美味しいは太る(大事なことなので二度言う)
「ようやく部屋から出てきたようだね」
「そうでもないよ。昨日は図書室にも行ったし」
同席してもいいか、とレアンドロが言うので、席を立って花蓮の隣へと移動する。
挨拶は花蓮に任せてレアンドロの朝食を覗くと、パンが一種とサラダ、果物のジュースがトレイの上に載せられていた。
……やっぱ、エンマが持って来てくれた食事って、多すぎない?
他者の食事量と比べたわけではないので、レアンドロの朝食が一般的な量かどうかも判らないのだが。
やはりパン三種類に飲み物が二杯ずつ、というのは多すぎるだろう。
他に肉と魚やスープもあったのだ。
「少しはここに慣れてきたかな?」
「慣れるどころか、常識の違いにびっくりしまくってるトコ!」
食堂のメニューが毎食同じだというのは本当か、と花蓮がレアンドロに聞く。
ついでに、エンマのお陰で予算が浮き、そのぶん魔法棟は他の棟よりも食事事情が良いとも聞いた、と。
「メニューは確かに同じだが……選ぶ組み合わせを変えれば毎回変わると思うが……?」
「や、それ結局同じメニューだよね? 選ぶものが違ったって」
レアンドロに聞いても、やはりこの毎回メニューが同じ食事は普通のことらしい。
疑問に思う方がおかしいのだとか。
「……そういえば、二人のメニューは少し違うな?」
「これ? これはさっき厨房にお邪魔して、少しアレンジさせてもらったの」
「シチューはレンちゃんで、フレンチトーストは私」
目玉焼きも作った、と言いたいところだが、これは本当に卵を割っただけで、あとは料理人がフライパンで焼いてくれたので、私が作った、とは言い難い。
フレンチトーストだって、作業らしい作業は料理人が行っていた。
「……そういえば、昨日は紅茶を入れたクッキーを作っていた、と報告にあったな」
オリーブオイルをバターに変えたもので料理人が紅茶クッキーを焼き、エンマがレアンドロの元へと届けたらしい。
レアンドロはサクサクとして美味しかった、と言っているが、私はそっと目を逸らす。
……それって、つまり私たちの行動は筒抜け、ってことだよね?
見張られているのか、行動が報告されただけなのか。
多少の差があるようには思うが、気のせいである。
見張りも報告も、大差はない。
「バタークッキー……美味しそう……」
「気になるのなら、あとで届けさせるが」
「わぁーい……や、要らない。バターで作れば美味しいのなんて判ってるんです。判ってるんだけど……」
「美味しいは太る」
なんのためにオリーブオイルで作ったと思っているのか。
菓子は食べたいが、太るのは避けたいという、乙女の悪あがきだ。
「気にする必要があるようには見えないが……」
「女の子は太りやすいんです! 油断したらすぐぷくぷくになるんです!」
「特に、ここ二日の食事量はすごかったしね……」
エンマの運んでくる食事が、回を増すごとに量が増えてきて辛かった。
本音を言えばもう数日は引き篭もっていたかったのだが、私たちが部屋から出てきたのは、食事の量の他に、運動量が問題になったからだ。
明らかに、食べる量と消費するカロリーが釣り合わない二日間だった。
あのままエンマに食事を運んでもらう生活を続けていたら、日本に帰れた時には豚になっていただろう。
「……エンマが食事量を増やしたのは、二人が運んだものを残さず食べたからだな。足りていないのかと、少しずつ増やしている、という報告があった」
「まさかのお残し文化!?」
「そういう文化があるのは聞いたことあるけど、実在したんですね」
私たちの家は『お残しは許しません』をモットーに、茶碗についた米粒の一粒まで綺麗に食べる教育方針だった。
が、同じ日本人であってもこれを『米粒一つすら残さず食べるのは意地汚い』と捉える躾の家もあるのだとか。
他にも、外国には皿に載った料理をすべて食べると『まだ足りない』という催促、『客の腹を満足させることもできない財力』と家の面子が傷つく、という考え方もあるそうだ。
そして、レアンドロの口ぶりから、ここでの『お残し』は『充分な量を頂きました』というサインだったらしい。
残すのは嫌だ、と花蓮と二人で時間をかけてもすべて食べてしまっていたため、毎回量が増えていったのだ。
「……相互理解って、大事」
