家政精霊って、すごいね
「うわぁ! すごい!!」
「水周りまで、本当に部屋から出ただけで一瞬でできるんだね……」
妖精ってすごいな、と花梨と並んで覗いていた部屋の中へと入る。
エンマと料理人のアドバイスを受けて部屋の中に小さな調理場を作ってみたのだが、本当に一瞬で部屋の改築が終わっていた。
「お二人とも、まずは注文通りのものが出来ているか、ご確認ください」
「はーい!」
まずは水周りです、とエンマに促されてオーブンの横に作られた流し台の前へと移動する。
壁にも床にも、水道設備など何もなかったはずなのだが、見事な流し台が出来ていた。
蛇口を捻れば水が出てきて、出てきた水は排水溝へと流されていく。
どこからどう見ても、完璧な流し台だ。
「口へ入れる水は、この蛇口から出してくださいね。……水が出せるからといって、魔法で作った水など飲みませんように」
「え? 駄目なの?」
魔法で水が作れるのなら、日照りも砂漠も怖くないと思うのだが、エンマに言わせると魔法で作り出した水は飲んではいけないらしい。
水は水なのに、何か違うのだろうか? と首を傾げていたら、花梨に袖を引っ張られた。
「レンちゃん、レアンドロさんがお勧めしてくれた本に書いてあったよ。魔法で作った水は本物の水じゃないから、飲んでも意味がないって」
「その通りです。魔法で作った水は魔力を『水』の形にしているだけですので、魔力が切れると消えます」
「えっと、つまり……?」
「魔力を飲み込んでも、喉は潤わないってこと」
仮にお腹へ入ったあとも魔力を操り続ければ水の形状を保ちはするかもしれないが、それだけだ。
喉が渇いた状態で魔力を消費続けるというのは、無駄でしかない。
最終的に魔法の終了とともに霧散する『作られた水』では、体の中へと吸収されていかないのだ。
「カリン様はよくお勉強なさっていますね。魔法の水は飲み水には向きませんが、使ったあとの鍋やお皿は魔法の水で洗うといいでしょう」
こちらは飲み水とは逆の話になってくる。
魔法で作った水で洗い物をすれば、魔法の終了と同時に水分も消える。
そのため、食器棚へと食器を戻す際に水分をふき取る必要がないのだとか。
「オーブンはこちらになります。王都で流行の最新式オーブン……ではなくて、少し型外れの古物になりますが……」
本当に古物でいいのか、とエンマが眉をひそめるので、これでいい、と花梨と顔を見合わせてから頷く。
私たちは一応一時しかいない予定であったし、新しいオーブンが欲しいと言った場合は工房で一から作る必要があるそうなのだ。
それでは完成するまでに時間がかかり、元の世界へと帰っている可能性だって出てくる。
新しいものを欲しがって、結局使わない無駄遣いをさせてしまう可能性があるのなら、リサイクル品で充分だ。
それに、その古物のオーブンだって、私と花梨にはアンティークのお洒落な薪ストーブに見える。
誰も損をしていないのだから、新品でもリサイクル品でも問題なかった。
「オーブンの周りは床が違うね」
「レンガかな? 火の粉対策かも?」
「お二人とも、上を御覧ください。『かんきせん』というのは、こんな感じの物でよかったでしょうか?」
「ん、大丈夫!」
オーブンから真っ直ぐに伸びる煙突の横に、水平に設置された換気扇がある。
これはレアンドロが私たちの拙い説明を受けて作ってくれたものだ。
煙を集める傘の横に魔石が嵌めてあって、石に魔力を込めると換気扇が回る仕組みになっていた。
「壁に穴が開いちゃったけど、良かったんですか?」
それを言い出したら、二部屋を一部屋にした時に壁が消えているのだが。
今度の穴は、外壁だ。
オーブンで薪を燃やした煙を逃がすために、オーブンの煙突が外壁まで延びていた。
「冬になればどうせ開けていた穴ですので、御気になさらないでください」
ストーブを使う部屋はどこも壁に穴を開けるし、魔法棟は穴を開けるのも塞ぐのも簡単らしい。
これが騎士棟になると、家政精霊がいないので排煙のための穴には蓋が付けられ、蓋の開閉によって夏と冬を過ごすのだとか。
「家政精霊って、すごいね」
「そうです、レアンドロ様はすごいのです」
エンマを褒めたつもりなのだが、エンマへの賛辞は、エンマの中ではレアンドロへの賛辞に変換されるらしい。
本人がすごく嬉しそうなので、そこは指摘しないことにした。
「調理台と食器棚は妖精の仕事ですので、気になることがありましたら遠慮なく言ってください」
ネグリジェがパジャマに仕立て直された時同様、妖精の仕事はアフターケアも万全らしい。
別途料金を請求されることもなく、一度作ったものは何度でも直してくれるのだとか。
「それにしても、お二人は小さいのにお買い物上手ですね」
エンマの言う『お買い物上手』は、私たちがこの調理場を作るために妖精と人間を使い分けたことについてだ。
レアンドロであれば、すべて妖精に任せて人間の手は入れなかっただろう、というのがエンマの意見だった。
私たちはというと、妖精の仕事には得意・不得意がありそうなことと、費用の曖昧さから、人間の仕事と混ぜて利用させてもらっている。
たとえば、リサイクル品のオーブンは人間が作ったもので、煙突もオーブンについていたものだ。
しかし、排煙のための壁の穴は妖精があけていて、オーブンと煙突、壁への設置も妖精が請け負っていた。
このように得意・不得意で作業を分担したため、レアンドロが追加でくれた資金はほぼ手付かずだ。
食器や調理器具もリサイクル品で揃えたため、新しく揃えるよりも安く済んでいる。
「あら、こんにちは。あらあら……うふふ。そんな、当然のことです」
……何が居るんだろう?
