存続させよう。そのために交換しよう』という重力波のメッセージと、どう整合性が取れる?


 ピピピ。アラームが鳴る。

「よし、確認はできたな。方針を話したいが、重要度と緊急度の高い疑問があれば共有してくれ」

「宇宙センターの動きだな。喫緊でハルモニアから出てくるとすればそれだ」ガブリエルが手を挙げる。「打ち上げるとしたらシャトルだろう。どこに向けて発射するのか特定できないのか?」

「分かんないね。大分類すれば地球、小惑星帯、太陽系外の三つじゃない?」その領域の情報収集を行ったアナントが答える。

「だろうな。方針には、もしシャトルが発射されたらどうするかも含めたい」

「分かった。案はあるか?」マークが問いかける。

「前提として、UMOの推定目的のすり合わせをしたい」

「時間が無い、後でいい。君を信用している。対応策の案を教えてくれ」

「……分かった。一つ目の条件分岐は、そもそも干渉できるか。既存のシステムでは、そもそもカドモスからは通信は行えるが、都市の稼働を止めることはできない。干渉できないならどうしようもない。もし干渉できるとしたらその方法は……カドモスから何か物体を発射して物理的に壊すことだ。二つ目の条件分岐が、干渉すべきかどうか。私は、太陽系外か小惑星帯にシャトルが発射された場合は無視していいと思っている。地球に向けて発射された場合のみ、できるだけ事前にシャトル内部にある情報を収集したうえで、強引にでも止めるかを決める」

「それでいこう」マークが即決する。「次だ。どうコミュニケーションを取るか。一番のリスクは、ガブリエルも言ったように、地球に向けて何かアクションを起こされることだ。それをなるべく阻止したい。地球との通信が回復する前に、なるべくUMOの情報収集と抑止に努めたい。この大方針についてはどうだ?」

全員が頷く。

「OK。具体度を上げよう。まず、対話はチャット上のみで行う。通話は即答しにくい内容がきた場合にリスクだ。そして対話は、少なくとも私とガブリエルがリアルタイムで確認できる状況で行う。そして対話の内容面だが……ガブリエル、どうだ?」

「あぁ、まずUMOの『スタンス』の理解を優先したい。攻撃的か友好的か。何回か会話を重ねないとスタンスが分からない。もう一つ重大な懸念だが、いわゆる『翻訳ミス』のリスクがつきまとう。さっきの電話でUMOが人類の言語を扱えていることが分かったが、明らかに概念操作においてUMOが高度だ。我々に合わせてくれる可能性も十分あるが、UMOが人類の言語で伝えたことが、実はUMOの本心とは乖離している可能性も否定できない」

「つまり……そのまま文字通りは受け取るな、ということでいいか?」

「あぁ。とはいえ時間が惜しい今、毎回の返信に一時間も議論したくはない。そこで、解読したC―1にあるUMOの概念群を踏まえて、UMOが何を言おうとしているか、そしてどう返信すべきかはある程度AGIに委ねたい。我々五人だけでは多くの盲点が発生しうる。我々はAGIの出力を数分で吟味、修正して送る程度だ」

「分かった、それでいこう。アナント、AGIの調整を頼む。その間に……まずこちらから何を送るか決めてしまおう。この一時間の間に、各々の端末にUMOから連絡は来たか? 私には何も来なかった」

全員が首を横に振る。

「分かった。さて、どうするか……」

「シンプルに、『宇宙センターで、何のためにどこに飛ばそうとしているの?』でいいんじゃない?」アナントがつぶやく。

「ほう」

「それが一番知りたいことじゃん。いろいろ案はあるけどそれが一番いい。AGIもそう言ってる」

「よし、それで行こう。ウイルスの可能性を考慮して、田中の端末のままいこう」マークが決定する。


《 あなたは、宇宙センターからシャトルを何のためにどこに飛ばす? 》


全員の確認のもと、田中の端末で送信。


シュポッ。田中の送信の直後に届く。


≪ 我々の保存のため、小惑星帯に飛ばす ≫

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