「こっちのパンが硬いのも文化の違い?」
「パンに文化もなにもないと思うが……まあ、柔らかいパンは貴族が食べるものだな」
パンが硬いのは文化の違いなどではなく、用途によるものらしい。
魔法棟のパンは街のパン屋が配達しており、そのため柔らかなパンでは配達の途中で形が崩れる可能性がある。
他にも、魔法師たちが食堂を利用する時間はまちまちで、焼きたてのパンを用意できたとしても、冷めるか乾燥して硬くなってしまうだろう。
ならば、と最初から硬く、水分も少なめに焼かれたものを買っているのだとか。
そして、柔らかいパンが貴族の物、というのは、単純な話である。
貴族の家は料理人の他にパン職人を雇っており、自分たちが食べるタイミングにあわせてパンを焼くことができるからだ。
「花蓮たちの世界では、パンは普段から柔らかいものなのか?」
「圧倒的に柔らかいパンのが多い、かな。硬いパンも、バケットとかあるけど」
「硬いパンも、噛んでいるうちに甘みが出てきて美味しいけど、毎食この硬さはちょっと辛いかも……」
「……それで、その『ふれんちとーすと』か?」
なんとなく甘い匂いとバターの香りがする、とレアンドロが言うので、目の前でフレンチトーストを一切れ切って見せる。
何もしない状態と、卵液に浸けて焼いたフレンチトーストとでは、硬さには雲泥の差があった。
元のパンにあったのは硬さだけだったが、今のフレンチトーストにあるのは柔らかさだけである。
ナイフもなんの抵抗もなく沈んでいく。
「……では、花蓮と花梨には柔らかいパンを手配させよう」
「それはそれで嬉しいですけど……」
「それより、好きに使える厨房があると嬉しいかも?」
毎食は辛いが、たまに違う物が食べたくなった時に、自分たちで好きに料理できる場がほしい。
厨房を借りるのもいいのだが、毎回ではそのうち邪魔に思われてしまうだろう。
「厨房か……部屋に小さな調理場を作ることはできるが……」
私と花蓮の部屋は、もともと二部屋だったものを一部屋に改造している。
広さとしては充分過ぎるのだが、部屋に調理場があるのはどうなんだろう、とレアンドロは思案顔だ。
主に、部屋に臭いが篭るのではないか、と心配しているようだった。
「お料理の匂いって、そんなに気になるもの?」
「換気扇があったらいいんじゃないかな? キッチン付きのワンルームと同じだと思うんだけど……」
「わんるーむ?」
「えっと、部屋の種類のようなもの?」
なんとなくそういう物だと受け入れていたため、知らない人に一から説明するとなると少し難しい。
とりあえず日本では単身者が借りる部屋としては一般的な形だ、とレアンドロには説明してみた。
一部屋に台所がついた間取りがある、と。
「花蓮たちの部屋にも、調理場が?」
「うちは普通の家だったから、台所は別だったよ」
「部屋にミニ冷蔵庫はあったけど……」
ミニ冷蔵庫、と口にした途端に隣で花蓮が「あ!」と声をあげて立ち上がる。
何ごとか、と見上げると、花蓮はすぐに椅子へと座り直した。
「冷蔵庫の中に、コンビニプリンがあったのに……! 生クリームもりもりの、贅沢プリン……っ!」
日本とこの世界の時間の流れがどうなっているのかは判らなかったが、こちらの流れと日本の流れが同じように動いているのなら、冷蔵庫のプリンは今頃消費期限を過ぎていることだろう。
私たちが行方不明になっているうんぬんを無視して考えたとしても、帰らぬプリンの持ち主に、弟が『消費期限がピンチだから』と親切顔をして食べてしまっているかもしれない。
花蓮が冷蔵庫のコンビニプリンと再会するためには、日本へ戻る際に元の時間へと戻らなければならないのだ。
「……ぷりん、とは?」
「プリンはプリン」
私のプリンが、と嘆く花蓮の口へとフレンチトーストを運ぶ。
今朝はデザートがないので、甘いものはフレンチトーストぐらいしかない。
「プリンは卵と砂糖と牛乳で作るデザートです」
ちなみに、レンジでチンして溶けるのは偽者である、と追加したら、なぜか花蓮が不思議そうな顔をした。
「そうなの? 偽プリンなの?」
「プリンは本来蒸し料理だよ。火を通して卵が固まったものだから、温めて溶けるはずがないでしょ?」
「あ、そういえば……そうか。あれ? じゃあ、なんで溶けるの?」
「ゼラチンかなにかで固めてあるから」