エンマがオーブンの手入れ方法を教えてくれようとしたのだが、薪を燃やす部屋を開けたと思ったら、中に向かってなにやら話しかけている。
どうやら、リサイクル品のオーブンには、何かが住んでいたようだ。
「小さな子どもたちが使いますので、火の管理をお任せしてもよろしいでしょうか?」
……小さいって言っても、実年齢十六歳だけどねー。
……そこはもう諦めた。ここじゃ甘口採点で十二歳ぐらいにしか見えないらしい、って。
オーブンの妖精との引越しの挨拶(?)はエンマに任せ、他に調理場として新たに用意された道具を確認する。
小さな冷蔵庫は、庫内に氷を入れて使う効果がいまいち判らないタイプだ。
日本でも昔の冷蔵庫はこんな仕組みだったらしい。
「ドールハウスみたいな、可愛いキッチンの出来上がりだね」
「オーブンには妖精が住んでるみたいだけどね」
「では、早速何か作ってみますか?」
笑顔で二人分のエプロンを差し出してきたエンマに、もうオチは判った。
ここでも実作業はエンマが行い、私たちは何もさせてもらえないのだろう。
「……エンマ、私たち、少しぐらいはお料理できるから」
「見学だけなんて、嫌ですよ?」
「ですが、それぞれの使い方はご説明いたしませんと」
何か違いがあるのだろうか、と花梨と顔を見合わせる。
調理場は作ってもらったので、あとは小麦粉などの材料を集めて料理を作るだけだ。
子どもにしか見えない私たちが部屋で火を使うことに不安があるのなら、見守りたいと思うのは当然だろう。
そのぐらいならば、私たちも歓迎する。
しかし、いつまでも何もさせてもらえないというのは、さすがに遠慮したい。
「まずはこちらの保存容器を御覧ください」
こちら、とエンマが持ち上げたのは、調理台に付けられた棚に収められていた保存容器だ。
ホーローの表面には光沢があり、この国の言葉で『小麦粉』と書かれていた。
「……?」
「え? なんで?」
コンコン、とエンマが指で蓋を叩くと、次に蓋を開けた時には中に小麦粉が詰まっていた。
リサイクル品とはいえ、用意したのは保存容器だけのはずなので、中身が入っているのはおかしい。
「私が魔法棟の貯蔵庫とこの保存容器を『繋ぎ』ました」
これで毎回材料を厨房まで貰いに行かなくとも、好きに料理ができるはずだ、と言ってエンマは『砂糖』と書かれた保存容器の蓋を指で叩いた。
続いて『塩』と書かれた保存容器にも同様の魔法がかけられ、順番に保存容器と貯蔵庫が繋がれていく。
「……では、何を作りましょうか?」
「えっと、じゃあ……パウンドケーキ? これなら材料判るし」
何が必要か、とエンマに聞かれるままに答えていく。
パウンドケーキは、重さの単位がグラムではなくポンドと数える地域で生まれたケーキだった気がする。
すべての材料が同じ重さ、という意味でパウンドケーキと名付けられたのだとか、なんとか。
「すべての材料が同じ重さだから……卵の重さで測ってく? じゃあ、とりあえず卵は一つで」
「卵ですね」
では、とエンマが冷蔵庫の上に載せた籠の蓋を開けると、中から卵がひとつ出てきた。
そんなはずはない、とエンマが閉めた蓋を開いて見てみると、中にはやはり何も入ってはいない。
これも『貯蔵庫と繋げた』ということだろう。
「卵はカリン様に割っていただきましょう」
「はーい」
小さなボールと卵を手渡され、花梨がボールへと卵を割りいれる。
まさかとは思うが、これで『私たちも作業をした』ということにするのではなかろうか。
これまでの経験から、なんとなくそんな気がした。
量りの使い方を教わりつつ材料を用意し、手順を口頭で確認する。
卵は白身と黄身を分け、白身を泡立てながら砂糖を数回に分けて加えていく。
白身から泡立てるのは、その方が楽にあわ立つからだ、と本で読んだことがあるが、日本では電気式の泡だて器の世話になっていたので、この差を感じたことはあまりない。
なかったのだが……手作業での泡立ては大変だ、と今日初めて実感していた。
花梨と交代で白身を泡立てているのだが、ツノが立つ前に腕が痛くなってくる。
「なんだっけ? 裏技番組であったよね。泡だて器にクリップを付けると、楽に泡立つって」
「クリップより……魔法でなんとかならないかな? なりそうな気がするけど……」
泡立てるということは、要は細かい気泡が出来ればいいのだから、魔法で空気を送り込むのはどうだろうか、と口にして、花梨はすぐに肩を落とす。
そんなことをすれば、泡立つ前にボールの中身がひっくり返って部屋が汚れるだろう、と実行する前に結果が見えたようだ。
結局エンマの手を借りて白身を泡立てきり、そこへ黄身を投入して混ぜる。
小麦粉を数回に分けてざっくりと混ぜて、バターを溶かすついでに鉄鍋へとバターを回し塗り、ボールへバターを混ぜればパウンドケーキの生地が完成だ。
さすがにパウンドケーキの型はなかったので、丸い鉄鍋へと生地を落とす。
ボールに残った生地はヘラで中央へと落としいれた。
ボールに残っていた生地は重いらしく、こうすると中央が膨らまないと聞いたことがある気がするのだが――
……あれ? むしろパウンドケーキだと失敗じゃない?
これはスポンジケーキを作る時のコツだった気がするのだが、やってしまったものは仕方がない。
なんとかなるだろう、と考えることを止めた。
誤字脱字はまた後日探します。 ノシ