調理した玉子は痛みやすいので、何日も店頭へと並べて売るには向いていない。
一般的にプリンと認識しているスーパーで買える三連プリン等は、たまご風味を付けられた『プリン味のゼリー』と言った方が近い。
「『ぜらちん』と『れんじでちん』は同じものの別種か何かか?」
「ゼラチンはお菓子の材料」
「レンジでチンは魔法の箱」
『チン』が続いて、レアンドロ的には『ゼラチン』と『レンジでチン』が親戚に思えたらしい。
言われてみればどちらも『チン』だな、と少し楽しくなってきた。
「魔法の箱? 花梨たちの世界の魔法か?」
「私たちの世界に魔法はないよー」
「電子レンジは昔、『魔法の箱』って言われてたみたいだけどね」
現代だって、人によっては電子レンジは『魔法の箱』だろう。
私だって、なんとなくの仕組みは聞いたことがあるが、だからと言って完璧に理解できたわけでも、自分で再現できるわけでもない。
そういった意味で電子レンジは『魔法の箱』なのだ。
「お弁当を温めたり、料理の下拵えができたり、便利な箱だよね。……あれ? なんで『電子』なの?」
「電流だったか、マイクロ波がどうとかで……中に入れた物の水分とかに反応するんじゃなかったっけ?」
「卵入れると爆発する、っていうのは聞いたことあるよ」
「洗ったペットを乾かそうとして電子レンジに入れた、って悲しい事故はデマなんだっけ?」
ああでもない、こうでもない、と逸れていく会話に、レアンドロは不思議そうな顔をした。
「……普段から使う道具なのに、よく解らないのか?」
「そういえば?」
「むしろ、普段から使う道具だからこそ、じゃないかな? レアンドロさんだって、普段使う道具がどうやって作られているかなんて知らないでしょう?」
「魔道具の仕組みなら解るが……」
「得意科目じゃなくて、自分が普段何気なく使っている身近な物の仕組み、です」
例えば、身につけている服について。
布を切って針と糸で縫って服の形にする、というところまでは考えなくともわかるだろう。
しかし、布の作り方や糸のより方は、観察し、考えなければ解らない。
布は面ではなく、糸の集合体だ。
糸を織ったり、編んだりとして面になる。
その糸も、細い繊維をよって初めて糸という形になっていた。
私にも判るのは、ここまでである。
糸の繊維が植物の綿なのか、動物の毛なのか、はたまた蚕のような虫の作り出す繭かなんて、私には見ただけでは判らない。
布を染める染料の材料なんて、本当にお手上げだ。
普段から使っている道具であっても、よく判らないなんてことは珍しくもなんともない。
だから私が電子レンジの仕組みを理解していなくとも、不思議でもなんでもないのだ。
「……そこまでくると、本当に屁理屈としか思えないが」
確かに普段何気なく使っているものでも、仕組みがわからない物はある。
レアンドロはそう納得したあと、電子レンジに興味を持ったのか、仕組みについては横において、どんなことができる魔法の箱なのか、と聞いてきた。
電子レンジの『できること』となると、説明は簡単だ。
箱の中に入れたものを温める。
これにつきる。
クッキーを焼くのも、凍った刺身を解凍するのも、温度の差こそあるが『物を温める』という一点において同じものだ。
「魔道具で再現できそうではあるが……」
「え? できるの!?」
「まさか、本当に『魔法の箱』になっちゃうんですか?」
なにそれ凄い、と花蓮と並んでレアンドロを見上げると、レアンドロはあまり期待しないように、と苦笑いを浮かべた。
再現自体はそれほど難しくなさそうだが、この国の法的な観点から実用品にはできそうにない、と。
作ったとしても、個人で楽しむ用にしか使えないのだそうだ。
「魔法の箱はともかくとして、部屋に調理場があっても気にならないのなら、追加でいくらか渡すから、好きに部屋を弄るといい」
「え? 部屋に調理場とかって、作れるんですか?」
「扱いとしては家具と同じだよ」
ラグマットを妖精に注文したように、調理場の設置も注文を書いた紙と代金を置いておけば、部屋から出たタイミングで妖精が仕事をしてくれるらしい。
調理場に欲しいもの、必要なものについてはエンマと料理人に相談するといいだろう、というアドバイスまでいただいてしまった。
誤字脱字は後日探します。




